<20話> 「勇者と聖女とオオカミ」 =Fパート=
昨日と同じ道を辿ったので、あたしたちは迷うことなく花園へ着くことができた。
違うところは、直ぐ後をペンネが追い掛け来ている事くらいだ。
花の冠は昨日と変わらず、小動物に荒らされることもなく、花園の大きな岩に被せたままだった。
岩の隙間から伸びた枝が影を作っている。その影の落ちた先に、花の冠はあった。
「良かったぁ……」
「良かった! ティーナちゃん、これでマザーに今日、渡せるね!」
「うん! 取りに来て、ほんと……良かった……。ありがと! リーナちゃん」
前日とはいえ、無事にまだあるのか、心配だった。
妙な不安があったのだけれど、気のせいだった。
きっと悪夢を見たせいだろう。心が落ち着かないのは。
ペンネと出会ったのも、この辺りだ。
怪我を負い、丸く小さくなっていたペンネを思い出す。
すると、いくつかの記憶が、川に投げた石のように飛び跳ねる。
生まれた波は、シスターフリアの呟いていた言葉へと及ぶ。
「魔物とはいえ、オオカミが群れでいないのはおかしい」
――たしか、そう呟いていた。
あの時、辺りにペンネ以外はいなかった。
ペンネは仲間と、はぐれただけなのか?
それとも、仲間は既にやられていなくなってしまったのか?
考え込んでいると突然、ペンネが吠えた。
「え?」「え!?」
あたしとリーナ、同時に出た二人の声が共鳴する。
「あり……えない……」
巨大な岩と岩の間から伸びていた木の枝が、動き出したのだ。
「もんすたー?」
リーナの言葉を聞き、あたしは戸惑う。
「え? 敵? 敵?」
倒れていた巨樹が起き上がるという現象を前に、あっけに取られる。
ニョキニョキと伸びて、あたしたちの何倍もの大きくなるのを、ただただ見つめた。
そんな中、ペンネのみが勇猛果敢に巨樹の化け物に立ち向かう。
ペンネは甲高い鳴き声で威嚇した!
すると何かが、花々を掻き分け勢いよく迫る。
鞭の様な風切り音を感じると、突っ立っていたあたしの真横をツルがうねり走り抜けた。
結果、ペンネの「きゃいん」という悲鳴が、不気味と静寂に包まれた森の方へまで響く。
「ぺんね!!!」
あたしの心は一瞬にして、怒りで満ちた。
ペンネはツルの一撃を浴び、ピクリともしなくなってしまった。
それも直ぐ近くで。
「הבהל」
怒りは魔力を通じて具現化する。
真っ赤に燃えた炎として。
けれど、その炎は言う事を聞いてくれなかった。
瞬く間に大きく燃え広がってしまう。
あたしは慌てて魔力を抑えた。
炎の塊はガスが爆発したかの様に、大きな音を立て、弾けて消える。
「なッ?」
森は魔で溢れていた。その影響があったのかもしれない。
だからか、感情の高まった状態で魔力を制御することが難しかった。
魔法は魔術と違い、込めた魔力量に応じて結果が変わる。
つまり、この森では威力の微調節が効かないのだ。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
あたしが一人でバカをやっている間に、リーナはツルに捉えられてしまった。
魔力を帯びたツルがリーナの身体に巻き付き、小さな身体を簡単に持ち上げる。
締め付けられ、苦痛に喘ぐリーナ。
悪夢と同じ声だ。
そんな声は聞きたくない。今度は夢ではないのだから。
けれど魔法で倒そうにも、加減が分からない。
さっきから弾けた炎の燃えカスが、あたしの鼻を突いている。
花園や森までも焼いてしまうのではという不安が頭をよぎるのだ。
そして、リーナまで焼いてしまうのではないか?
あたしは、それを一番に恐れた。
「だめだ。私にはできない……」
躊躇する。
僅かな時間だが、何も行動を起こせずにいた。
「あうぐぐうぐっ」
「りいなちゃん!!」
あたしは良い案が見つからないまま、行動に移る。
ただし、前に進もうとするも勇気が足りず、半歩後ろに下がるのだった。
Gパートへ つづく




