<17話> 「聖母教総本山」 =Cパート=
聖母教総本山、千四百年を誇るその歴史は、人族の十倍を誇る長寿のエルフからしても長いものであった。
その総本山は大きく三つのエリアに分かれている。
千六百年以上前の超古代遺跡エリア。
廃墟ではあるが普段の立ち入りが禁止されている聖域。
八百年前に造られた神殿エリア。
神の住まう場所とされ、今も儀式の時の使われている外拝殿。
二百年前に造られた宮殿エリア。
宮殿は更に三つに細分化できる。
複数の神殿に隣接する内拝殿と本殿。それらを繋げる幣殿。
どのエリアにティーナたちが居るか、あるいはバラバラなのか。
それすらも手探りで探すしかなかった。
RPGであれば、まさにラストダンジョンの初見攻略だ。
攻略本も攻略サイトも無く、仲間内での口コミと怪しい眉唾物の噂しか存在しない、そんな状況なのだ。
唯一救いなのは、大まかな地図がある為、マッピングという地図を作る作業が必要ない事だ。
これは本当に助かった。
こういう探索は、ゲーム内でもリアルスキルが必要なのだ。
何故ならば、地図を見ながら進むのに、迷子になる者が必ず居るからだ。
そういう者たちに対し、「迷子スキル発動」と揶揄する。
それはよくある冒険の日常であったし、それも含めて、ゲームで冒険する醍醐味がそこにはあった。
私はかつてのゲーム仲間の顔を思い出し、今、目の前にいる仲間たちの姿を重ねた。
メリダ、ミリア、オジム、グリンを加えた私たち七人。
まず本殿のある比較的新しい宮殿エリアの様子を確認する事になった。
そしてその後に、一番潜伏の可能性が高い聖域、超古代遺跡エリアを目指すのだ。
「それでは、これより聴覚と視覚を阻害する魔術を施します。事前に打ち合わせた通り、私とレンジャーのグリンさんを先頭にして進みます」
エミアスに対し、皆が一斉に頷く。
「念の為にもう一度説明いたします。この魔術が発動中の注意事項は二つ。戦闘などの激しい動きをすると切れてしまう事。臭覚は阻害出来ない事。――以上です。私の杖から出ている光をどうか見失わない様に」
今度は皆、沈黙を持って答える。
「殿はリル様にお願いし、キュリア様は遊撃手としてお任せ致します」
青い鎧を纏ったキュリアは凛と直立し、まさに戦乙女に相応しい貫禄だった。
(イリーナがいたら「乙女に貫禄なんて言葉を使わないで」と怒られそう……)
不意にイリーナの事を思い出す私。
(イリーナのツッコミが無いと、寂しいわね……)
そんな事を考えていたら、当人が近づいて来て片腕を胸元に寄せる仕草をした。
「リル殿、後備え、お任せしてすみません。本来であれば私がなすべき……」
私はイリーナの真似をして、キュリアの唇に人差し指を当てる。
「キュリア、一緒に戦える事を私は誇りに思うわ。この世界に私が来た甲斐があるわね」
キュリアは私の手を掴み、胸元へと運ぶと目を閉じた。
戦乙女の両手はグローブに覆われていたのだが、温もりが私には伝わって来た気がした。
その後、皆で円陣を組み右手を突き出して、イリーナを救う事を誓い合った。
十四個の小型立体魔術陣が現れると、七人の前で音も無く静かに消える。
気が付くと、自分の身体が透けていた。そして他の六人の姿も透けていた。
本来であれば、この世界の者は認識する事は難しいのであろう。
しかし私はGMである為か、微かに気配を感じていた。
この世界で初めての経験となる為に用心して、GM用の監視スキルで味方をタグ付けする。
(これで、離ればなれになってしまっても場所が分かるわね)
エミアスの持つ杖が動き出す。
杖の先には立体魔方陣があり、私たちだけが視認できる様、工夫がされていた。
林を抜け、本来の参拝用坂道を登って行く。
途中で道が分かれていたが、本殿への最短ルートである石の階段を上って行った。
隠密行動である為、通常よりもゆっくり歩むこと、体感にして約十五分。
私たちが目にしたのは、魔人族の街となってしまった世界。
そう、聖母教の総本山は既に壊滅していた。
階段の縁から覗き込むと、魔人族がうじゃうじゃ居たのだ。
そしてこの場所だけで、十数体の魔将が居た。
魔将とは上位魔人の更に上の存在であり、一体一体が魔術の施された武具を装備し、戦闘時には前衛と後衛が組み連携して攻めてくる。
戦闘能力の極めて高い魔人族だ。また知性も高く、人族のそれを優に超える者すらいる。
エミアスを先頭に、ゆっくりと気付かれない様慎重に、魔人族たちの集団の脇を抜けて行く。
さすがの私も、心臓の鼓動が高まり、波打つ脈が鼓膜にこだましていた。
もしここで見つかれば、敗走確実だった。
私たちは運良く、何のトラブルもなく先へと進む事ができた。
広場から再び、道へと移行する。
緩やかな下り坂だった。
自然と視線が足元側へと移る。
すると、先頭を行く者たちの足元が微かに濡れている事に気が付いた。
「これは誰かの悔しさの証?」
発した言葉は、掛かっている魔術により掻き消される。
私たちは一度道から逸れ、林の中へ入り身を潜める。
認識阻害魔術を掛けてからそろそろ三十分。魔術を掛け直すのであろう。
エミアスを筆頭に、術が一度解ける。
顔に涙は浮かんでいなかったが、法衣に少しシミが出来ていた。
メリダとミリアの司祭二人は、全身を覆う白金色のプレートアーマーを装備したままで抱き合っていた。
声を押し殺して泣いていたのかも知れない。
地面に突き刺さっている二人の武器すらも、どこか悲しげに見える。
キュリアは怒りを露わにしていた。
「魔人、許すまじ……」
短く発せられたその言葉に、重みを感じた。
過去に余程の事があったのであろう。
この怒りと哀しみの本当の理由までは、今の私には推し量れない。
エミアスは嘆いていた。
「私は、ここを離れるべきではなかった……。いえ、おそらく私一人居たところで、大局は変わらない……のでしょうね」
そして深く息をしてから呟く。
「私はまだ生きている。生きていれば復興の機会はある。そう、イリーナ様を……」
私は皆の前では、不思議と平静を保てた。
高鳴っていた鼓動は、静寂を取り戻し、反動で神経は研ぎ澄まされている。
冷静でいられたのは『現実世界ではなく、何処か他人事に思えたから』
――などでは断じてない。
そう。たとえ仮想世界であろうと、私は手に汗握りドキドキしながら対峙してきた。タイトルの掛かった試合など、まさにそうだ。
冷静でいられたのは、経験により練り上げられた精神力と、イリーナを取り戻すという確固たる決意が在ったからだ。
Dパートへ つづく
先日、なろう日間「文芸・SF・その他異世界転生/転移ランキング」29位となり
異世界GM、初のランク入りを果たしました。
ブックマーク、評価、本当にありがとうございます。お礼申し上げます。
お盆休み中は出来る限り執筆投稿いたします。引き続きお楽しみ下さい。




