<20話> 「勇者と聖女とオオカミ」 =Dパート=
「るんるん~♪」
リーナの鼻歌が、お風呂場に響く。
脚を一本一本、丁寧に洗っていた。
半固形のシャボン液が脚にねっとりとこびりつく。
シャボンの持つ仄かな薬草の匂いが辺りに充満する。
「リーナちゃん、私が洗ってもイイ?」
「う……うん。じゃあ、お願い。
あのね、優しく……だよ……。そーっと……だよ……」
「うん。わかった……。いくよ、リーナちゃん……」
「あっ」
「ゴメン、痛かったかなぁ? リーナちゃん」
「多分……、大丈夫」
「リーナちゃん……。だって凄く脚、細いんだもの」
「もう……。気を付けてね、ティーナちゃん」
「んー。どうかな? このぐらいの強さなら」
「うん……。ちょうどいいかも」
あたしは今度は慎重に、優しく、細い脚を洗っていく。
この……毛むくじゃらな脚を。
そう、ペンネの毛むくじゃらな細い脚を。
あたしとリーナは、お風呂場でペンネを丸洗いしていたのだ。
香草の匂いがする半固形のシャボン液を使い。
初めはおとなしく、為すがままのペンネだった。
けれど、野生の動物――野生の魔物だからか、途中から嫌がりだした。
自分の匂いが消え、更に薬草の匂いが体に染み付く。
それが嫌なのかも知れない。
二人がかりで漸くペンネを洗い終えると、あたしたちも汚れを落とすことにした。
ペンネはお風呂から出ると、体全体を振り、水飛沫を周りへ飛ばしていた。
そして一生懸命に、体を布に擦り付けたりもしていた。
お風呂で綺麗になった後、あたしたちは夕食を取り、床に就いた。
もちろん、ペンネも一緒だ。
「ねぇねぇ、起きてる?」
あたしは大っきなヒソヒソ声で、隣のベッドに寝ているリーナに話し掛けた。
「なになに? 起きてるよー」
リーナは掛け布団から頭だけを出し、ヒソヒソ声で返す。
「マザーに会えるの、楽しみだねっ! 明日には会えるかも知れないねっ!」
「うん。私も楽しみー!」
そして、あたしはある事を思い出す。
「そういえば、花の冠……。せっかく作ったのに、置いて来ちゃったぁね……」
「また作ろうよ」
リーナの声は嬉しそうだった。
一緒に作ったのが、よっぽど楽しかったのかもしれない。
でも、あたしの思いは違っていた。
「明日、渡したかったなぁ」
少しの魔力の流れを感じると、部屋が明るくなった。
リーナが魔術で光を灯したのだ。
「じゃあさ、明日、取りに行く?」
リーナはベッドから身体を起こし、こちらを向いていた。
「それも、良いかもしれないね」
あたしも起き上がり、そう答えた。
「明日、マザーをビックリさせたいね。
ねぇねぇ。ティーナちゃんは次の目的地、どこだと思う?」
「一度、総本山に戻るんじゃないかなぁ?」
「あぁ、言われてみれば……そうだね。ティーナちゃん冴えてるね」
「そっ、それほどでも……」
リーナに褒められたあたしは、顔が火照る。
「……という事は、アトリ様にも会えるね」
「アトリ様かぁ……」
その名前を聞いて、あたしは複雑な思いがした。
聖母教にはあたしも含め、3人の巫女がいる。
あたし、バレンティーナ。親友、イリーナ。
そして、あたしたちよりも先に神の依り代となった、アトリ様だ。
アトリ様にあまり良い印象はない。
「依り代となられた後、ちょっと怖くなった……」
リーナは眉をしかめる。
「力を持つ者としての重圧でしょうかねー?」
「あたしも……、ああなっちゃうのかなぁ? 嫌だなぁ……」
「何かあったら、私が助けますよ。私も一緒に依り代になるのですからね」
リーナの真剣で、でもそれでいて優しい声は、あたしの胸を温めてくれた。
「でも、まだ少し怖いよぉ。神様が入ってくるって、痛いのかな? 痛いのも嫌だなぁ」
「アトリ様に会ったら、聞いてみましょうか?」
「えー。でも、それで痛いって判明したら……。
儀式までずっとずっと、あたし、怯えていそうだなぁ」
「じゃあ、止めときますかー。私も聞きたくなくなってきちゃったし……」
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