<14話> 「帝龜アーケロン」 =Iパート=
甲板へ戻ると、艦は深い霧に覆われていた。
視界は10メートルも無いだろう。
(誰か、スモーク・グレネードでも使った? ってこの世界なら水属性の濃霧魔法か)
私は数日前に聞いた、霧が濃い時には幽霊船や海賊船が出るという話を思い出していた。
私は目を凝らす。
すると甲板上に、幽霊や海賊ではない不思議な生き物が居たのだ。
(半漁人? いや、半分どころか二割位しか人じゃ無いじゃん。えっと、魚人?)
「って、敵? 魔物?」
すると、コージー大尉の声が響く。
「敵襲! 獣人! 獣人多数!」
そして艦上に戦闘を告げる笛の音がこだました。
私はGMスキル「検閲」で、魚人を確認分析した。
(なるほど、獣人なのか)
恐竜の様な大きな鉤爪の魚人、棍棒を持った魚人、金属製の銛を持った魚人、それらが複数居た。
そして奥には杖を持った魚人まで居たのだ。
(獣人の魔術師なのかな?)
霧で視界が悪く、甲板と艦の周囲の様子が全く分からなかった。
再びコージー大尉の声が響く。
「武器のない者、艦内へ」
私はアイテム収納から黄昏の剣を取り出し、装備した。
そして、音を立てない様に注意しながら、甲板の出入り口の一つへと入った。
内側での待ち伏せをする為だ。
出入り口付近での攻防戦は、FPSという一人称視点シミュレーションゲームにおいても熱い。
そう、私はゲーム内でだが、出入り口付近での攻防戦に慣れていたのた。
ゲーム内での何千、何万回にも及ぶ攻防。
その末に得た経験は、熟練の戦士のそれをも遙かに凌ぐ武器と言えるだろう。
今の装備は銃ではなく、剣ではあるが問題はない。
大型ナイフでの攻防戦も経験済みだからだ。
(フレンドリーファイアーに気を付けねば……)
フレンドリーファイアーとは、文字通り味方にファイアー、つまりは、ぶっ放して攻撃を加える事だ。
私は、階段の真下に隠れ、敵がやって来るのを待つ。
木製の階段は、ただの木の足場が段になっているだけの簡単な物だ。
その為、足元から向こう側が見えるのだ。
私は中腰となり、腕を折り曲げ、右手で剣を構えた。突きと横薙ぎ両方に対応できる構えだ。
耳を澄ませると、様々な音の中、足音が聞こえてきた。
そしてその音は徐々に近づいて来る。
私は腕に力を入れる。だが武器を握る手は軽くだ。
静から動へと移れる様、そうした。
すると、階段を降りてくる者の足が見えてきた。
それは人間のものだった。
私は一瞬だけ緊張が緩む。
しかし直ぐにまた、眼前に集中した。
なんと、今度は明らかに人の物とは思えない足音が聞こえてきたのだ。
ペタリと階段に吸い付く様な音だった。
(さっきの人、つけられていたんじゃないかな? 危ないなぁ。味方殺しだよ……それは)
FPSでも無能な味方は、敵より質が悪かった。
その代わり、背中を預けられる様な人と組めると、自分の力が何倍にもなる。
それがMMOも含め、チーム戦、オンラインゲームの良い所であり、さらには仲間との絆が深まる素晴らしい世界でもあるのだ。
漁人らしき足音が近づく。
だが私は土壇場で、ある事に気が付いた。
魚人の何処が弱点や急所なのか、分からないのだ。
しかし考察する時間は、もはや無かった。
魚人の姿を思い浮かべると私は何故か、さっき解体したマグロを思い出す。
そして閃いた。
「喰らえ、牙突零式!」
一文字突きの上位版、幻狼剣という技なのだが、何故かプレイヤーたちは皆そう呼んでいた。
ゲーム内では突きの瞬間、狼の様なエフェクトが発動するのだ。
だがこの世界では、さすがにエフェクトは出ない様だ。
私の突きは見事に魚人のエラの隙間から入り、脳天へと達していた。
オーバーキルとなった魚人は、その場でエフェクトを残し、瞬時に消えた。
(ふう。やれやれ)
と、その時、私は異様な違和感を抱く。
マグロはエフェクトを出して消えなかった。だが、魚人は消えたのだ。
魔獣、魔人の類いだからかなのか? では、人とは何なのだ?
死ぬとエフェクトを出して消える存在。
私はこの世界自体の在り様に、疑問が湧く。
私は、いや私たちは、この世界において普通に食事をしていた。
それらが食べられるのは、エフェクトを発して消えないからだ。
今までの数ヵ月の冒険を思い起こす。
そして私はこの世界が、異世界なのか仮想世界なのか、また分からなくなってしまった。
「戦闘中の長考は身を亡ぼす」
(機会があったら、イリーナ……いや邪神に尋ねてみる事としよう。今はこの状況を打開せねば)
私は再び、階段の下へと籠もる。
直ぐに魚人の足音が聞こえた。
さすがに一匹聞けば、後は簡単に識別できる。
魚人は駆け足で降りてきた。
私は再び、突きをお見舞いしようと考えていた。
しかし今度は、魚人に見つかってしまうのだった。
(考えてみれば、魚人って目が側面に付いているから、視界がメッチャ広いじゃん! アホだ私ってば)
その広い視界の魚人と、目が合ったのだ。
お互い「あっ」っとなり、魚人は驚きのあまりか、一瞬動きを止めた。
(らっきー♪)
私は魚人の目へと、無慈悲に突き技を放った。
今度のは、ただの突きだ。
それでも魚人はその場に倒れ込む。
(お、トラップ張りチャンス!)
私はトドメを刺さず、階段の下に隠れた。
するとまた、魚人の足音がしたのだ。それも複数だった。
魚人たちが階段を降りてやって来る。
まず一匹目が通り過ぎる。
一匹目は、仲間がやられている事に気が付き、重症な仲間の元へ駆け寄った。
次に二匹目も降りてきた。
事態に気が付いた二匹目が周囲を警戒する為に、振り返ろうとした。
(今だ!)
私は幻狼剣を再び放った。
力の籠もったその突きは、予想外に威力があり、二匹とも貫通して倒してしまった。
しかも今度は、幻狼のエフェクトまで出たのだ。
(うわー。中二病と勘違いされそうだなぁ。使用は控えよう。うん。目立つし)
魚人たちは一瞬にしてエフェクトを残し消えた。
私は倒れている瀕死の魚人にも、トドメを刺す。
その魚人は数十秒経った後、エフェクトを残し消えた。
私がFPSでよく使う作戦だった。
瀕死の敵をわざと殺さずに餌とし、助けに来た敵に対して不意打ちを喰らわすのだ。
「戦場では、仲間想いの良い奴から逝くのだ……。うんうん。うぅん?」
(なんだろ? 外が騒がしいな)
甲板の方から物音が聞こえてくる。私は耳を向けた。
だが、音が多すぎて正直、音だけでは様子が良く分からなかった。
(仕方が無い。気が進まないのだけれど、目視しますか……)
私は待ち伏せを警戒し、慎重に甲板へと出た。
すると甲板には魚人が居なくなっていた。
だが代わりに、もっとヤバそうなのが居たのだ。
Jパートへ つづく




