<16話> 「未来」 =Fパート=
「嬢ちゃん、強ぅござんすねぇ。だがこれで、もう六段目」
ティーナは剣を横にし、ルーンの刻まれた黄金の樋部分に指を二本這わせる。
「えんちゃうんとウィンド」
ルーンが呼応し、剣の周りにある空気が音も無くただ歪む。
キュリアの師ブラギであれば、刻まれたルーンから効果を読み解けるかも知れないが、キュリアにはまだ真似はできない。
ティーナは剣を正面中段に構える。
ところがキュリアの目には、構えた剣が歪んで見えているのだ。
時にナイフの様に短く、時に大剣の様に長く。
見え方も、刻々と変化している。
キュリアは元の剣の長さを体感で覚えている。
幻術の類いで剣を当てられる程、間抜けではない。
しかし、結果は違った。
ティーナの斬撃がキュリアを襲う。
中段からあまり振りかぶらず放たれた斬撃。
それまでと同じ感覚で躱したキュリアは、斬られてしまった。
肩口から二の腕にかけて、ザクリ。
痛みを感じる間もなく、更なる追撃がキュリアを襲う。
キュリアは受ける為に、剣を重ね合わせ様と試みる。
ところが、剣が交じり合うことは無かった。
追撃はキュリアの脇腹に、深く爪痕を残す。
キュリアは必死に剣で牽制をした。
もし攻める姿勢を見せなければ、そのまま斬り殺されていたであろう。
ティーナは一旦間合いを外した。
無理に攻める必要がなかった。
次も一方的に攻められる、そう思ったに違いない。
キュリアの服は上腕と脇腹の部分が裂けている。
服に付く血は、僅かに滲む程度で済んでいる。
中位回復魔術が瞬時に出血を収めたからだ。
「さあ、どうしやした? おっ死んじまいやすよ」
追い詰められたキュリアをティーナは煽る。
キュリアはワンピースのスカート部分を少し持ち上げ、剣を突き刺した。
布を裂く音が響く。
自身でスカートにスリッドを入れ、可動域を広げたのだ。
スリッドからはキュリアの細い脚と下着の一部が露出している。
そのスリッドから出た左脚を大きく曲げる。
キュリアはそれまでよりも体勢を低く構えた。
受けに回らない様、キュリアは激しく攻める。
しかし斬撃はそれまでと同様、剣を合わされて受け流される。
そして返す剣で、胸元を一文字に斬られてしまう。
これも後方へと実際には躱した筈だった。
それにも関わらず、やはり斬られてしまった。
キュリアは直ぐさま魔術で回復する。
もし、あと少し後方へ避けた距離が短ければ、心の臓にまで剣は達していたに違いない。
回復が終わると一文字に斬られた服の裂け目からは、豊満ではないが形の整った胸の下部が露出してしまっている。
鎧を少しでも身に纏っていれば、また違う展開になったかもしれない。
だが後悔は無いであろう。
もし剣まで置いてきてしまっていたら、闘うことすらも出来ず、逃がしてしまっていたのだから。
キュリアは剣を再び構える。
イリーナを救い出す為。
ルイダとの約束を守る為。
今まで救えなかった者たち。
目の前で消えて逝った者たち。
全ての思いを力とし、奮い立つ。
そんなキュリアをティーナの上段斬りが襲う。
キュリアは柄の部分に巧く剣を重ね、剣で受ける事に初めて成功した。
しかし体勢が少し崩れてしまったキュリアは、ティーナの追撃の突きを喰らってしまう。
突きを剣で弾こうとするも、見えている位置に、剣が存在しておらず、防げなかった。
そして連続突きをキュリアは喰らってしまう。
魔術で自己回復し身体は回復するも、服はぼろぼろとなり、魔力量も減り始めている。
徐々に追い詰められるキュリア。
キュリアはまだ諦めていなかった。
確かに剣を用いた近距離戦闘では負けている。
だがキュリアの最も得意とするのは中距離戦闘なのだ。
そう、キュリアは剣の達人であるが、同時に偉大な魔術師でもあるのだ。
