<15話> 「暗雲あるいは雷雲」 =Dパート=
「申し訳ございません。イリーナ様、リル様」
エミアスは頭を下げた。
「エミアス、何があったのですか?」
イリーナは哀しそうな声で問う。
「はい。端的に言ってしまえば宗教対立です。聖導教はここ数十年で勢力を伸ばしてきた新興勢力なので、聖母教が目障りなのです」
(宗教対立……。元の世界でも戦争や内乱の要因だったわね。それも同じ神を崇めている者達の間で)
イリーナは俯く。
「私が……。私が居れば……」
「仰らないで下さい。私がお救い出来ていれば……」
エミアスは声を詰まらせる。
「ごめんなさいね、エミアス。そういう事ではないのですよ。貴女に落ち度はないわ。罪深いのは私なのだから」
イリーナは胸元で手を合わせ、呟く。
「魔女……。そうね、そうなのかも知れませんね」
「イリーナ様……」
今にも泣き出しそうな表情でエミアスは呟いた。
そんな顔を見ていられず、私は話題を変える。
「そういえば、総本山の事は何か分かって? あのアギデウスとかいう、うんち君が言うには、既に魔人に滅ぼされているらしいけれど」
エミアスは自身の隣で沈黙を貫いていた司祭に、頷いて合図を送った。
「ご挨拶が遅くなりました。私、この教会の高位司祭、ハルモニアと申します。ここからは、私が答えさせていただきます」
司祭のハルモニアは八十歳を過ぎていよう老婆ではあったが、声が若く、顔を見なければ三十から四十代と思える程だ。
隣にいるエミアスと声の年齢こそ変わらないものの、ハルモニアは八十歳を過ぎた老婆であり、エミアスは二十代にすら見える容姿である。
しかし実際には、ハルモニアはエミアスの四分の一も生きていないのだ。
司祭ハルモニアは若い声で語る。
「10日前と5日前に魔人からの襲撃を受けたところまでは分かっております。ですがそれ以降、連絡が無いのです。そこで2日前に総本山へ向けて使者を出したのですが、連絡役や警護の雇った傭兵を含め、帰ってこないのです」
イリーナは真剣な表情で、教会にある聖母像を眺めながら言う。
「二度の襲撃……ですか。三度目もあるかも知れませんね」
ハルモニアは頷き、話を続ける。
「イリーナ様、5日前の襲撃から逃げ延びた修道女たちは、今この教会の施設で保護しています。その数は200名を越えています。それと他の街へも、散り散りに100名以上は逃げた様です」
(アーケロンで逃げた者や、司祭を合わせると500名以上か。結構な規模だなぁ)
イリーナは教会の聖母像へと歩み寄り、膝を落とし、深い祈りを捧げた。
教会内を暫く沈黙が包む。
聖母像は祈りを奉げるイリーナを見つめているかの様だ。
静まり返った教会。
イリーナの祈りに、神秘的なものを私は感じていた。
イリーナの祈りが終わると、それまでとは教会内の空気が変わっていた。
アギデウスの呪いが浄化されたような、そんな印象さえ湧く。
真剣な表情のイリーナ。
その後、この教会に隣接する施設へと赴くという。
逃げ延びた修道女達に声を掛けに行く為だ。
イリーナは私に、申し訳なさそうな顔を見せた。
だが一瞬、私だけが分かるように微笑んだ。
そしてイリーナとエミアスは、脇の扉より出て行った。
聖女には聖女の務めがある。
私はイリーナという存在が少し遠くに感じた。
思い起こせば、軍港トゥーリン・ガルの教会でイリーナが奇跡を起こした時も、私は無力だった。
(いけない、いけない。自分を卑下するのは止めるわ。私に出来る事、私にしか出来ない事、それをやらなければ)
私はイリーナが祈っていた聖母像を眺め、ここ数ヶ月のイリーナとの思い出を振り返った。
その後、私は気を引き締めた。
そして残っている司祭ハルモニアに、エミアスへの言伝を頼んだ。
「キュリアを探す為に出かけてくる」と。
私は、教会を後にした。
自分のできる事をする為に。
Eパートへ つづく




