<22話> 「食後にデザートはいかがですか?」 =Fパート=
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天井の崩壊は止まらない。
この閉鎖領域が小宇宙であり、天井はその最果てなのだと告げていた。
その先は、光や闇をも介在させぬ、空なのだ。
「ほら、イリーナ、服。服。服を着て。時間がないのだから」
私はアイテム収納から、適当に選んだローブを取り出す。
「ありがとうございます。なんだか、初めてお姉様にお会いした時みたいですね」
イリーナは急にしおらしくなり、モジモジしながらローブを頭から被る。
ローブは青い髪を抑えつつ胸のところで一度止まる。
そしてスルリと直ぐ下へ落ち、イリーナの全身を覆った。
「ぐらぁにーィィィ!!」
キュリアの叫び声と共に、見た事のない独特な形の立体魔術陣が出現する。
魔術陣は上下二つに分かれると、そこから灰色の強靭な馬が勢いよく走り出す。
優に1tはあるのであろう巨体には、立派な黒い鬣が生えていた。
キュリアは大剣を灰馬へ括り付け、意識のないソフィアを片腕で抱え騎乗する。
空いた方の手を伸ばすと、その手をエミアスが掴む。
エミアスはキュリアの後ろに、両足を揃えたまま座った。
すると灰馬は直ぐさま走り出す。
「リル殿!」
「キュリア!」
私はローブを被り終えたイリーナの手を取り、伴に転移する。
片腕を懸命に伸ばす私。
キュリアもソフィアを抱きかかえたまま、片腕を伸ばす。
互いの手と手が触れ合い、指と指とが強く結ばれた。
見つめ合い、共に頷く。
私は鞍に手を掛け、イリーナは私の体にしがみ付く。
青い髪がローブから飛び出すと、靡いた。
灰馬は速度を増し、一気に閉鎖空間を駆け抜ける。
「固有フィールド、名は『神々の託宣』だったわね……。ありがとう」
脱出し終えると、突入時に触れた黒い聖母像に亀裂が入る。
湖畔に張った氷が砕ける様に、めきりと音を立て粉々に散り消えた。
直ぐに私は辺りの状況を探る。
突入前に、スパスたちが奮戦してくれていた事を思い起こしながら。
何かが、置かれている。少し離れた壁際にハイポーションが5本。
突入前に私がスパスたちの為にと置いていった物に違いない。
「……まったく、格好つけ過ぎよ」
スパスとベレネッタの善意を受けるべく、私たちはハイポーションを飲む。
傷だけでなく、疲労回復効果もあるからだ。
この世界での原理は、正確には分からない。
けれど、このポーションは回復魔術よりも回復魔法に近い存在なのであると推測はできる。
私はポーションを口に含むと、気を失っているソフィアの口へと移すべく、上半身を抱き上げる。
飲めなくとも、口に含んだ時点で徐々に消費されてしまう。
急いでソフィアの口の中へと流し入れる。
念の為、気管の方へと流れない様にと、私は舌でソフィアの舌の手前部分を持ち上げ、そこへと少しずつ流した。
餌を運ぶ親燕の気持ちを、少し分かった気がした。
三度目の口移しを経て、漸くソフィアは意識を取り戻す。
「ソフィア……。よく頑張ったわね。お陰で勝てたわよ」
「姉様……」
ソフィアは目を覚ましたものの呆けたままだ。
それでも、何かを探す様に辺りを見渡した。
「そふぃー……」
イリーナは、ソフィアに抱き付いた。
私は二人の再会を邪魔しないようにと、ソフィアをイリーナに預け、スパスたちを探す事にした。
柱の多い隣の部屋の様子を慎重に窺いつつ、一歩、また一歩と進んでいく。
何かが焦げた様な跡が、複数ある。
ここでの戦闘の激しさをヒシヒシと感じる。
更に別の何かを感じ、不意に振り返る。
すると、柱の陰でスパスとヴェレネッタが倒れていた。
「嫌だ……。うそ……死んでる?」
この世界では、死んだら消滅する。
――故に違う。
私は直ぐにイリーナとエミアスを呼んだ。
危機迫る私の声を察したのか、直ぐに二人は駆け付ける。
イリーナがスパスに、エミアスがヴェレネッタに、回復魔術を行使する。
「エミアス、猊下……」
ヴェレネッタは目を覚ます。
だが、スパスは起きないのだ。
「これは……」
イリーナは驚歎の声を上げる。
足元がおぼつかないソフィアが後から駆け付け、心配そうにスパスを見つめる。
「どうやら、寝ているだけですね」
イリーナはそう告げた。
ぱちんッ
ソフィアが小さな手の平で放った平手打ちが、見事に炸裂したのだ。
「いてててて……」
スパスの頬には小さなお手々の跡が赤くくっきり残る。
「ふんッ……だ」
ソフィアは腕を組み、そっぽを向いた。
目を覚ましたスパスは、仰向けのまま天井を見つめる。
「あれ? 俺は死んだのか? 目の前に青い髪の天使が見える……。
たしか数か月前にも、こんな事があった様な……、いや、思い出せない」
イリーナはスパスを覗き込む。
「目覚めましたか、助けて戴きありがとうございます。
それと……ソフィーが凄く、心配していたのですよ」
スパスは上半身を起こすと、頬を触る。
「頬が晴れている。まさか、この小さな跡は……ちっぱいにビンタされた……?
いや、だが目の前にあるのは、おっぱいだ」
逆の頬が張れ、スパスは再び意識を失う。
「あら、ついつい……。ごめんなさいね、スパスさん」
「ばか……」
ソフィアは、イリーナに平手打ちされて昇天したスパスに、小さな声で呟くのだった。
Gパートへ つづく




