<17話> 「聖母教総本山」 =Bパート=
「その鎧、私が持っておきましょうか? 私も異空間へアイテムをしまっておけるので」
私はキュリアへと、そう提案した。
鎧は私が承諾を得て触れると、箱を残し忽然と消えた。
次に箱を収納する。何の予備動作も無しに消えたそれらを目の当たりにし、キュリアは呆気にとられた様子だった。
私たち七人は、幌の掛った牛車に揺られていた。
牽いていたのは、体長三メートルを超える巨大な水牛の様な動物であった。
キュリアは私の右隣に座っているのだ。
「驚かせてしまったわね。この世界では神格クラスでないと使えない……らしいものね。でも私のは少し違うのよ?」
私からすれば、これはスキルではなく、システムだ。
プレイヤーであれば誰もが使える、言わば仕様。
それがシステム・コマンドだ。
「それと……転移魔法と組み合わせると、こんな事も出来るわね」
私はアイテム収納にある鎧をキュリアに向けて転移させた。
すると、まるでゲームの様に一瞬にしてキュリアは鎧を装備した状態となった。
「リル殿、いえリル様! 凄過ぎます!」
キュリアは子どもの様にはしゃぎ、私の手を両手で握りしめてくる。
見た目の幼さもあり、八英雄のキュリアがもはやただの年下の少女としか思えなくなってしまった。
私は空いている手で鎧に触れて、再び収納へと戻す。
だが何故か、キュリアは私の手を握ったまま離さなかった。
暫しの沈黙の後、牛車が揺れ、反動で私の方へとキュリアは倒れ寄り掛かる。
肩と肩、腕と腕が触れ合い、少女の持つ二の腕の冷たさが服越しに伝わってくる。
キュリアは顔を私の髪と同じ位に真っ赤にさせると、慌てて握っていた手を離した。
私も何だかキュリアと目を合わせづらくなってしまったので、牛車の天井を見ながら話を続ける。
「私のアイテム収納はね、イリーナたちの様な多次元収納ではないのよ。多次元収納の場合は、別の空間にアイテムが漂っていて、必要な時にその空間から拾い上げる感じなのね。でも私の収納はアイテム毎に別の空間に収められる感じなのだけれど、何というか……」
(質量すらもデータ化されて、サーバーに収納されている感じなのだけれど……説明は難しいわね)
話の雲行きが怪しくなってきたので、私は話題を直ぐに変えた。
「そういえば、キュリアさん、もう一刀の剣は? 確か聞いた伝説では二刀流なのだと。でもティーナたちと対峙した時は一刀でしたよね」
目を見て話そうと覚悟を決め、キュリアが持つ紫色の瞳を見つめた私は、またしても魅了されそうになる。
今日はこれで二回目なのだ。
必死に耐えて、私へ眼差しを向けるキュリアを見つめ返した。
≪ リルは魅了耐性スキルが0.1上昇した ≫
(また、これか……システムメッセージなの? てか何のシステムなのよ)
「ええ、実はもう一刀は愛馬と共に、我が師ブラギに預けてありました。必要な時に師が転送して下さる手筈になっていましたので。それがこの剣です。街中で振るうには禍々しい代物です……」
そう言うとキュリアは、私に剣を持つようにと勧めてきた。
私は勧められるままに、柄の部分を握る。
握った瞬間に見た目の何倍もの重さを感じ、同時に微量の魔力を吸われる感覚に襲われた。
魔力が減るとは「お腹が空くと元気がなくなって、疲れやすくなる」、そんな感覚に近い気がする。
その感覚はゲーム内とも同じで、特別なものではあったが、同時にいつも慣れ親しんだ感覚なのだ。
検閲
| ≪魔剣グラム ≫
|付与:追加効果・邪なる瘴気
|瘴気:追加効果・即死
私は無造作に、鞘から少しだけ刀身を抜いた。
すると魔剣は私の魔力を更に吸い、瘴気が生じる。
キュリアは慌てて、鞘を掴み、刀身をしまう。
瘴気は直ぐに見覚えのある小さな立体魔術陣により無事浄化された。
一緒に牛車に乗っている五人の内、四人の視線が一斉にこちらへと向く。
向かいに座っている者を除いて。
唯一こちらを見ずに、頭を抱えて俯いていたのは、勿論エミアスだ。
「さすがリル殿、ここまで魔剣の力を引き出せるとは……」
キュリアは純粋に感心した様子だ。
「あー。うー。その、私の武器の黄昏の剣の能力の一端の、その、魔力を吸うの。そういう感覚に、そう、慣れていたのだけれど……。手加減が難しいわねっ!」
(うー。まさか魔剣グラムとは……。ついついゲーマー魂が疼いて、抜いてしまったわ。てか、知っていたなら、エミアス教えてよね! 頭を抱えているけれど、こっそり笑ってない?)
