<15話> 「暗雲あるいは雷雲」 =Fパート=
私は、とっさに剣を構える。
敵だと本能で感じたからだ。
「イリーナ様……」
キュリアは小さな声でそう言い残すと、意識を失ってしまった。
崩れた建物の塵が収まると、ピンク色の髪が私の目に映る。
子ども向けアニメの主人公を彷彿させる、そんな少女が目の前で抜刀して突っ立っていたのだ。
「ちょっと、ちょっと、ここ埃っぺぇんだけど! シケた町だねぇ。港町だけにシケって訳かい? おぉ、こりゃ上手く語呂が合ったねぇ」
ピンクの少女は、文句を言いながらも上機嫌の様だ。
目を細め、口を開けて笑っている。
私は得体の知れないこの主人公格の少女を警戒し、GMのスキル「検閲」を即座に使った。
============================================================
<<Валентинаバレンティーナ・Walhallaヴァルハラ>>
称号:†ごっどますたぁ♡†
種族:超人
年齢:115歳
職業:勇者
============================================================
(はぁ!? 職業勇者?? 勇者って、そもそも職業なの?)
バレンティーナという名の勇者がこちらを見る。
「あやぁ? 誰でありんす?」
勇者は、新しい玩具を見つけた子どもの様な眼差しを私へ向けていた。
あまり気分の良い視線ではない。
正直、しらふでは関わりたくないタイプだと思った。
だがしかし、私には確かめなければならない事がある。
キュリアが気を失う前に言っていた言葉が気になるのだ。
これは直感だ。
そして直感から、ある考察を導き出す。
「イリーナに何かあったのかもしれない。だから、キュリアが必死になって戦っていた」と。
私は直ぐに覚悟を決め、勇者と対峙した。
「一つ、聞いて良いかしら? イリーナはどこ?」
まさに直球だ。
面識のない私の唐突な質問に対し、勇者はニヤリと大きく口を開けて見せる。
そして、その口を腕で押さえ、私を見据えている。
私も見つめ続ける。
やや気圧されそうになるも、何とか心が踏ん張ってくれた。
正直、怖かったのだ。
イリーナがどうなってしまったのか、その回答を聞く事が。
更にこの勇者自体も怖かった。
得体が知れなさ過ぎる。それは未知への恐怖だ。
勇者は口に当てていた腕を振り払い、解放された口で言う。
「イリーナは、リーナは喰っちゃいやしたよ。今ぁ、あたいの多次元収納の中なのでさぁ」
私は自分で質問したにも関わらず、勇者の回答内容を理解するのに、数秒の時間を要した。
抜刀状態での数秒の熟考は、命の危険を伴うものだ。
「えっと、つまり……貴女はイリーナを連れ去ったのね。ここに倒れているキュリアを力で捻じ伏せて」
「キュリアっていうんですかい? 嬢ちゃん。名前までは、知りゃあせんぜした。でもそこそこ、強ぅござんした。刃物の腕前は、あたい以上でござんす」
(何という……。嫌な考察が結論と合致するなんて。でもまさかこの娘、プレイヤーじゃないわよね? この言葉、自動翻訳されていない気がするのだけれど。中の人、日本人なんじゃないの?)
だが、プレイヤーである証拠は今のところない。
私はサーチでプレイヤーはヒットしていなかったことを思い起こす。
彼女は一体、この世界において、どういう存在なのであろう。
皆目見当も付かなかった。
だが、特別な存在である事は間違いないであろう。
「お姉さん、お姉さん、強そうだけれど、あたいと殺ってみない?」
勇者の口調が急に変わり、笑顔が不気味な物へと変わっていった。
「何故イリーナを?」
私は敢えて、その質問には答えず、質問で返した。
「リーナ、正確には邪神を取り戻すのは、魔王くんの意向だ。あとあと、あたいもリーナと遊びたい! だからかなぁ~? 本来の意識も戻ったみたいだしぃね」
勇者の不気味な笑顔が止むと、ネットリとした視線をこちらへ向けてきた。
そしてわざわざ、か細い声で言ってきた。
「お姉さん、優しいね。自分の命よりも、リーナが気になるの?」
「ええ。私の家族、私の妹だもの」
私は迷わず即答した。
勇者は剣を手にぶら下げながら、頭の後ろで両手を組んで言う。
「いいね、いいね、そういうの。あたいも好きよ」
そして今度は、剣と右手を頭の後ろに残し、左手の人差し指と親指をL字に構え顎に当て、続ける。
「ん~。そうね、あたいに勝てたら、リーナを開放したげる」
勇者の発言に私は困惑した。
それが表情に出ていたのかも知れない。
「大丈夫、大丈夫。倒したら永遠に多次元なんてぇ事は、ねえからさっ。そもそも、あたいを倒せたら、あの娘なら、自力で出て来られるっしょ。ね、何の心配もねえでやんしょ?」
(なるほど、さっきからリーナと言っていたけれど、イリーナと旧知の仲の様ね。イリーナを連れ去る事が出来た理由が、何となく分かったわ)
「ねぇ、だから全力で殺ろよ。うん、うん、全力でおいで」
説得するというのも選択肢にはあるが、効果は期待出来ないであろう。
(どうする?)
私は、まだ迷っていた。
誘いに乗り、ここでイリーナを取り戻す為に、全力でいくべきかを。
(相手の強さが全く分からない)
(魔王より強いかもしれない)
(魔神クラスは間違いない)
(伏兵の心配もある)
(だが絶対に逃がすわけにはいかない)
(イリーナを絶対に連れ戻す!)
(そう、イリーナを救う為ならば、何でもしよう)
(だから殺ろう)
(うん、殺ろう)
私は手に持っている黄昏の剣を目の前まで持ち上げる。
そして側面の樋の部分にキスをする。
「いいわ。決闘、しましょう」
私は剣を鍔を中心として無意味に一回転させ、剣を軽く構えた。
Gパートへ つづく




