<20話> 「勇者と聖女とオオカミ」 =Hパート=
付与した雷撃は、巨樹の化け物の全身へと駆け巡る。
行動不能となり、ただの巨樹と化している。
合成した剣は、まだ深く突き刺さったままだ。
「リーナちゃん、お願い! あと少しだけ……力を貸して」
一命を取り留めたリーナは、自己治癒を行っていた。
互いに魔力が枯渇し始めている。
それにも関わらず、リーナは力強く頷いてくれた。
「一撃で、決めるわ!」
あたしはリーナの冷たくなってしまっていた手を握る。
「もう、終わりにしましょう」
リーナはそう言葉を添え、ありったけの魔力を渡してくれた。
魔力と共に、想いまでもが手を伝わってきた――そんな気がする。
「םער」
辺りに雷鳴が轟くと、上空の白い雲が裂け、黒い雲へと置き換わる。
そして、落雷が降り注ぐ。
一撃必殺。
巨樹の化け物は、瞬く間に炭化した。
剣の刺さっている根元辺りからは、さらに炎が上がる。
しかし炭化した巨樹は、燃える事なくその場で消滅した。
周囲へと炎が燃え広がる心配はなくなった。
辺りには大量の灰が残り、巨大な紫色の魔石が埋もれている。
あたしとリーナは「もしかしたらペンネが無事なのでは?」と思い、かすかな望みを掛けて周囲を捜索した。
戦闘に集中していて、気が付けば花園から離れ、ずいぶん遠くまで来ていた。
そうして花園へとたどり着くも、結局ペンネは見付からなかった。
ペンネは天に召されたのかも知れない。
仲間のいる天国へと旅立ったのかも知れない。
――今は、祈ろう。目頭がヒリヒリする。
その後は話し合って、できの良いイリーナ作った花冠をペンネのお墓に飾る。
お墓は聖母教の聖叉に見立てた枝を、花園に突き立てて作った簡単な物だ。
「短い間だったけれど、ありがとう。ペンネ……」
あたしはこの日以来、剣の修行を欠かさないと、天国のペンネに誓った。
教会への帰り道だった。突然に、魔の存在を感じる。
あたしとリーナの魔力は、まだそれ程回復していなかった。
けれど、その心配は直ぐに消える。
感じている魔の存在は温かく、覚えのあるものだったからだ。
魔の溢れる森を、一陣の風が吹き抜ける。
春の妖精が森の奥へと訪れるように。
司教はやって来た。金の髪は流れる。
吹き抜けた風を追い、さらなる風を背負い。
そして、風は目の前で凪ぎとなる。
「貴女たち、無事だったのですね」
聞き覚えのある声。温かい声。
司教であり、あたしたちの実質的な母親でもあるエミアスだった。
「もう……。心配させないで下さい。到着早々、肝が冷えました……」
エミアスはあたしたちを迎えに教会を訪れた。
すると、あたしたちが居ないと知る。その直後、森の奥で落雷が落ちたと。
修道女のフリアから慌てて詳しい話を聞き、急いで駆け付けたそうだ。
シスターは教会に置いてきたという。
魔物に襲われた時に、護りきれないかも知れない為。
リーナはエミアスに深々と頭を下げる。
「ごめんなさい。私がいけないの。ティーナを叱らないで下さい……」
エミアスに会えた安堵感からか、リーナは泣いていた。
そのまま包み込む様に、エミアスは膝を突きリーナを抱き寄せた。
リーナがエミアスの前で泣いているところを、あたしは殆ど見た事がなかった。
泣きながらエミアスに、昨日と今日の出来事を話していた。
巨樹の化け物の事。そしてペンネの事。
「そうですか……。本当に……二人とも無事で、良かった」
エミアスは、悲しみに沈む青い髪を撫で、ゆっくりと立ち上がる。
「それにしても、オオカミの魔物ですか……」
「ペンネだよ!?」
「え?」
あたしは魔物という言葉に拒否反応を起こし、つい声を荒げてしまう。
「ペンネが勇気をくれたから、生き残れたの! 魔物だなんて言わないで!」
エミアスは突然に興奮したあたしに対し、戸惑いを隠そうとして、ぎこちない表情を浮かべる。
「ですが、魔力を帯びているのでしたら……」
巨樹の化け物との戦いによる恐怖。ペンネとの別れによる悲しみ。
それらにより、あたしの心は平常に保てないでいた。
リーナを危険な目に遭わせてしまった。
ペンネも死んでしまった。
目の前でリーナが泣いている。あたしが悪いのだ。
あたしの力不足が――。
そのやるせない気持ちを、感情の高ぶりから、母親のエミアスにぶつけてしまう。
「何で? あたしたちだって魔力があるでしょう?」
「ええ……」
「じゃあ、私たちも魔物なんじゃないの?」
エミアスは一呼吸置き、優しい声で語る。
まるで聖母様のように。
「巫女である貴女が、滅多なことを言うものではありませんよ」
エミアスは再び両膝を突き、あたしと視線の高さを合わせ、見つめる。
「よいですか――血に魔が混じっている私しか居ませんから大丈夫……ですが。
『その様な考え方』を決して口にしてはなりませんよ。
ここは聖母教の地であり、貴女は聖母教の巫女なのですから。
まず、その自覚をお持ち下さい」
「マザー。ごめんなさい。でも、でも……」
あたしもリーナの横へ行き、一緒にエミアスの服へとしがみ付く。
「ティーナ、貴女は優しい娘……」
エミアスは抱きしめ、あたしの髪を撫でてくれた。
あたしは背徳感よりも、エミアスを困らせてしまったことを、悔やんだ。
「あのね。まざー。これ……」
あたしはスカートの中に隠していた、不格好な花冠をエミアスへと渡す。
エミアスは花冠を受け取り、頬を濡らしながら被ってくれたのだった。
あれから、100年。
時代は移り変わり、魔の薄まった世界。
あたし――あたいは金髪の嬢ちゃんが向けた2本の剣を、盾と剣で防いでいた。
赤髪の鬼神ノ剣とくらぶれば、さして重い斬撃ではなかった。
けれど、気迫に気圧されて半歩分、足が下がる。
しかしなんとか半歩で踏み留まれた。
ペンネが最初に与えてくれた勇気を胸に。
これ以上は下がれない。
あたいはもう、勇気ある者……†勇者†なのだから。
立場は違えど、母親であるエミアスに無様な闘いは見せられない。
成長した、あたしを見せるのだ。
21話へ つづく
20話をお読みいただき、ありがとうございます。
未熟者ゆえ、連載に時間が掛かってしまいました。
第I部は終焉を迎えます。
あと暫し――、お付き合い下さい。




