<20話> 「勇者と聖女とオオカミ」 =Cパート=
「なかなか食べないね……」
「そう……だねー」
リーナも困った顔をしている。
干し肉を食べさせようとしたのだけれど、オオカミは匂いを嗅ぎペロリと舐めるだけで、食べなかった。
仕方ないので、あたしは厨房へと向かった。
何か余っている食べ物がないか、誰も居ない厨房内を探す。
そして、小さなチーズと、ペンに似た形のパスタを手に入れ、リーナのいる中庭へと戻った。
「どう? 何か、あった?」
リーナは目を輝かせ、期待の眼差しを私に向けてきた。
その期待に応えるべく、握っていた手を開き、リーナに見せた。
「うん。えっとね……これっ」
右手にはチーズ、左手には茹でたパスタ「ペンニ」が。
あたしは屈み、まず最初にチーズをオオカミにあげてみる。
「ひやッ」
右手ごと、オオカミはチーズを舐めくる。
ねっとりとした唾液が手に付くも、チーズはそのままだった。
「これも、ダメかぁ」
諦めず、あたしは左手を出す。
暫く握っていて、生暖かくなったペンニ。
オオカミは鼻を、あたしの手の平に擦り付けると、そのままパクリと食べた。
「やったね! ティーナちゃん!」
リーナは両手を合わせ、無邪気に喜ぶ。
「くすぐったい……よぅ」
手にあるペンニを全て食べ終えると、オオカミは名残惜しそうにあたしの手を舐めてきた。
左手はヨダレと、握っていた時の汗とで、ベタベタになってしまう。
けれど、あたしは左手より気になる事ができていた。
「ねぇねぇ、この子の名前なのだけれど……」
「あ、私も同じ事を考えていたのー!」
あたしは立ち上がり、リーナを間近で見つめる。
本当は手を握りたかったのだけれど、ベタベタなのでそれは止めた。
でも、心の中では握ってた。そうして訴えた。
「リーナちゃん、ペンニが好きだから『ペンネ』って名前にしようよ!」
「うんうん。一緒一緒。私も思い付いたの……同じだよー!」
リーナとあたしは、意気投合して、ついつい声が大きくなる。
さらに食べ物を与えることができた喜びを共有した。
「おや、まぁ。賑やかで」
突然、聞き覚えのある声がした。
夢中になっていて、気が付かなかったけれど、あたしたちの声は中庭に響いてしまっていたみたいだ。
「ふっ……フ……」
あたしは焦ってしまい、上手く言葉が出なかった。
反射的に、ベタベタになっていた手を後ろに隠す。
服では絵を描く時に使う調色板の様に、森での土と手よりのベタベタとが混ざり合ってしまう。
「シスター・フリア様。ごきげんよう」
あたしの代わりにイリーナが挨拶を交わしてくれた。
フリア、正確にはフローリア。
修道女なのだけれど、この教会で司祭の次に偉い。
そして、あたしは……怖かった。
「ご……ごきげんよう」
私は下を向いたまま、挨拶を口にした。
「シスター。今朝は、ありがとうございました」
リーナはそんなあたしとは対照的に、ハッキリとした口調で喋る。
フリアはこちらへと、ゆっくり歩いてくる。
「どういたしまして。ですがイリーナ様……。二人で森へ行ってはいけませんよ」
そう言われ、ドキっとしたあたしは、不意に視線を上げた。
するとフリアと目が合う。
「あの森には、昔から魔物が住み着いているとの噂ですから……。危険なのです」
あたしは、見透かされたように言われ、再び下を向く。
けれど、またしても目が合ってしまった。
目が合った相手は、あたしの足元にへばりついていた。
下げた視線の先にいたのは、命名したばかりのペンネだった。
フリアはあたしの視線を追ったようで、足元への視線を感じる。
「ま、まっ、まっ、魔物ではないですか!?」
あたしはフリアの言葉に驚き、フリアの方へと振り向く。
フリアの声は上ずっていた。そして初めて見る表情をしていた。
常に冷めた様な言葉を投げかけてくる印象のフリア。
こんなに慌てて取り乱しているのも、初めて見る。
「オオカミだよ?」
あたしはフリアを安心させようとしたのだ。
だけれど、フリアは直ぐに強い口調で否定した。
「これはオオカミなどではなく、魔物や魔獣の類です。
魔力を帯びているのですから」
フリアは目を覆い隠すように手を当て、何かを考えている。
手を戻した時には、いつもの冷静沈着な表情に戻っていた。
「なぜ、魔物を連れ帰って来たのですか?」
あたしはとっさに、反射的に謝った。
「ごめんなさい。ごめんなさい……」
リーナがそんなあたしの代わりに答える。
「怪我をしていた為、傷の手当てをしたので……」
今にも泣きそうなあたしと違い、リーナの声は、落ち着いたものだった。
「でも、怪我が治ったのならば、その魔物は人を襲うかもしれないのですよ?」
フリアの冷めた声が、静かな中庭に不思議と響く。
「ペンネは、そんなことしないよ! それに魔物でもこんなに可愛いんだよ」
あたしはペンネを護る為、ちっぽけな勇気を足元の温もりから絞り出した。
ペンネは初めて出会った時のように、あたしの足と足の間から、頭だけを出す。
「か……」
何かを呟こうとしたフリア。今度は顎に握った拳を当てて考えている。
「分かりました。とりあえず、一晩保留とします。
どう対処すべきか、司祭様と相談の上、明日の朝、伝えます。
ただし、『明日、森へ帰す』……それが前提ですからね。
おそらく明日は私が付いて行く事になるでしょう。
貴女たち二人では危険ですし、貴女たちに何かあったら大変ですから」
「今日は、どうすれば……」
リーナが率直な疑問をぶつける。
「まずは夕食の前に、その清楚ではないお召し物を、取り替え下さい」
フリアは、はぐらかす様に答えた。
だからあたしも聞いた。
「えっと、もしかして……今日はペンネと一緒に居ても良いの?」
「仕方……ありませんね」
そう言うと、フリアは顔を横に伏せた。
あたしはペンネを足に挟んだまま、フリアの顔を覗き込む。
フリアは凄く優しい顔をしていた。
あたしたちには普段見せない顔だった。
「ふろーりあ様、だい好きっつ」
Dパートへ つづく




