<2話> 「異世界と仮想の狭間で」 =Gパート=
※この話数パートには一部暴力的、或は残忍なシーンの表現が含まれます※
宿屋の上の方から、爆発音に近い激しい音がした。
現実世界で言うのならば、重機が家を解体している様な。
そして、その度に頑丈な造りのこの宿屋が大きく揺れた。
(やばい。これは屋根に居た魔人に違いない)
10回程、激しい音が聞こえた後、暫く静まりかえった。
そしてその静寂が、ますます恐怖を増長させていったのだ。
冒険者達の顔が真っ青になっている。
あまりの恐怖に、呆然と立ち尽くす者も居た。
流石に、叫び声をあげる者は居ない。
叫べばそれがこの世の最後の言葉になりかねない。
冒険者なのでそれは分っている様だ。
「ルイダ、偉いよ」
そう告げると、ルイダを私の装備している外套の中へと抱き寄せた。
ルイダが外套の中で、着ていた服にしがみついてきた。
私は左手でそれに応え、更にいつでも左腕で彼女を抱えられるようにした。
声を殺して泣いているルイダ。
私の着ていた服は、涙と鼻水とが、肌まで染みてきた。
たまに小刻みな震えが伝わってくる。
(素手では流石に、瞬殺は無理か)
私は剣を装備した。
抜刀したいが、ルイダが離れてくれそうにない。
仕方がないので、腰の右側に装備し直した。
最悪、鞘ごと、あるいは片手で居抜くしかない。
まあ、大した問題にはならないであろう。
私は右手で剣の柄を逆手で掴み、左腕で強くルイダを抱き抱え、臨戦態勢を取った。
今度は正面入り口の方から音がした。
祖母のルイーダが言う。
「正面は、鉄の柵を閉じて、簡単にだが阻塞(=バリケード)してある。直ぐには入れないさ」
一瞬、私は気配を感じた。
それは私がGMだから障害物越しに気配を感じ得たのかもしれない。
何となく、天井を見上げた。
次の瞬間、天井よりぶら下っていた食卓用のランプと共に天井と1つ上の階の床が降ってきた。
複数の冒険者が下敷きとなり、気絶、あるいは負傷し、瓦礫に閉じ込められた。
皆、入り口の破壊音に惑わされ、天井に気付くのが遅れてしまった為だ。
ルイダの父親も巻き込まれてしまった。
だが、ルイダ自身は外套の中に身を潜めていた為に、それを知るすべはなかった。
4匹全てを瞬殺するまでは、助けに行く事すら出来ない。
私は外套の中で、剣を片手で抜き、順手に持
ち替え、忍ばせた。
「うわぁぁぁぁぁ」 「ぎゃぁああーーーー」
大きな影が2人の冒険者の体を装備ごと貫いている。
叫び声をあげたのは、貫かれた者ではなかった。
あれでは声を上げる前に即死だ。
大きな影は、魔人の腕であった。
貫かれた2人の冒険者の体から血が噴き出し、浴槽をひっくり返した様な大量の血が、池となり魔人の足元から広がっていく。
息絶えた冒険者の死体は、ゲーム内と同じくエフェクトを発生させ消えた。
だが、大量の血は残ったままだ。
勇気のある冒険者が4名、剣を構え、中位魔人に立ち向かった。
その数は7人、8人と増えていき、10人を超えた。
だが、瞬きする間もなく、それは起きた。
魔人の攻撃一撃で10人以上いた冒険者の全てが沈んだ。
しかもその魔人の一撃は、ただ腕を回しただけだ。
鮮血は辺りに飛び散り、人間の血の持つ独特の臭いを撒き散らした。
天井が落ちてきてから僅か十数秒の出来事だったが。
食堂に居た30名近くの冒険者が、10名以下となってしまったのだ。
更に血の臭いに交じり、焦げた臭いが鼻を突いてきた。
割れたランプの炎と油により、木が引火しかけているのかも知れない。
あまりの敵の手際の良さと連携の凄さに、私は後手に回ってしまった。
GMの私には護りながら闘う為のスキルや魔法は一切ないのだ。
