<15話> 「暗雲あるいは雷雲」 =Hパート=
「良かった。間に合いましたね」
声の主は、エミアスであった。
その声に反応し、勇者は構えを解いた。
おかげで私は声のする方を見る事が出来た。
それとほぼ同時に、私の前に現れた三つの立体魔方陣も消えた。
エミアスの傍らには、キュリアが居た。
キュリアの服は切り刻まれボロボロで、襲われた後の様な、酷い格好だ。
ロングスカートには切れ目が入り、下着の白いズボンと脚が見える。
そして服は胸元が切れ、乳房の下半分が丸見えだった。
「リル殿、ありがとうございます」
キュリアは左手を胸元に当てがいながら、頭を下げた。
その頬は僅かに赤い。
私は大きく頷く事でキュリアに応える。
そして、エミアスには目を合わせずに伝える。
それはエミアスに合わせる顔が無かった為ではなく、勇者から長く目を離せないからだ。
「ごめんなさい、エミアス。イリーナは既にあの子に攫われてしまっていて……」
「はい。キュリア様から伺っております」
エミアスの声は、哀しみに溢れていた。
顔を見ずとも、私にはエミアスの表情が分かる。
そんな思いとは裏腹に、キュリアとエミアスの二人が駆け付けて来てくれた事が、私は純粋に嬉しかったのだ。
頼れる仲間と伴に闘えるのだから。
「あのピンクの髪の子、強いわ。対処は任せて。あと伏兵に気を付けてね。私も気を付けるわ」
そう告げると、エミアスが答える。
「ええ、私もキュリア様をお助けする時から、視線を感じておりました」
私は辺りを警戒しつつも、勇者から目を離さない。
だが、その様子に少し気になる点があった。
先程からこちらを眺め、黙っている勇者。
あれだけ戦闘中に喋っていた彼女が、黙ったままなのだ。
「ティーナ?」
そう声を挙げたのはエミアスだ。
戸惑ったまま口ずさんだ、そんな声色だった。
「ティーナ」と言われたからか、勇者の口調と声質がそれまでの物と一変した。
淑女の様な物言いへと変わったのだ。
「マザー、久しぶりですね。リーナの意識、戻って来たみたいで良かったです。あたしもね、凄く嬉しかったんですよ。でも残念だなぁ。リーナはあたしが貰っちゃうんですからね」
勇者は左手の人差し指を顎に当て、考えているそぶりをして見せた。
「そうだ、そうだ、エミアスお母様もおいで下さいよ、こちら側へ。昔みたいに三人で遊びましょうよ。ねっ。ねっ」
私は剣を持った右手を横へと大きく広げ、エミアスの回答を制止した。
「思い出したわ。勇者バレンティーナ、いえティーナさん」
私はいつだかは忘れたが、イリーナとエミアスが馬車でティーナという名前を口にしていた事を思い出した。
勇者ティーナは哀しみと嫉妬の混じった複雑な表情で、私を見つめてくる。
私はそれに対し、彼女を見つめ返す。
だが私は直ぐに目線をずらした。
そしてティーナの持つ剣を見て言う。
「エミアス、耐性魔術をお願い。雷、風、火、そして光ね」
「ぐぬぬぬ、ぬぬぬ」
ティーナは言葉にならない呻きをあげた。
(あっ……? え?)
エミアスは一瞬にして四つの耐性魔術を同時発動し、私に掛けてくれた。
私は右手を広げたまま、ティーナに近づく。
軽く左手を添え、自然な流れで正面に構える。
剣先を相手の喉元に定める、正眼の構えに移行したのだ。
そして互いの間合いを侵食し、剣と剣が交差する。
“一刀流・漆膠之付”
重なり合う剣と剣。
ティーナの剣は私に制御され、私の剣のみが相手へと届く。
攻防一体のまま突き放つ。
黄昏の剣、その切っ先がティーナの左首頸動脈へと達する。
押さえ付けられた蛇口の如き勢いで、鮮血が飛ぶ。
ティーナの剣、合わせても痺れる程度。
「いける」そう感じた私は止めを刺す為、打ち込もうとした。
だが、それは叶わない。
私の足元に、魔術陣が出現したからだ。
私は即座に魔術陣から飛び退いた。
するとそこから、メイド服を着た小柄な少女が飛び出してくる。
少女は濃い緑色の髪をしていた。
この世界では珍しい、髪の毛が肩の手前までしかない髪型だった。
そしてその少女に続き、私と同じ位の歳の女性が現れた。
この世界で初めて見る、黒く長い髪をしてしている女性だ。
その美しさと妖艶さに、一瞬心を奪われ掛けた。
だが身に付けている羽織袴の方に、私の興味は直ぐに移った。
この世界にも、日本国、あるいは遠東の国が、存在する可能性を想像したからだ。
「不死鳥の円舞」
手に持つ扇を広げると、黒髪が靡く。
それと伴に扇から炎が出で、鳥の型を成し螺旋状に飛ぶ。
空いた手で、意識を失い倒れ掛けているティーナを抱えていた。
「哀れなこと」
扇をたたみ炎が収まると、ティーナの首にあった傷がなくなり、さらに血色までもが一瞬にして戻っていた。
私は直ぐに体制を立て直し、剣を構えた。
メイド服の少女が突っ込んできたからだ。
その突進は私の想像を超えていた。
剣の間合いの内側へ、あっという間に侵入を許してしまった。
メイド少女は指を伸ばし、手刀を突き出してきた。
私は鍔元(=鍔に近い刃の部分)で懸命に防ごうとした。
キ"ン"
想像と違い、聞いた事の無い音がこだます。
重金属同士の衝突と、軽金属同士の衝突とが、同時に起きた様な音だった。
しかもそれが、剣と手刀が衝突して出来た音なのだ。
「こいつはヤバイ」そう思った時だった。
私の横から現れた抜刀しているキュリアが、メイド少女に斬り掛かったのだ。
上段に構えられた黄金の刀身を持つ剣が襲う。
メイド少女は懸命に躱すも、間に合わず手刀で弾いた。
キュリアは激しい斬り込みの為、服からは胸が露出し、淡い色の突起部分が露わになってしまっていた。
だがキュリアは気にする事なく、追撃を放つ。
メイド少女は、ただの人では有り得ない魔拳師の様な超人的動きで、後方へと大きく飛び退いた。
それを見た私は、ソフィアの母である魔拳師ユフィアの姿を重ねる。
惜しくも躱されたが、キュリアはずっと、この伏兵が現れる瞬間を狙っていたのかも知れない。
私はそう思った。
メイド少女は、抱えられているティーナの元へと駆け寄った。
エミアスも、私とキュリアの直ぐ後ろへと駆け寄る。
するとエミアスは、長い長い防御魔術を詠唱し始めた。
詠唱が終わり、私たちの足下に魔術陣が出現した時だ。
私たち三人を中心に、別の魔術陣が展開された。
その規模は、エミアスが展開させた魔術陣の十倍以上であった。
Iパートへ つづく




