<15話> 「暗雲あるいは雷雲」 =Aパート=
私は望まない運命や宿命などを何もせずそのまま受け入れたりはしない。
もちろん上手くいかない時だって、いっぱいある。
でも諦めず、自分の意志で未来を創る。それが私なのだ。
聖母教総本山近くの港街スミュールへと、私たちは辿り着いていた。
伝承によると500年以上前、この街は栄華を極めていたそうだ。
もっとも、長生きなエルフに聞けば、伝承ではなくなりそうではある。
私たちの乗ってきた母艦アーケロンは、聖母教の艦である為、簡単に入港許可が下りた。
しかし軍人であるヴァーラス王国の海兵隊員たちは別だ。
直ぐには上陸許可が下りないので、シーゲイルたちは港で足止めを余儀なくされている。
ここは軍港ではなく、民間の港町だ。
おそらく、たらい回しにされて確認には時間が掛かる。
だがそれは、予め想定されていた為、問題ではなかった。
元々、王国の軍艦であるジーベック二隻は、沖合で待機をさせていた。
食料や水などはそちらに、多くを渡している。
だがそれも、問題ではなかった。
聖母教の司祭や修道女であれば上陸ができるからだ。
私たちは名前のリストを提出するだけで済む。
ちなみに私とイリーナは、大司教の従者という事にして、偽名で押し通した。
厨房を取り仕切っていた年配の司祭セレーナは、修道女を引き連れて買い出しに向かったのだ。
軍人が上陸できない為に、母艦アーケロンへの資材搬入をも、彼女は一手に引き受けている。
アーケイオスとの戦闘直後、真っ先に甲板へ駆け付けたのは、他でもないこのセレーナなのだ。
白髪交じりの長い三つ編みが印象的だ。
また、他人に厳しそうに見えて、実は優しい。
そして何よりも自分自身に対して厳しい、そんな人柄なのだ。
そんなセレーナに対して、私は敬意を払う。
(セレーナ、あなたの生き方は、凄いわ。私には到底真似できないもの)
聖母教の司祭は、七割が女性だと、エミアスから聞いていた。
修道女は乙女でなければならず、故に結婚する事はできない。
しかし、司祭は結婚し子どもを産む事もできるのだ。
聖母を讃えている宗教だけあり、母親という存在を大事にしている。
どんなに屈強な男であろうと、どんなに立派な英雄であろうと、不仲で卑下にしようとも、その者にとって母親が特別な存在である事は変わらないのだ。
そして母親の強さ、それこそが聖母教信仰の元にあるのは間違いない。
元の世界では、どうであったのだろうか?
「宗教とは?」それを改めて考えさせられた。
「お姉様、早く早くー」
イリーナが私を急かす。
(はいはい)
私たちは、ここ数週間でイリーナの多次元収納内の食料と日用品をだいぶ消費していた。
貿易都市エアルのアレクサンダー商会で補充した分は、小麦などの原材料しか残っていなかったのだ。
私は今、イリーナと二人で買い出しをしている。エミアスがその間に情報収集をする。
そういう役割り分担をした。
私たちの直近でやるべき事は三つあった。
まずは、食料と日用品を補充する。
そして、この街に居る可能性が高い八英雄キュリアと会う。
最後に、聖母教が現状どうなっているのか情報を仕入れ、聖母教総本山へと赴く。
魔王軍の脅威が迫っており、急ぐ旅ではある。
だが何も考えず、いきなり総本山へ行くのは極めてリスクが高いのだ。
万が一、魔神との戦闘になろうものならば、広範囲にわたり難民や被害者を出し、私たちが敗走するという最悪の展開もありうるからだ。
従って、情報収集をしつつ、八英雄キュリアと合流するのが、現在出来る最良の一手であろう。
敗走も視野に入れ、私たちは食料の調達を優先させたのだ。
補給物資のない戦い程、酷いものはないからだ。
(RPGでも敵陣へ斬り込む前に、街でアイテム補充と情報収集は基本だしね)
私とイリーナは、露天商でのお買い物を終えたところだった。
両手に袋詰めされた荷物を吊るし、口にはパンを咥えていた。
私の口へパンを差し出したのは、もちろんイリーナだ。
焼きたてのパンを購入した際、「お姉様、あ~ん」などと言うものだから、つい口を開けてしまったのだ。
そしたら、このありさまだ。
私は自分の姉が、赤ちゃんであった頃の、あるエピソードを思い出しながら、イリーナを追いかける。
姉が赤ちゃんだった時の事だ。食欲旺盛な赤ちゃんだった姉。
口にパンを銜え、さらに両手におにぎりを持っていたそうだ。
だが長いパンは、そのままでは流石に食べきれず、口から落としてしまったのだ。
両手がおにぎりで塞がった状態で、姉はどうしたかというと、なんと口でパンを拾おうとしたのだ。
我が家では結構有名な、家庭内の微笑ましいエピソードなのだ。
(私じゃなくて良かった。三十過ぎても未だに言われている姉には同情するよ……)
そんな思い出に浸っていたら、更に距離を離されてしまった。
(待って、待って、待ってよ、イリーナ……)
私は、口も使えず。両手も使えず、イリーナに振り回されている。
人の多いこんな場所で、アイテム収納を使うわけにもいかず、手で荷物を持っているのだ。
イリーナはだいぶ先へと行ってしまった。
私は人混みで、うまく進めないでいる。
少し待ち、人の流れが途切れたところで、急いで路地を曲がった。
すると、ちょうど角を曲がりきった所で、人とぶつかってしまったのだった。
「いたたた」
私が両手に持っていた荷物は、突然ぶつかったのにも関わらず、相手方が私と共に支えてくれていた。
私は咄嗟に、口に銜えていたパンを後ろに隠し、こっそり収納に仕舞った。
「失礼致しました。大丈夫ですか? お嬢様」
「おっ、お嬢様!? 私? が!?」




