<21話> 「転移魔法」 =Bパート=
艶やかに紫く染め上げられた、紋付き袴は乱れていた。
主である魅憑鬼は、仲間二人が一瞬にして墜ち、相当に警戒している。
私はそんなミツキと対峙していた。
そこで、今ならば答えてくれるかも知れないと思い、質問をぶつける事にした。
「1つ聞いても良いかしら?
ミツキさん……貴女の故郷は、遙か東の大陸の、そのまた東ではなくて?」
虚を突かれたのであろう。
質問に対し、ミツキは一瞬だが困惑した表情を見せた。
そして直ぐに冷めた表情へと戻り、掛け衿に手をやる。
「今は此処とは別の魔王の国と成り果てた――『終焉の地』でありんす」
(え? 別の魔王? 終焉……、つまりオワリの地?)
乱れた着物を直しつつ応じるミツキ。
冷めた表情で行うその仕草や声には、妙に艶があった。
私は魅せられ、剣の構えを一旦解く。
「それはもしかして日本国、あるいは遠東の国と呼ばれているのではなくて?」
「日本国――どこかで聞き覚えのあるような? あるいは、ないような?
いずれにせよ日本国、そちらは違います。遠東の国と呼ばれる事はありますが」
「機会があれば行ってみたいのよ……ね」
「――百鬼夜行の我が祖国に興味がおありで?」
「ええ、まあ……そうね」
(本当は、超々行きたいんだけれど!)
「でしたら、そういうお話はティーナとなされた方が」
「はえ?」
何故、そこでティーナの名前が出てくるのだろう?
ティーナは確かに江戸言葉を話している節がある。
江戸言葉は、自動翻訳システム機能の誤作動ではないのか?
誤作動ではない場合、それはつまり、ただ単に日本語であるが故に、自動翻訳されていない可能性を示唆する。
ではティーナはプレイヤーであり、日本人なのであろうか?
しかし、ティーナがプレイヤーなら、イリーナもプレイヤーという事に?
――いや、それはない。
ティーナもイリーナも、この世界の人間。私の様に別世界から来たとは思えない。
それとも、幼少の頃に別世界からやって来た?
――いや、それもない。
少なくともイリーナは、幼少の頃よりこの世界にいる。ティーナもそうであろう。
「ならば、何故ティーナは日本語を話すのだ?」
幾つもの疑問が生じ、幾つもの考えが浮かぶ。
疑問はやがて渦となり、考えを飲み込んでゆく。
「考えは――まとまりましたか?」
ミツキは着物を直し終えていた。私が独り熟考している間に。
「んー。貴女たちを倒した後、また考える事にするわ」
私は大げさな素振りで戯けてみせる。
ミツキは優しく微笑んでいた。そんな表情を見るは初めてだ。
「それもは妙案かも知れません――ね」
私が再び黄昏の剣を正面に構えると、ミツキも二つの短刀を構える。
一連の会話により、ミツキは冷静さを取り戻したようだ。
けれど、私はそれに見合う「情報」という名の対価を得たのだ。
――いつか、行こう。
麒麟のいる遙か東の大陸の、更に東にあるという「終焉の地」へと。
何か重要なイベントが起きそうな、そんな予感さえする彼の地へと。
黄昏の剣は不気味に赤く輝き、ミツキの短刀を御する。
重なり合う三つ重ねの刃は、美しいとさえ思えた。
幾度か交差した。が、簡単に弾く事ができる。
ティーナの剣に比べれば軽かった。
同じ片手の斬撃であるのにも拘わらず、ここまで攻撃力が違うのかと思わされる。
それはただ単に、筋力的な問題なのか。
あるいはティーナの剣には覚悟からくる想いの強さが乗っていたからなのか。
さすがは『勇者』だ。――改めてそう思った。
しかしながら、ミツキの短刀は私の剣よりも速い。
今の装備は敏捷性(=AGI)に割と特化している。
それでいて、負けるのだ。
決して侮ってはいけない。
私がミツキの速さに対応し戦えているのは、斬撃の軌道が予想できるから。
そしてそれができるのは、ミツキとキュリアの戦いを観察していた為だ。
だからなのだ。
(ありがとう。キュリア……。貴女のお陰よ。貴女の命、無駄にはしないわ!)
私は頭に浮かぶ予想した軌道に剣を重ね、鍔迫り合いへと繋げる。
そして、力で強引にミツキを吹き飛ばしてみせた。
「ホンに、怪な力でありんすぇ」
ミツキは両膝を突く。折角直した袴は、裾が捲れ開けてしまっていた。
「え? それって怪力……、怪力女って事かしら?
うら若き乙女のこの私が、よりにもよって……。何て事なの!?」
鬱憤を剣に乗せ、私はミツキを薙ぐ。
二つの短刀に遮られるも、十歩分は地面を擦らせた。
「この世界の人たち……嫌いだわ。
デカいとか、目が合っただけで殺されそうとか、ゴリラ女だとかーッ!」
「ゴリラ? それは魔獣の名なのですか? 聞いた事――ありませんが」
「こほん」
私は咳払いをする。
(あ、最後のは被害妄想だったかしら?)
Cパートへ つづく




