<14話> 「帝龜アーケロン」 =Gパート=
VR釣りというジャンルが、2050年においても存在している。
それだけでゲームを一本作れる位に奥が深く、需要もあるのだ。
たしか有料会員は、釣った魚の種類毎にポイントが貯まって、そのポイントを使って本物の魚が貰えるという、漁協も巻き込んだ前代未聞のシステムだった。
それが話題となり主婦にも大ヒットしたのだと記憶している。
「ママ、夕飯のお魚釣ってくるから!」が流行語大賞にノミネートされた程だ。
ではなぜ、私が釣りをやるようになったのか?
それは私がフルダイブ型MMOをやる前の、つまりGMをやる前の事だ。
VRMMO時代に釣りブームが訪れ、仲間と共に釣りを楽しんだ時期があった。
VRMMOでは当然、魚以外にモンスターが釣れるのだ。
釣ったモンスターを倒し、ドロップアイテムガチャを回すのも一つの楽しみであった。
「わー。また釣れましたね。お姉様!」
「ええ、そうね。入れ食いってヤツだわ」
私は、ほぼ無意識で、内職作業の如く黙々と釣っていった。
元の世界、日本でのスズキよりは二回り小ぶりだ。
小さいスズキは、別の名前だった気がするが名前など、どうでも良かった。
(もうシーバスでいいや)
釣った魚はイリーナが網ですくい、海水の入った樽に移してくれた。
「わー。お姉様。お魚さん、樽の中で泳いでいますよ!」
小ぶりとはいえ、さすがにシーバスを入れるには樽は小さかった。
釣り上げた魚の入った樽が、二つ、三つと、あっという間に増えていった。
「釣って直ぐに締めた方が美味しいのだけれど、どうしようかね? とりあえず、イリーナの収納に仕舞っておいて」
「了解しましたッ! 」
イリーナは戯けて、王国式の敬礼をして見せた。
「っと、その前にだ」
私はシーバスを一匹、網で樽から出した。
そして収納から小太刀を取り出し、甲板上で捌いた。
血抜きをしていないシーバスは、強烈な臭いを発していた。
白身の部分を残し、他は全て海へと投げ捨てた。
すると投げ入れた残骸に、魚が大量に集まってきた。
「計画通り」
私はシンキングミノー、つまり疑似餌から、本物の餌に切り替える。
シーバスの白身を餌にするのだ。
ただの釣り針に、白身を括り付けた。
手が凄い臭いになったので、思わず水で濯いだ。
そしてそれをキャスティングした。
すると直ぐに、竿に重みを感じた。
二匹掛かったかも知れない。
そう思わせる重さだった。
じっくりとリールを使い、糸を巻いていく。
すると直後、有り得ない重さが竿へと掛かる。
思わず、竿が持って行かれそうになったが、私の持っている竿は、ゲームの世界のチート級釣り竿。
モンスターですら釣り上げられる代物だ。
不思議な力が竿に加わり、手に吸い付く。
竿を無くす危機は免れたが、今度はあまりの重さに身体ごと、持って行かれそうになる。
甲板の上が滑るのだ。
イリーナも慌てて私の身体を引っ張ってくれた。
イリーナは私の腰に両腕を回し、私と一緒に踏ん張る。
徐々にだが糸を巻き上げていく。
何度も左右に竿を振る事になり、その度に身体が引っ張られ、懸命に踏ん張るのだ。
身体は甲板の端の方へと徐々に追いやられていく。
「こんにゃろーッ!」
最後は力技に頼ってしまった。
すると、海面から巨大な魚が顔を出す。
艦の側面を利用し、引っ張り上げていく。
しかし、重くて途中から上がらなくなる。
浮力が無くなったからであろう。
甲板までは程遠い。ここは漁船の甲板ではないのだ。
「しょうがない。反則の転移魔法だ」
ついに私は魚釣りで、転移魔法を使ってしまった。
実に大人げない。自分でもそう思う。
だが、このまま引き上げないのは勿体ないではないか。
そう自分に言い聞かせた。
巨大な魚を甲板上に転移させた。
「おおお、これは……クロマグロじゃん!!」
「あ、ツーナですよね。私も捌かれる前のものは久しぶりに見ましたよ」
甲板上には400kgを超えるであろう、巨大なツーナ、つまりはクロマグロが
姿を現したのだ。
私は気分が高揚した。
無理もない。
自分の七倍以上もあるマグロを釣り上げたのだから。
その場で黄昏の剣を取り出し、頭部にブスリと一撃死させる。
そして血抜き用にエラの手前を三日月状に切り、腹を縦に切り開き内臓を出し海へと投げ捨てる。
更に、尾を切り落として投げ捨てた。
何故、マグロの処理が出来るのか?
それはゲームの経験ではなく、生い立ちによるところが大きいのだった。
処理を施し終わった頃には、甲板上に人が集まってきていた。
「おー、嬢ちゃんスゲーな! 俺らよりデカイだけあるなぁ」
(うるさい。ほっとけー)
「皆で夕飯に食べましょう!」
「おー。いいね! 今晩は艦も動けねえーし。宴会だ!」
すると、船尾楼のコージー大尉が大声で怒鳴る。
「おめーら! 持ち場さ、離れるな! 会議中で人少っねえだぞ! バカか!?」
熊の様に大きなコージー大尉。
その叱責により、皆が直ぐに持ち場へと戻っていった。
私はイリーナの多次元収納に、とりあえずマグロを仕舞わせて貰った。
(収納内、生臭そうだな……)
Hパートへ つづく




