<22話> 「食後にデザートはいかがですか?」 =Hパート=
イリーナに先導され、私とキュリアは正面口へと至る。
魔将すら悠々と通れる巨大な扉は、既に開き放たれていた。
私は黄昏の剣を投げる構えを見せ、振り向く。
「キュリア、準備は良くて?」
「はい。強化は移動中に終わらせましたから」
後方にて灰馬に跨がり、キュリアは前傾姿勢となる。
その姿は、競走馬を操る様に見え、それでいて大型二輪を御するライダーの様でもある。
自動運転技術の向上により決して倒れることない2050年の大型二輪車は、転ける楽しみを奪う物の様だが――。
目前の灰馬もまた同様に、騎手を地に平伏させる事はないのであろう。
「ふふっ」
「お姉……さま、お顔、お顔」
魔法の存在する此の地で、科学技術を思い起こし、そして重ねてしまった自分自身に、ついつい笑ってしまう。そう、笑わずにはいられなかった。
――滑稽だ。
イリーナは苦笑いし、キュリアは笑顔を私に返す。
この絶妙なすれ違いにより、互いの緊張が解れてゆく。
イリーナもいつもの様に、アテーナーのローブを身に纏い、上から銀色の風の鎧を装備している。
その、いつもの当たり前の姿で、当たり前に隣にいる。
その事が、これ程に嬉しく胸躍るとは――。
さて、私の精神は研ぎ澄まされている。
程良い緊張感と、昂揚感を小さな心臓に押し込めるのだ。
まるで、これから悪戯を働く子どもの様に。
時間にすると1時間に満たないのであろう。
けれど、何時間にも感じていたあの戦闘――。
それ程に濃密な時間を経たのだから、この先に何が居ようとも、戯れ事と感じてしまうに違いない。
「イリーナは補助で。あそこの入り口付近で待機。
そうね……ピンチになるまでは、大人しく数でも数えていて。
熱っついお風呂に浸かる、子どもの様にね」
「わかりましたッ!!」
どう分かったのか、分からないがイリーナはとにかく嬉しそうだ。
一緒に居るだけで幸せなのであろう。
何故そう思うのか? ――私もそうだからだ。
独り開け放たれた扉の陰に隠れ屈むイリーナは、湯船につかる子ども様だ。
「1つ、2つ、3つ、」
両手の指を広げ、指を折りつつ数える姿は何とも愛らしい。
そして、3本目の指が曲がった時だ。
黄昏の剣を槍の如く、私は投げ放った。
直後に、自分自身の身体を外の広場上空へと転移させる。
コンマ数秒。それだけあれば十分だ。
投げた黄昏の剣が広場へと到達する前に、黄昏の剣を魔法で転移させる。
誘導装置の付いたミサイルの様に、黄昏の剣で標的を的確に射貫くのだ。
広場に居た上位魔人は、何が起きたのかさえ分からぬまま、胸元を貫かれた。
1体目を貫いた瞬間に更に転移魔法を掛ける。
2体目を貫き、更に3体目を貫き、4体目にさしかかる。
4体目は魔将であった。
纏っていた黒き魔法の鎧を突いたところで、黄昏の剣は止まる。
貫くには至らない。
けれど、その魔将も即座に真っ二つだ。
私が転移し、黄昏の剣を直接握り振ったからだ。
青い血が辺り一帯へと飛び散る。
ただし、私の姿はもうそこにはない。
敵に気付かれ、陣形や連携を取られる前に数を減らすのだ。
別の軽装な魔将の背部へと転移し、首を薙いだ。
魔将の背部に隠れたまま、影から再び黄昏の剣を水平に投げる。
そして、私自身も転移する。
首を刈られた軽装な魔将からは、多量の青い血が噴水の様に噴き出している。
さすがにこれでは、異変に気付かれてしまうであろう。
それでも黄昏の剣は、噴水に見とれている上位魔人を何体か貫けた。
私は剣を持たず、大上段に振りかぶりつつ転移する。
回復役と思しき黒い法衣の魔将を見付けたのだ。
転移した先は、魔将の頭上。私の手の内に黄昏の剣を戻して斬り落とした。
直ぐに飛び退くも、さすがに魔人どもが集まりだしてきた。
私を囲うのだ。
けれど、その行いは転移できる私にとって、何の意味もない。