――スキル「即効魔術」発動――
「トルネド・サイクロン」「プラズマ・ブラスター」
上位魔人より上の魔将にすらダメージを与える頃の出来る魔術だ。
古代魔法を魔術で再現した物で、高威力魔法を魔力消費量を抑えて魔術として行使するのだが、通常であれば代償として長い詠唱が必要となる。
キュリアのスキルにより、瞬時に発動した暴風と雷撃。
その二つが剣を構えるティーナに襲い掛かる。
「こりゃ、マズイ! うぎわぁぁやあぁぁぁぁぁぁ!」
ティーナは奇声を上げた。
だがしかし、暴風と雷撃のその二つは、ティーナの持つ剣に吸い込まれていく。
「な~~んてねぇ」
その様子を見て、キュリアは愕然とした。
師のブラギが持つグングニィルを思い起こしたに違いない。
一方のティーナは戯けて笑っている。
そして暴風と雷撃がキュリアを襲う。
「さらば!!」
暴風は渦となる。自然の物であれば渦は地表より垂直に伸びる。
だがこの竜巻旋風は水平に伸び、中心に雷撃を包み込み、更に雷撃を周囲に発生させて襲ってくるのだ。
キュリアはとっさに、反属性を含む土属性金属魔術を詠唱する。
キュリアの前に金属で出来た盾が現れるも、その術が発動したのは、僅かに直撃を受けた後だった。
雷撃は盾と剣により耐えきった。
だが、暴風には対処が間に合わず、キュリアの身体は竜巻旋風に飲まれてしまう。
風圧で呼吸も儘ならず意識を失い掛ける。
水平に飛ばされた後、上空へと舞い上げられ、そして意識の混濁した状態のまま上空で投げ出される。
自然の災害に抗えない様に、キュリアはただただ喰らう。
放たれたキュリアの身体は周囲の家々を薙ぎ払い、地面へと叩きつけられ、身体は何度か弾んだ。
物理防御の魔術が掛かっていなければ、それだけで即死していたであろう。
キュリアはそれでも意識を失わなかった。
起き上がる為に、うつ伏せに体勢を変える。
傷付いた自身に回復魔術を掛けようとする。
地面を必死に這いつくばるキュリア。
イリーナを護るとルイダに誓った。
「護るべき者をまた護れない」と、かつて祖国を救えなかった自身を嘆く。
「八英雄などと言われているが、このザマだ。自分が情けない。あの時も、そうだ……。私は無力だった」
「魔神……、私はこのまま……」
氷の監獄内にて、微かな声が幾重にも反響する。
瞼を閉じたらそのまま二度と開ける事はできないと思いつつも、キュリアは瞼を閉じた。
凍て付く寒さにより痛覚のみが残り、閉じた事により視覚までも奪われる。
微かに残る聴覚。
誰かの近づいて来る足音が、幻聴であるのか、それすらも分からない。
だが突然に、失ったと思われていた味覚が反応を示す。
「甘い……? いや、酸っぱい……。それと、暖かい」
キュリアは徐々に意識を取り戻す。
失われていた魔力が徐々に戻り始め、視覚が回復していく。
そして目の前に赤銅色の何かが、ぼやけてはいるが徐々に見えてくる。
「あぁ、ヴァナディース様……なのですか? これは夢か幻か。それとも既に死者の国なのか」
「生命魔力が枯渇していた為、生命の果実を貴女に与えました」
ぼやけていた視界が戻る。
するとキュリアの目に映ったのは、赤銅色の髪ではなかった。
映ったのは、魂の焰が、そのまま形となり出でた炎の様に真っ赤な色の髪だった。
「あぁ、私はまた助けられたのか……。イリーナ様のお姿を拝見し、更にはルイダ嬢の話を思い出した。あの薔薇のお嬢様はきっと、イリーナ様を魔王軍から解放したリル殿に違いない……」
虫の息であったキュリアは、どこか安堵の表情を浮かべ、その場で意識を失い、前のめりのまま倒れ込んだ。
意識を失った筈のキュリアの口が微かに動き、声が発せられる。
「イリーナ様……を……」
Gパートへ つづく




