<2話> 「異世界と仮想の狭間で」 =Fパート=
「聖女様も気になるけれど、ルイダちゃんが気がかりだ。まずは急いで宿へ戻るとしよう」
私は移動速度上昇効果のある靴を装備した。
そうしてから、GMスキルの跳躍を行使した。
移動先は宿屋の正面口。
宿屋「グリフォンの爪」には、既に羽の生えた4体の魔人が居た。
1体は宿屋の上空を魔力にて浮遊している。
1体は斜めになっている宿の屋根の上に降り立っている。
残り2体は街道に立っている。
「なんという、進行の早さ」
(まずいな、高度な統率が取れている)
宿はギリギリ無事の様だ。
魔人の大きさは、2から3メートル。
恐らくゲーム内で下から二番目の中位魔族であろう。
これなら、敵のステータスを調べるまでもない。
(そこだけは運が良かったと言えよう)
ただ、魔人自体はゲームでは中盤以降にしか出現しないので、決して弱い敵ではない。
問題は統率が取れている事だった。
先遣隊であろう、おそらく。
したがって、1体でも倒そうものなら、100体規模で魔物の軍が押し寄せてくる可能性が高い。
やるならば、仲間を呼ばれる前に瞬殺。
そして先遣隊を派遣した者が、異常に気付くその前に“とんずら”だ。
警戒して店の少し手前にジャンプしていた。
幸い魔人にまだ、私は存在を気付かれていない。
(もう一度スキルで跳躍しよう)
今度は宿の建物の中。私の部屋だ。
私の部屋の上ではないが、屋根に魔人が居るので、気付かれない様にしなくてはいけない。
部屋だと暗くて何も見えない可能性を考慮した。
(飛ぶのは私の部屋の前の廊下にしよう。
たしか廊下には、ランプがいくつかあった。
ルイダのことだ、点け忘れずに仕事をしているであろう)
ジャンプを行使した。
「ルイダちゃん、良い子だよ」
私は魔人に聞かれないよう、ぼそりと呟いた。
廊下には予想通り、ランプが点いていたのである。
外からは聞こえなかったが、下の方の階から多数の人の声が聴こえてきた。
私は更にルイダが心配になった。
急いで降りる為、階段ではなく、滑車の設置されている吹き抜けへと進んだ。
落下防止用の柵に手を掛け、3階の高さから飛び降りた。
コトン
大きな音を立てずに、着地できた。
意外と階段を走って降りる音は大きい。
魔人に気取られるリスクを考えれば、
階段よりは、こちらにして正解だった。
(階段ってFPSでは結構な確率で襲撃仕掛けるポイントなんだよねー。音で位置が解るので。バレずに潜んでの襲撃がし易いし。何度いや、何千回、殺られた事か……)
装備している《聖者の外套》に手を掛け、フードのみ脱いだ。
まだ髪の毛は黒い様だ。
私は人声と騒めきのする方へと向かった。
おそらく、食堂であろう。
食堂に着くと、30名近い冒険者が各自装備を整えていた。
この短時間で、これだけ集まったものだと、私は感心した。
(あの雷は音も凄かったから、流石に皆が危機感を持っているのかな)
入ってすぐの所に、宿主ルイーダが居た。
「皆、気を付けるんだよ!」
ルイーダはいつもより、一段と声を荒げて言った。
「おう」 「ああ」
各々冒険者が反応していた。
ルイーダの後ろで、柱の陰に隠れるように、孫のルイダが居た。
(ルイダちゃん無事で良かった)
ルイーダが私に話しかけてきた。
「おう、嬢ちゃん無事だったかい! 戻って来れたのだね」
「はい。運良く無事に」
「そうかい。そうかい」
「ただ、既にこの宿は魔人に囲まれています」
近くにいた冒険者数名が、一瞬こちらを向いた。
が、直ぐに自分の準備へと向き直った。
ルイーダは少し考え込み、口を開いた。
「本当にすまないが、リル嬢さん。
どうか孫娘のルイダを護ってやくれないものかね?
もし、万が一、私や息子に何かあった時には、ここの宿にある全てをお前さんに托そう」
「何をそんな……、知り合って間もない私にそこまで信頼を」
「長年、冒険者相手にこういう商売をしているから分かるんだよ。
あんたは違うってね。
それに、ここに居るどの野郎共より、あんた実は強いんだろ?
わたしには分るよ。
そして誰よりも信頼できるってね。あんたの瞳を見れば分るさ」
(護る……か。騎士。)
私はこちらへ飛ばされる前に出会ったプレイヤーが頭に浮かんだ。
――純白の騎士。
(彼の女性騎士なら、どう答えたであろう?
礼儀正しく、態度にまで騎士道精神が表れていたな。人として尊敬するよ)
私の瞳を見つめるルイーダ。
俯いていた私は、顔を上げ、ルイーダを見つめ返した。
私は精神を注ぎ、一言で答えた。
「わかりました」
柱に隠れていたルイダが出てきた。
「お姉ぇぇちゃぁぁあん」
そして私の外套へ、しがみ付いてきた。
普段は強そうに見えた娘ではあったが、私に心を許したからなのか、目から涙が流れていた。
怖かったのであろう。
そうであろう。手練れの冒険者ですら、動揺しているのだ。
そんな動揺している姿を見せられたら、子どもが泣いてしまうのも仕方がない。
私は優しくルイーダにもう一言、答えた。
「お任せください」
Gパートへ つづく




