<16話> 「未来」 =Gパート=
大司教エミアスは高位司祭ハルモニアと、今後の対策を練っていた。
聖母教総本山は十日前と五日前に魔人からの襲撃を受け、それ以降の連絡が無いのだ。
二日前、偵察の為に発った者たちも未だに戻らない。
「――すると、第二神殿周辺の宮殿に身を潜めている……と?」
「はい。避難してきた者の話によれば、偶然にも神龍様がおられたそうで」
エミアスの問いに、ハルモニアが答えた。
だがそれはエミアスにとっては予想外の内容であった。
「神龍様? 竜人でも竜神でもなく、ですか? まさか、八英雄の……ですか?」
「はい、エミアス様。神龍様がいらしていたとの事です」
驚くのと同時に喜びが、声にまで現れる。
「そうなのですか、希望が出てきました。あの方がいらっしゃるのであれば」
「はい。その場合、どなたかまでは分かりかねますが大司教様が御一緒の筈です」
エミアスは片腕を組みながら、片手を顔に当てて言う。
「確かに、そうですね。ですがそうなれば、総本山を奪い返すのと同様に、救出作戦も必要ですね」
「そうなります」
ハルモニアは頷き答えた。
「この窮地に八英雄が二人もいらっしゃるのは心強いものですね」
エミアスは胸元で祈る様に両手を合わせた。
「お二人、ですか……?」
首を傾げた後、微笑みながらハルモニアはさらに呟く。
「そうそう、そう言えばここ最近、教会へと毎日参拝して下さっている方がいるのです。そのお方は私が若き頃にお目に掛った事のある八英雄様にそっくりでして。その血族なのではと私は考えているのですが……」
突然、エミアスは身震いをする。
「なっ、何ですか!? この魔力は」
イリーナの魔力ともまた質の異なる純粋な力の波動を感じたのだ。
エミアスたちは教会の大聖堂に隣接している建物、その地下室に居た。
地下ではあったが、地上からの光が差し込み、内部は明るい。
その地下にまで、魔力の波動が届いたのだ。
エミアスは一人急ぎ階段を上り、地上階へと出た。
そして大聖堂へと向かう。
ところがエミアスは急ぎ向かっている最中に、ある事に気が付き、一旦足を止めた。
イリーナの魔力が教会の敷地内に存在しないのだ。
「何という事……。リル様がいらっしゃらないのならば、私がお側に居るべきであった。くッ」
エミアスは歩みを再開し、急ぎ大聖堂へと向かった。
大聖堂には修道女しか居なかった。
その者たちにイリーナの事を聞き出す。
すると「イリーナ様のお知り合いの方と出て行かれた」との回答を得る。
そしてその事を先程、別の者にも尋ねられたと、修道女は語る。
尋ねた別の者は「八英雄キュリア殿かも知れない」エミアスは直感的にそう思った。
ブラギの幇助により通信を行った時には、殆ど話せなかった。
だがエミアスは元々キュリアとの面識があった。
だから見れば一目で分かる。
そこで容姿を修道女に尋ねた。
「八英雄……ですか? その様には見えませんでした。華奢な少女でしたから。でも、帯剣しておられました」
エミアスは確信した様だ。
ハルモニアへの言伝を修道女に頼み、大聖堂の正面口より出た。
そして教会の門辺りで、魔素溜りを見つける。
細い糸状に魔素は続いていた。
エミアスは必死でその糸の行方を辿って行く。
「またしても……。イリーナ様を。汚れた血の混じった自分をマザーと慕ってくれるイリーナ様。本当に自分の娘と思っている。これは娘を思う母の気持ち?」
追いかける道。エミアスの通った地面が微かに濡れていた。
街中を暫く進むと、糸の示す先で雷が落ちた。
エミアスは周囲に人気の無い事に気が付く。
何か異変が起きている。
風と土の魔術を使い、加速するエミアス。
崩れている家々を発見した。
そして地面には人が横たわっているのだ。
警戒しながら近寄った。
倒れていたのは、薄い金の髪をした少女だった。
服はぼろぼろだが、外傷は無さそうだ。
うつ伏せではあるが上半身は多少横を向いている。
「あぁ。何という……」
エミアスは蘇生ではなく、まず防御結界を張った。
そして隙を作らない様に、片手で杖を構え、空いた片手で回復魔術を遂行した。
普通の術者では、そんな器用なマネは出来ない。
これはエミアス固有のスキルによるものだ。
視線は常に結界の外に向け続けている。
エミアスは視線を感じていたのだ。
回復魔術の発動している間中ずっと。
一人で来て正解だったと、エミアスは思ったに違いない。
聖女イリーナを簡単に連れ去り、八英雄のキュリアですら非武装ではやられてしまう。
そういうレベルの敵なのだ。
だが、そんな敵と闘っている者が居る。
エミアスは歓喜で震えた。
冷や汗をかきながらも、口元は笑って見えた。
その様な真似が出来る者には一人しか心当たりが無かったからだ。
「リル様が闘っておられる。今度はお力になれる。イリーナ様を救う為に……」
片腕でキュリアを抱き、立ち上がるエミアス。
元々軽かったキュリアの身体が、更に軽くなる。
「ありがとうございます。エミアス様、お久しぶりですね」
キュリアは意識を取り戻したのだ。
するとエミアスとキュリアの居る場所の直ぐ近くに、二度目の雷が落ちた。
二人は顔を見合わせ、沈黙してただ頷く。
エミアスはキュリアの身体を少し支えたまま、詠唱を開始した。
無数の小さな立体魔術陣が現れ、辺りへと飛散する。
キュリアは自分の力で、ゆっくりと歩く。
エミアスは走って駆け付ける。
魔方陣の展開したその先を見渡す。
そこには揺らめく炎の様な赤い髪が靡いていたのだった。
「あぁ、あれこそ希望の炎……。今度こそ間に合うかもしれない」
一人強く頷いているエミアス。
「今は間に合わなかったとしても、リル様がいれば、共にイリーナ様をお救い出来る」
エミアスの目に映る真っ赤な炎は眩しかった。
Hパートへ つづく
16話をお読みいただき、ありがとうございます。
戦闘シーンの描写に時間が掛り、思った以上に連載が遅延してしまいました。
己の筆の未熟さを痛感した次第です。
17話と18話は、ハイファンタジーよりも、SF・VRゲーム要素が強くなります。
一旦、掲載ジャンルをVRゲームとさせていただきます。
さて、17話からは再びリルの物語へと戻ります。
各々の思いを込め闘う17話。リルはどんな思いに到るのでしょうか?
そして占有型バトルフィールドでの戦闘。まだまだ終わりません。お楽しみに!!




