<15話> 「暗雲あるいは雷雲」 =Gパート=
黄昏の剣、私の愛剣。
私は彼女にこの世界へ来て以来、何度も助けられた。
思えば、この世界へ来た最初の晩も彼女に助けられたのだ。
この世界へ持ち込めた、私の数少ない本気装備。
彼女は耐久値が減らない、つまり破壊不能武器である。
「皮肉なものね。自分に出来る事をしようと誓ったのが教会であるのに。今から教会の倫理に反する決闘を始めようなんてね。じゃあ、イリーナを返して貰うわよ」
勇者は歯を見せ、不気味な笑みを浮かべながら近寄ってくる。
何の示し合わせもしていない。
それにも関わらず、互いの剣と剣を合わせた。
二つの金属音と伴に、火花が散る。
互いに間合いの外へと出て、距離を取った。
勇者の持つ剣も、かなりの業物であろう事は想像出来た。
銀色の刀身に金色の樋。その樋には、なにやらルーンの様な紋様が刻まれている。
(八英雄キュリアを倒した実力者だ。注意せねば)
私の心配を他所に、決闘は淡々としたもので始まった。
まるで剣道の稽古の様に、剣と剣を重ね合っているのだ。
使っている武器は、ほぼ同系統の片手直剣。
各々片手から両手に持ち変え、徐々に剣速と威力が上がっていく。
勇者は盾を使うのが本来の戦闘スタイルであろうと、私は太刀筋から想像した。
一方、私の戦闘スタイルは日本刀を用いた古武術が元だ。
それは剣術を習っていた兄の影響なのだ。
仮想世界と現実世界には違いがある。
性別による筋力差を魔力にて補えるのもその内の一つ。
魔力による加護が存在するこの世界において、男女での戦闘力に差が生まれづらいのであろう。
そう考えると、剣を交えている勇者が、少女である事も頷ける。
「強ぅ、ござんすね。そこでお昼寝してる嬢ちゃん程では、ねぇですが」
勇者は右肩を押さえ、右手一本で剣をブイブイと振り回す。
「そんじゃぁ、いきやすよ? 面白れえ見せ物、出して下せえよ。じゃあねぇと、おっ死んじまいやすからねッ!」
勇者は振っていた腕を止め、魔力を剣へと走らせた。
「魔法剣エンチャントさうんだぁー!」
「!?」
勇者の剣が電を帯び、そして放電する。
バチバチと電気回路のショートする様な音が辺り一帯へと響いている。
空気中に舞った埃が雷に触れ、焦げた匂いが鼻を突く。
「大さーびす! 嬢ちゃんにも使わねえでおいた雷属性!」
「何が『大さーびす!』っよ。土属性の魔法を付けて、お返ししたい位だわ……」
口では強がってみた私だが、対処法が直ぐに思い浮かばないでいた。
「ああ、それ良ぅござんすね」
勇者は詠唱を始める。
攻撃の最大のチャンスであった。
だが私は鼻を突く焦げた匂いに、怯えていたのかも知れない。
何もせず、黙って出方を見る事しか出来なかった。
「上位雷撃魔術発動」
轟音と共に天空より雷が飛来し、勇者の持つ剣へと宿る。
「あれ? いっけね、属性を間違げえた」
(絶対、わざとでしょ……。本当に読めないわね。やり辛い子。対戦相手としては苦手なタイプだわ……)
魔法文字ルーンを用いた魔法剣に、魔術による追加の雷。
(あれ、マズイわね。絶対に剣を交えただけで、感電するヤツでしょ……)
距離を詰める勇者。
半歩下がる私。
お互い、剣の間合いへと達する。
いつの間にか構えが低く、刀を前方で横に構えてしまっていた。
無意識に私の剣が寝てしまったのだ。
気持ちで負けていた。
勇者が斬り付けてくる。
私は回避する。
わざとらしい大振りな一撃を重心を崩さずに躱し、連撃に備えた。
勇者の追撃は横薙ぎであった。
本来の私であれば、相手の剣を持つ手を狙って打ち込んでいた。
だが剣が寝ていた為に、私は隙を突く事ができなかった。
それ故、追撃に対して身体を捩り必死に躱す。
多少体勢を崩したが、なんとか避けきれた。
もし更なる追撃が来ていたら、完全に喰らっていたであろう。
私は横へ回り込む様に移動して、大きく距離をとる。
勇者は剣をもう一度構えた。
私は既に、どう倒すかよりも、どう躱すかを考える様になっていた。
私はひとまず、扉の付いていない石造りの民家へと逃げ込んだ。
先程から気になっていたのだが、周囲に人の居る気配が無いのだ。
あれ程賑わってた街であるのに。
「やはり敵は一人では無い」私はそう確信した。
しかし、目の前に敵が迫ってきている今、システムを使い調べる余裕など無い。
キュリアを置いて行くのは心苦しいが、助けに行った所を狙われる可能性も高い。
少なくとも私が敵ならば、抱きかかえて両手が塞がったタイミングで襲う。
逆に私が近寄らない方が、キュリアにとって安全な場合すらありえるのだ。
自身の安全を確保してから、あるいは撒いてから、助けに行くべきだ。
私は石の冷たい壁に背中を預けた。
更に冷静な判断ができるよう、深く息をした。
(さて……)
背中が仄かに温かく感じる。
私は慌てて壁から背中を離し飛び退いた。
石の壁がみるみる溶け、スライム状になっていく。
溶けた壁の向こうには、右手に雷を宿す剣を持ち、左手を突き出している勇者のしたり顔が見て取れる。
私はすかさず裏口から逃げる。
このまま、やられっ放しなのも癪なので、私は待ち伏せて追ってきた勇者の右側面を突いた。
少し恐怖に慣れたのかもしれない。
勇者は柄で、私の突きの軌道を変え、更に身を捩り躱す。
余程焦ったのか、勇者は体勢を崩しその場に倒れ込み、尻もちをついた。
私は倒れた勇者に追撃をせず、建物沿いに逃げた。
勇者がどんな顔をしているのか、気になったが、正面から見る余裕などは無かった。
その後、子どもの鬼ごっこが続いた。
勇者は建物の角などで特に警戒しており、私を追う速度が明らかに遅くなっていた。
建物を抜け、通りへと出ると、勇者は上位雷撃魔術を再び発動させる。
効果時間が切れていたのかも知れない。
いつの間にかスパーク音が聞こえなくなっていたからだ。
私は勇者が尻もちをついた時に、剣を手放していたのを思い出す。
多次元収納を持つ相手だ、おそらく剣を巻き上げても次のが直ぐに出てくるであろう。
そして、盾を持たれてしまうと厄介だ。
「さ、遊びはおしめぇでござんす」
勇者がそう告げた時だ。
剣を構える私の前に、突然小さな立体魔術陣が三つ現れる。
この種の立体魔方陣に、私は見覚えがあった。
「良かった。間に合いましたね」
Hパートへ つづく