ルイダの安全を考えての行動が仇となった。
(ならば、これしかあるまい)
私は魔人と向かい合った。
左腕にルイダを抱き抱えながら、右手で剣を構えた。
私は魔人には届かない距離で剣で突きを放つ。
次の瞬間、届かないはずの剣が魔人の背中側から後頭部に突き刺さった。
GMのスキルを使い、背面へと、空間を跳躍したのだ。
そして私は剣を後頭部に刺さった状態のまま、斬り下ろした。
魔人は文字通り真っ二つとなり、青い血を床へと注いだ。
人間の赤い血と、魔人の青い血が混じり、紫の血の池が出来た。
斬り下ろした私は、飛び散る血よりも早く、スキルで元の位置に戻った。
他の者には、私の蜃気楼が敵を背中から倒した様に見えたかもしれない。
瞬殺だ。
「まずは1匹」
皆に聞こえるよう、声を出した。
私は顔を見せ、皆を安心させる為、頭に被っていたフードを脱いだ。
「ルイーダさん!」
「おう。ここだよ。私は生きているよ。ただ息子はもう駄目かもしれないね……」
流石のルイーダも声が涙ぐみ、弱々しい声であった。
事情を察したのか、外套の中にいる孫のルイダは、声を詰まらせながら泣いた。
ルイーダが言う。
「私の可愛いルイダよ。
わたしゃ、アンタだけでも助かってくれりゃー、良いんだよ。
泣くのはよしなさい。リル嬢ちゃんと、生き延びる事だけを考えな」
「私はこれから、正面の2体と、上空にいるもう1体を仕留めに行きます。
この食堂には、上空にいた魔人が襲ってくる可能性があります。
あるいは既に入り込んでいるかもしれません。
リスクは当然ありますが、皆で裏口へ向かいましょう」
「あいよ」
ルイーダの号令の下、冒険者たちも従った。
誰も魔人を瞬殺した者に対して反論を言おうとは思わない。
皆で食堂を出て、受付の内側を通り、裏口へと無事に辿り着いた。
それは突然だった。
私が外の様子を見ようとした刹那、私の背筋に冷たい物を感じた。
後ろを振り返ると、ルイーダをはじめ全ての者が息絶えていたのだ。
何が起こったのか、私にも理解できなかった。
が、目の前に広がる死体の数に、虚無感すら覚えた。
(私はレジスト、つまり耐性が発動して助かったのか?)
私は小声で声を発した。
「ルイダ。ルイダ」
「姉さま、今わたし、寒気がした」
「良かった。生きていた」
「え? 何かあったの?」
私は一瞬頭を抱えた。
何が起こったのかもわからず、目の前で祖母が亡くなっている。
しかも、ほんの数十秒前まで、話をしていたのだ。
この光景をルイダに見せて良いものなのか。
だが、これが今生の別れだとしたら、
最期の顔くらいは……。
「ルイダ、あなたの祖母が亡くなったわ。
せめて最期をあなたが看取ってあげて……」
突然の出来事にルイダは錯乱した。
私ですら、何が起きたのか理解出来ていないのだ。
ルイダは、祖母の亡骸を抱えながら、泣き叫んだ。
私は動揺しながらも、脱出方法を考えた。
何故、ルイダは助かった?
何故、レジスト出来た?
もしかすると、この《聖者の外套》の効果かもしれないという推理に達した。
この外套は属性攻撃に対して、ある程度の耐性を持たせてくれるのである。
むしろ、それ以外に考えられないだろう。
私は、ルイーダの亡骸の手を取り、心の中で別れを告げた。
ルイーダの亡骸は、淡いエフェクトと共に消えた。
ルイダは泣きながら言った。
「神さま……」
(死んだ後、死体すら残らない、この世界の摂理、反吐が出るわ)
ルイダはそれから、一切喋らなくなってしまった。
私は、自分の装備していた外套を脱ぎ、ルイダに被せた。
「これから、正面口に向かい。残り3体を倒す」
ルイダは、無反応だ。
包んだ外套ごと、私はルイダを抱え込み、移動した。
Hパートへ つづく




