<19話> 「英雄vs勇者・後編」 =Cパート=
ティーナは詠唱を始める。剣の間合いまでは、数歩分あった。
「中位火弾魔術」
大盾を腕だけで支え、空いた手の内から、火の弾が発せられたのだ。
大砲の弾を思わせるそれを容易に躱して、私は前へ出る。
同時にそれは陽動なのだと理解した。
大盾を構え、その直ぐ横に剣を構えているティーナ。
それに対し、私は剣を持つ側の肩を突きに行く。
だが黄昏の剣は、またしても大盾に阻まれる。
逆に、ティーナの炎に包まれた剣が私を突く為に迫る。
私は受け流された剣を大盾に這わせると、突き刺す様に黄昏の剣を立てた。
ティーナは無意識に大盾へと力が籠る。
私を突こうとした炎の剣は鈍り、中途半端に止まった。
剣を包む炎の熱は、それでも私の元へと届く。
(突かれたらまずいわね……)
間合いが互いの剣の届く範囲から、一旦外れる。
するとティーナは、顔を大盾から出した。
そして口元が僅かに動く。
「הבזק」
魔力の鼓動を一瞬感じた私だが、目の前で何が起きたのか、直ぐには理解できなかった。
――私の前に岩で出来た壁が現われると、身代わりとなったのだ。
「これは岩壁城壁の効果? 私、やられ……た? ティーナの魔法?」
どうやら、ティーナから発せられた熱閃光の魔法を喰らってしまっていた様だ。
詠唱時間の必要ない「魔法」という存在が、こうもあっさり戦局を変えてしまうものなのかと思った。
剣での果たし合いに、拳銃を持ち出された気分だ。
しかし、魔法にも欠点がある。魔力消費が激しいのだ。
何発も容易に撃てる代物ではない。
だからこの世界では魔術が発展し、魔法は過去の遺物となったのだ。
例えばイリーナは回復魔術と回復魔法の両方を使えたが、通常使うのは魔術の方だ。
エミアスやキュリアに至っては、魔法を使えない。
「やはり、強ぅござんすね。あたいに言霊まで出させるたぁ」
私は、何故かその言葉に背筋が凍る思いがした。
前にその様な言葉を聞いた時の事を思い起こしたからだ。
私はティーナを凝視する。
口元が、また微かに動いた。
私は咄嗟に、アイテム収納から手近な長い“何か”を装備し、空中へと放り投げた。
「םער」
辺りに雷鳴が轟き、私の投げた何かを目掛け、落雷が降り注いでいたのだ。
私は落雷が発する音の恐怖に負けない様、歯を食い縛り、突撃を仕掛けた。
恐怖により力みの入った斬撃は、軌道を読まれ、当然ながらまたしても大盾で防がれる。
何度も何度も大盾に防がれたストレスと、先ほどの落雷による恐怖とが合わさる。
私は大盾を黄昏の剣で打っ叩いてやった。
何度も何度も。自暴な程に。
大盾と黄昏の剣が当たる度に、独特な衝突音が響く。
我に返ると私は、何本もの視線を感じた。
このフィールドにいた、私を覗く七人全ての視線が、私へと向いていたのだ。
「へ?」
思わず間抜けな声を私は出した。真剣勝負だというのに――だ。
「やっ、嫌だなー! 作戦よ? 作戦!」
ティーナは突然、剣の炎を消して鞘に収めた。
「んー。興が削がれやした。皆はどうぞ続けてくだせえやぁ」
どうやら皆、戦わずに私たちの戦いを初めからずっと見届けていた様だ。
ティーナはそれも含めて考え、戦闘を止めたのではなかろうか。
私も一旦、黄昏の剣を鞘に収めると、自分が先ほど何を投げたのかを確認する。
長い“何か”、それはチート級アイテムである≪恵比寿竿≫だったのだ。
(さすがは折れる事の無い破壊不能のチート級釣り竿、落雷でも無傷だわ……)
私は手に持つと、直ぐにアイテム収納へと仕舞った。
そしてフィールドの一部階段状になっている箇所へゆっくりと歩み、腰掛けた。
何故かティーナも私の後を付いて、やって来た。
私の腰掛けた直ぐ隣へティーナは座ったのだ。
(近っ!)
パーソナルスペースなどガン無視だった。
(ここは電車の中ですか?)
密着して座るティーナは、私の顔を覗き込む。
イリーナが隣に居る様な、そんな錯覚にさえ襲われる。
だが、本物のイリーナは未だに天井に吊られ、目を覚ましてはいないのだ。
「やり辛いわねぇ……」
「え? あたいですかぃ?」
わざとそっぽを向いて呟いた私は、その言葉には答えなかった。
Dパートへ つづく