愚策だ。
ただし、その事に気が付かれる前に殲滅するつもりな訳なのだが。
今は相手の策略に填まったフリを演じて、興じるとしよう。
幕は疾っくに上がっているのだから。
すると、背後で四つの光柱が生じる。
スポットライトを浴びたのは、私でなく後方にて囲いを形成していた魔人たちの様だ。
四つの光柱を颯爽と灰馬が駆け抜ける。
黒き鬣は、光を受けて輝き靡く。
囲いに沿い、弧を描くように魔人たちが薙ぎ払われ、順に倒れていく。
二刀を広げ騎乗するキュリアの姿がそこにはあった。
灰馬は出入り口から一瞬にして距離を詰めたのだ。
足元にモーターでも付いているのでは無いかと疑いたくなる程の加速だ。
見とれていると、側面より弓による狙撃を受ける。
私は防戦へと回る。責められているのではない。
キュリアに譲ったのだ。
私に敵対心が溜まり、ターゲットが向いている事により隙を生じさせる。
灰馬から飛び降りたキュリアは、狙撃手に二刀を叩き付けた。
更に数体を薙ぎ払いつつ、私も元までやって来る。
互いに背中を付き合わせた。
キュリアの背中は、鎧越しだが冷たくはなかった。
私よりも背丈の低いキュリアの背中を、これ程までに大きく広く感じ様とは。
「いくわよ、キュリア!」
「私の運命は、貴女と共に! ……そして、私の運命のヒト……」
「へ?」
キュリアは背中から離れると、魔将へと突っ込んでいった。
その後、アッという間に二人で殲滅を終える。
「リル殿、結局私は1/3も仕留められませんでしたね……」
「その顔は、悔しいって顔ではなくて、嬉しそうね……キュリア」
イリーナが広場の入り口から身を乗り出す。
「え? 百数えている間に、30体近くいた魔将と上位魔人を殲滅?」
イリーナの額が光る。
「ばっ……化け物じゃな」
「レディーに化け物って言葉は、どうかと思いますよ。
ルドラさん……、ここまで聞こえていてよ」
キュリアは私の横で呟く。
「リル殿……」
「ええ、分かっているわよ」
倒したはずの魔人たちの遺体が直ぐに消えないのだ。
イシズの力ではないであろう。
どちらかと言えば、エミアスの甦生魔術に近いものであると直感が指し示す。
「誰かが魔人を甦生しようとしている?」
だが、結果はその予想を大きく上振れさせたものだった。
遺体は魔素と共に、集結し禍々しい肉塊と化す。
それと同時に、巨大な門が現われた。
審判の門とでも呼ぶべきであろう、その門が開くと、魔人30体を生け贄とし、名を持つ怪獣が現われた。
――ケルベルス――
三つの頭を持つ狂犬
「イリーナ、出番よ!」
イリーナはキュリアの愛馬に跨がり、こちらへやって来る。
グレイヴと盾を取り出して装備した。
青い髪は靡き、純白のローブは両足部がはためく。
貴女の名は、イリーナ。
邪神ルドラを胎内に宿した聖女。
そして、私の大切な友であり、家族。……妹。
――聖女イリーナ。
「私たちの戦いは、これからよ!!」
「はい! お姉様!」
23話へ つづく
22話をお読みいただき、ありがとうございます。
これにて、第5章は終了となります。おそらく、十数万字。
書き始めてから1年も掛かってしまいました……。
長かった。本当に長かった。
ここまで読んで戴いた事、改めて心より感謝いたします。
多くのブックマーク、評価、Twitterでのフォロー、応援、リツイート、
そしてキャラクターに命を吹き込んで下さったヒトこもる先生、
皆さまに支えられ今日に至る事が出来ました。
ありがとう、リル。 ありがとう、イリーナ。
私はこの1年、何物にも代えがたい素敵な冒険をする事が出来たよ――。
さて第I部は、エピローグである第6章で終焉を迎えます。
この世界の行方を、見守って下さい。
読者サービスの23話は、書き溜めてから連載する為、
少しお時間を戴く事になると思います。