視線がまだこちらに集中していたので、一呼吸置いてから続けた。
「なるほど、確かに禍々しいわね。それで一刀だった訳ね。なら二刀だったら、あのティーナに勝てたのではなくて?」
上目遣いで覗き込むようにして、キュリアは私を見ながら言う。
「どうでしょう? 鎧があれば負けなかったかも知れませんが、二刀で勝てたかは、正直分かりません。ですが、次に対峙した時、負ける気はありませんよ」
見た目とのギャップこそあったが、さすがは英雄と呼ばれているだけあり、頼もしかった。
最後の言葉に、その決意の重さが現れていたからだ。
その言葉を真摯に受け、私もありのままの心情を言葉にする。
「頼もしいわね。私は対峙した時、正直相手が怖かったわ。初めの内は、恐怖で剣を持った手が震えていて、必死に別の手で抑え込んだの……。エミアスとキュリアさんが来てくれて本当に良かったわ。来ていなかったら、私もやられていたもの……」
そう言い終えた時だった。
エミアスの横に座っていた司祭の二人が立ち上がる。
一人は小柄で、この世界では珍しい短い髪をした女性で、黄色に近い金髪が、理知的であるが活発な印象をも与えてくれる。
もう一人は大柄で、薄茶色い長髪をした女性で、見た目の清楚さとは裏腹に私よりも頭一個分大きな身体をしていた。
そう、私よりも大きいのだ!
乗車時に挨拶を交わしたが、「私よりも大きい」それだけで私は、彼女たちに十分に好感を持った。
小柄な方がメリダでフレイル使いだ。
フレイルとは連接棍棒、つまりは棒の先に鎖などで棍棒を繋げた打撃武器だ。
大柄な方がミリアでメイス使いだ。
メイスとは戦棍棒で、金属製等の頭部構造を持つ打撃武器だ。
大柄なミリアは、牛車の幌が張ってある骨の部分に捕まり、背を丸め屈んでいる。
小柄なメリダはそのミリアに捕まりながら、覇気のある喋り方で言う。
「キュリア様。リル様。私たちで、必ずイリーナ様をお救いしましょう!」
捕まれ手摺りと化しているミリアは、おっとりとした口調で言う。
「イリーナ様は、私たちが祟りを受けて死に掛けていた時に救って下さったのです。私たち二人にとって、イリーナ様は英雄なのです。キュリア様と並ぶ位、あるいはそれ以上の……」
キュリアは自分以上という言葉を目の前で言われたにも関わらず、優しい慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。
「ミリアの言うとおり、私たちはイリーナ様に救われました。ですから今度は、イリーナ様をお救いしたいのです」
エミアスはただ黙り、その言葉を聞いていた。
「嬢ちゃん達、安心しな。俺らが付いているからなっ」
牛車の後ろの方から上がった声は、冒険者ギルドより派遣された者からであった。
「この俺、魔物ハンターのオジム様がいれば、魔人族なんざ敵じゃねえ」
そう言うと、オジムは鼻の下より生えた髭をなぞる。
「なぁ、グリン。そうだろう?」
「おいおい、私までバカに見られるじゃないか。止めてくれたまえ」
そう言うとグリンは足を組み替えて続ける。
「私はレンジャーのグリンだ。期待を裏切らない様に心掛ける」
「このグリンは、特選レンジャーつうって、この大陸に五人しかいない、ギルドから特別に称号を与えられた、スカした野郎だ。だが腕は確かだぜぇ」
髭のオジムは、怖面の顔に満面の笑みを浮かべ、むしろそれが不気味に見える程、不釣り合いだった。
「キュリアの婆さん、久しぶりだなっ!」
キュリアの紫の瞳が今度は不気味に光る。
「ああ、タコ頭の坊やや。オジムだったかね。次に『婆さん』などと言ったら、お前はタコ壺に入れられて海の藻屑と消ゆる事であろう」
「すっ、すいやせんでした! キュリア興」
直ぐに立ち上がり、頭を下げるオジムであった。
魔王軍からイリーナを救った私、八英雄のキュリア、そして大司教エミアス。
考えてみれば、最初は声を掛けづらかったのかもしれない。
次第に打ち解け、パーティーの士気が自然と高まった。
(打ち解ける切っ掛けは、皮肉にも私のへまなのだけれど……。まぁ、良いでしょう)
考えてみれば、この世界へ来て数ヵ月。
野良、つまりは見ず知らずのパーティー編成での戦闘は初めてだった。
エミアスとは共に旅をしていたが、一緒に本格的な戦闘に挑むのは、これが初めてとなる。
ティーナたちとの戦いにおいては、強化魔術を掛けてもらった程度に過ぎない。
キュリアとは一度、剣を交えてみたいとの想いが浮かんだが、おそらくは純粋な剣での試合であれば、私は負けるであろう。
だが、どの位強いのであろうか、機会があれば試してみたい。
私はVRでFPS(一人称型シューティング)をプレイしていた時に、オンラインでよく野良パーティーを組んでいた。
その経験により仲間の力量は、十秒もあれば動きから大体判断できる。
野良に慣れてくると、次第に知らない者と即座に連携して敵を排除する事の爽快さに私は填まった。
そう私は野良で即席の連携を組む事にも慣れているのだ。
まるで、どこの部隊に所属しても順応できる、傭兵の様に。
Cパートへ つづく
なろう日間「文芸・SF・その他異世界転生/転移ランキング」29位
異世界GM、初ランク入りいたしました。
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