<19話> 「英雄vs勇者・後編」 =Gパート=
加筆校正いたしました。2019.11.03
聖母教大司教エミアスは、災厄の魔女と呼ばれる死霊使いイシズと対峙していた。
「まさかこのような形で、相まみえようとは」
純白のローブに包まれて、エミアスは背丈程の長い杖を斜めに構えて続ける。
「あのお伽話は、千年も前の物。そのはずです」
「知ら……ない。興味……ない」
イシズは本当に無関心なのであろう。冷たい声でそう呟いた。
身に纏っているのはエミアスとは対照的な、黒いローブであった。
金の糸で縁取りと刺繍がなされており、何処かの姫君なのかとも思える。
「なるほど。お伽話の真相を問うなど、妖精に説法を説くのと同じく……。
意味の無い事でしたね」
エミアスは険しい表情でイシズを見つめ、更に告げた。
「ですが、貴女の力は『この世の摂理』――そうそれは神の意向に背く行為です。
聖母教の司教としても、見逃す訳にはまいりません」
この世の摂理とはつまり、死後に肉体が天へと召されるシステムだ。
召されてしまったら、甦生魔術でも生き返らせる事はできないのだ。
だがイシズの持つ能力は、この世の摂理を超越している可能性がある。
そうエミアスは睨んだのだ。
「――司教として死者を冒涜する行為、許せません」
「どうでもイイ……」
イシズは覆っていた黒い外套の前部を開け、白い髪を腕に掛けて出し靡かせた。
外套の中には黒い半透明の服を羽織っており、白い下着と褐色の肌が透けている。
褐色の谷間と、それを支える僅かな純白の布が一際目を引く。
そして妖艶さを漂わせていた。
「なッ! なんと、破廉恥なのです」
エミアスは口を開け放ったままであんぐりとし、眉間にシワを寄せるのだった。
外套の中にイシズは、二本の杖を忍ばせていた。
一本は小さな三本の脚が付き胸元まで伸びる細長い杖。
もう一本は聖母教の聖叉に輪が付いた短く太い杖だ。
そのうちの短い輪聖叉を、イシスは胸元へと手繰り寄せる。
輪聖叉は輝きを放つと、紫黒色の闇が光りを飲み込む。
朽ちた腕が現われ、その数は瞬く間に十本を超えた。
それらは人の物にはあらず、動物というより植物、樹海に芽吹く木々の様である。
無数の朽ちた腕、それらがエミアスを目掛け勢い良く伸びて、突き進む。
エミアスは身体を反らす。そして大きく避けた。
イシズはそれを見て、長い方の杖を掲げる。
すると朽ちた腕は直ぐに向きを変え、大きく避けたエミアスへと迫ったのだ。
エミアスは防壁魔術を素早く唱え、朽ちた腕を防いだ。
腕は障壁へと打ち当たり、障壁は紫色の血に塗れる。
更に何本かの朽ちた腕がエミアスを襲う。
蛇の様に地面を這い、そしてエミアス目掛けて跳ねるのだ。
≪ 光 鑓 魔 術 ≫
エミアスが構えている杖、その先端より青白い光が出でる。
光は鑓が刃先の如く鋭利に尖る。
迫りくる何本かの朽ちた腕をエミアスは薙いだ。
朽ちた腕は、一振りの元に斬り裂かれたのだ。
斬り裂かれて尚、朽ちた腕は地面でモゾモゾと蠢いている。
エミアスはそれらに対し、何かの術を唱えた。
すると朽ちた腕は塵一つ残さずに直ぐさま消滅した。
光鑓と化した杖を前面に押し出し構えるエミアス。
イシズの魔力を吸い、輪聖叉が輝き始める。すると、朽ちた狼の魔獣が現われる。
その数、三体。
狼の魔獣は四本の脚でゆっくりと歩み、光鑓が持つ間合いの外で止まった。
エミアスはそれらに対し光鑓を構えたまま、詠唱を開始する。
「中位範囲回復魔術」
術の発動と共に聖なる癒やしの光りが現われ、三体の狼が一瞬にして消滅したのだ。
イシズはつまらなそうに呟いた。
「相性の問題……」
しかし、だからといってエミアスが一方的に攻められる訳でもない。
エミアスも攻め倦ね、近付けないでいたのだ。
イシズはなかなか攻めてこないエミアスの様子を見て、輪聖叉にそれまでとは比較にならない量の魔力を込める。
すると禍々しい漆黒の瘴気と共に、それまでよりも遙かに大きな何かが現われた。
それは巨人の物の様であり、竜の物の様でもある上半身だった。
下半身はドロドロに溶けており、何の生物なのかを判別する事は難しい。
醗酵しているのか、蒸気を発しており、腐敗臭が辺りにも漂ってきた。
「これは本気を出す必要がありそうですね」
エミアスはそう告げると、純白のローブを一気に脱ぐ。
ローブはふわりと、音を立てずに地面に伏せる。
胸元の開いた服、ピタリと張り付いたスカート、肌を大きく露出させたエミアスの姿がそこにはあった。
「最近の……若者は……」
イシズはエミアスの格好を見て、首を横に振り、嘆いていた。
目を背けたまま、イシズは長い方の杖を翳す。
腐った上半身は呼応し、口を大きく開ける。
そして、吐息を放った。
瘴気の混ざった吐息、エミアスは光鑓を両手で持ち、魔力障壁を発生させて防ぐ。
暫くすると、腐った上半身は体勢を崩し、軌道が変ってしまった。
「わっ。わっ。つか、くっせーーッ!! なッ。オイ!?」
吐息は軌道が変わり、勇者バレンティーナに直撃した。
ティーナは大慌てで背にあった大盾を装備し、防いでいたのだ。
私は、直ぐにティーナから遠ざかった。
「臭ッ」
そう、物凄く臭かったのだ。
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