<20話> 「勇者と聖女とオオカミ」 =Eパート=
「やあああぁぁぁぁぁぁぁぁ、ああぁぁぁああああああぁぁぁぁぁぁぁ」
一つ隣にある祭壇からだ。
「んんーッ! ああああ、あぁぁっ! あああああ……ぁぁぁ」
悶絶しているのは、傷口に塩を塗られても〝耐えろ〞と言われれば耐えるであろう、イリーナなのだ。
あたしは耳を塞ぎたくてたまらない。
でもそれは、手足が呪術的な鎖により自由を奪われていた為、叶わなかった。
血生臭い香りが鼻を突く。
臭いの原因は、イリーナの鮮血に他ならない。
悲鳴が止むと、浴槽より溢れ出る水のような音がした。
だがそれは水ではない。
祭壇から溢れ、垂れた血の音。
発する音より想像される血の量からも、尋常ではないことが窺い知れる。
死ぬ程の鮮血を発し、死ぬ程の痛みを感じてなお、高度な回復術式により、生かされて、死なないのだ。
あたしは悲鳴を発しなくなったイリーナの方を向き、恐る恐る瞳を開ける。
美しく成長したイリーナ。幼女の面影は、僅かに残るのみだ。
イリーナは膝をつぼめて立て、足は広げ踏ん張り、必死に耐えていた。
青色の髪は自身の鮮血に浮き、不気味な紫の光沢を放っている。
生暖かい感触が、あたしの内ももを蝕む。
あまりの恐怖に、ぐしょりと濡らしてしまった様だ。
それも、気が付かない間に。
「……ぃ……ナ……」
声がうまく出ない。
どうやら、魔術による麻痺効果の影響下にある様だ。
感覚が極めて鈍い。
けれどその鈍い感覚の中、今度は全身に痺れを感じた。
身体が完全に痺れという感覚に支配され、いよいよ次は自分の番なのではないかと、思い始めた。
自分が自分でなくなってしまうのでは?
――という恐怖。
イリーナが邪神に飲まれ、自分も自我が崩壊してしまうのではないか?
――という恐怖。
怖い。神への生け贄になるのだ。
(た、す、けて……)
徐々に痺れは、僅かな痛みへと移行していく。
麻痺効果の影響で、感覚が麻痺しているのだが、それでもなお痛みを感じるのだ。
そして、その痛みに段々と慣れてくると、おへその辺りに温かい物を感じた。
(え? なに?)
するとどこからともなく、声がする。
≪ 怖がらないで、どうか受け入れて下さい。私を……。私たちを……。 ≫
身体が動かない、痺れの中、重い重い瞼を開けた。
すると、目の前には銀色の丸い何かがあった。
焦点を合わせよく見ると、その正体がペンネであることに気付く。
そう、あたしのお腹の上にはペンネが乗っていたのだ。
「え“!?」
どうやら、あたしは予知夢とでも言うべき、現実のような悪夢を見ていたみたいだ。
「ペンネ、きみかぁ。きみのせいで……って?」
あたしはペンネが乗っている温かいお腹よりも、内ももの辺りの湿った温かさが、より気になった。
そしてペンネを両手で持ち上げる。
「あぁぁぁ!! ペンネ、やってくれたねぇ!!」
「どうしたのです?」
隣のベッドで寝ていたリーナが起きる。
「見てよこれ……。ペンネがおねしょしてて……」
「おやすみなさい。むにゃむにゃ」
リーナは何事もなかったかの様に、再び眠ってしまった。
「えー。そんなぁ……。リーナちゃん助けてくれないのぉ!?」
――早朝。
あたしたち二人はシスターフリアの助言を聞かず、花の冠を取りに、森へと足を踏み入れた。
悪夢を見た記憶が強く、あたしはシスターの忠告をすっかり忘れていた。
『あの森には、昔から魔物が住み着いているとの噂ですから……。危険なのです』
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