<20話> 「勇者と聖女とオオカミ」 =Gパート=
かかとに何かが当たる。
正面にいる巨樹の化け物から目を離さないようにしつつ、あたしは足で探る。
どうやら、枝のようだ。
昨日の記憶が再び蘇ってくる。
足元にあるのは枝だ。そう確信する。
そうだ。これだ。これで。
少し屈んで枝を拾い上げ、あたしは木剣とし、構えた。
≪エンチャント・ファイア≫
木剣に炎が走る。
覆う炎は、時折ばちりばちりと煽り、囃し立てるのだ。
不思議と巨樹の化け物は、あたしを襲ってこなかった。
炎を恐れたのであろうか?
僅かなその隙を利用し、リーナを助けるべく、木剣をツルへと押し当てる。
あたしは、ツルを焼き斬った。斬撃というより打撃に近い。
煙が立ち込め、焦げた臭いは飛散する。
落ちてくるリーナを片腕で受け止めようとした。
けれど、あたしは支えきれずに倒れ込んでしまう。
なんとか助ける事には成功した。
リーナは苦しかったのか、うずくまる。
ゲホゲホ咽て、息も乱していた。
すると、枝が揺れ葉と葉の擦れ合う音が周囲に響く。
その音が咽せている音をかき消した。
巨樹の化け物の仕業だった。
音が止むと、前方上部より複数の何かを、つぶての如く投げ付けられる。
運良く、それらはしゃがんでいたあたしたちの頭上を通り過ぎていった。
あたしは、うずくまっているリーナをかばうべく、立ち上がる。
自然と身体がリーナの前に出たのだ。
巨樹の化け物が投げ付けた凶器は、果実の様に大きく、松ぼっくりの先を尖らせたような形をしていた。
あたしは直ぐさま左腕で頭部を護り、木剣を縦にして身体を護った。
そこへ第二、第三の、大松ぼっくり共が押し寄せる。
一つ一つに魔力が込められ、投げ付けられる度に、勢いが増していた。
同時に飛んでくる数も増え、針の降る中に佇んでいるみたいだ。
服は痛み、皮膚が多少えぐられる。
けれど、痛みは直ぐになくなった。
青い光でできた障壁が目の前に現れ、尖った松ぼっくり共を弾くのだ。
何だか背中に温もりを感じる。それは、リーナだった。
リーナは寄り添い、魔力で結界を張り、そして傷を魔術で癒やしてくれていた。
「リーナ……、ちゃん……」
そう声を掛けた時だ。
太い枝が迫ってきた。今度はツルではい。
枝はツル程に俊敏ではないものの、その力たるや凄まじかった。
木剣で防ごうとしたが、無駄な行いだと思い知らされる。
あっさりと弾かれて、両手には大木を殴った時の様な衝撃だけが残る。
木剣で防御してなお、あたしとリーナは二人まとめて吹き飛ばされてしまったのだ。
リーナは明後日の方向へと投げやられ、あたしたちは引き離されてしまう。
これはマズイと思い、無防備なリーナを護るべく、巨樹の化け物の気を引こうと試みた。
炎の宿った木剣で幾度か太い枝を殴りつける。
だが、ビクともしなかった。
そして終いには、木剣が砕け燃え尽きてしまう。
希望の炎が鎮火する。
それに気付いた巨樹の化け物は、地面にドスンという悲鳴を与え、ぐるりと向きを変えた。
可視化できる程の魔素が枝の先に集まり、不気味に紫の光を発する。
とっさにリーナは、青い光の障壁を張った。
だがそれは僅かに遅かったのかもしれない。
光が、リーナの身体を貫いていた。
紫の光は早々に実体を現す。
気が付いた時にはリーナの身体が、複数の細い枝で串刺しにされていた。
何が起きたのか、理解できなかった。
いや、現実を認めたくなかっただけなのかもしれない。
物理攻撃と魔力の融合。
まさに、さっきまで自分が行っていた行為を巨樹の化け物がやってのけたのだ。
脚や肩、お腹を貫かれていたリーナ。
口から勢いよく鮮血を吐き出すと、そのまま意識を失ってしまった。
リーナの鮮血が、あたしの足元を染める。
ペンネに続きリーナまでもが――。
「嘘? 嘘でしょ?」
直ぐに回復しなければ、死んでしまう。
だが、どうすれば良いか分からない。
二つの思いが頭を巡り、錯乱する。
燃え尽きてしまった木剣の柄を握り、絶望に打ちひしがれた。
絶体絶命――。
リーナを失う恐怖。
「誰か助けて! リーナを!」
けれどその声は、誰にも届かない。
この場には、あたししかいないのだから。
だから、あたしが助けなければ――。
そう思っても、身体が言う事を聞いてくれない。
ダメだ。ダメだ。
鮮血に染まるリーナは、悪夢で見た姿と酷似していた。
ただただ、恐怖に怯える。
ただただ、見ていることしかできない。
そんな……あたし。
あんな思いは、もうゴメンだ。
リーナを失いたくない。
リーナを救いたい。
リーナを護りたい。
あたしも一緒に、リーナと一緒に、世界の重みを背負うんだ!
少しで良い。ほんの少し、勇気を。
そうだ。ペンネは独りで立ち向かっていた。
ペンネの仇を……。ペンネの勇気を……。
ペンネ……。独りで立ち向かった勇気を、少しだけ分けて!!!!
「聖母様、あたしに勇気を……」
リーナの鮮血を媒介に、土属性魔方陣を地面に展開した。
あたしの魔力とリーナの鮮血が混じり、赤き魔方陣の形成は完遂する。
土属性の剣を合成したのだ。
剣は魔方陣より迫り上がり、手に収まる。
「エンチャント・サンダー!!」
無我夢中だった。
構えも取らず、雷撃を付与し終える前には、斬り付けていた。
イリーナを貫いた細い枝を薙ぎ払う。
そしてその勢いのまま、巨樹の化け物の本体である幹の根元へと、剣を突き刺した。
神秘の力――魔法により、直ちにリーナを蘇生する。
貫かれた服までもが復元していく。
悠久にも感じられた地獄の沙汰は、十数える間の僅かな時の出来事だった。
Hパートへ つづく




