<13話> 「Laudamus te, benedicimus te, adoramus te, glorificamus te.」 =Gパート=
Laudamus te, benedicimus te, adoramus te, glorificamus te.
褒め称え、感謝し、崇拝いたします、栄光あれ
エミアスは一度馬車の奥へと入り、正装に着替えた。
その後、戻ってきたエミアスを運転席へ残し、私とイリーナは後部座席へと戻る。
程なくして馬車は、軍港トゥーリン・ガルが見渡せる崖の上に建つ要塞基地へと着いたのだった。
さすがに軍の施設だけあって、検問所がある。
ただし王の親書を携えていたのと、エミアスが聖母教の司教であった為、簡単に内部へと入る事ができた。
エミアスが居なければ、親書の確認に時間を浪費していた事だろう。
(宗教特権、半端ねぇーっすね)
騎兵に先導され、馬車も石畳を進んでいく。
建物の入り口で馬車を預け、要塞基地の応接室で、私たちは担当官が来るのを待った。
待っている間の応接室で、甘くないパサパサのビスケットに蜂蜜を塗って、朝食の代わりに食べた。
そして私は、イリーナが多次元収納にこっそり隠し持っていた紅茶を飲んだ。
「あぁ、素敵な朝だわ」
私は立ち上がり、ソファーの背もたれに寄り掛かった。
「失礼致します」
扉の向こうから聞こえてきた。女性の声だった。
「はい、どうぞ」
鼻掛けの眼鏡を付けた、軍服姿の女性が部屋に入ってきた。
「ヴィシャヌと申します。王国南部マサドリア方面の武官を務めております」
ヴィシャヌは右手の拳を軽く握り、自身の胸元に持って行く。
王国式の敬礼であろう。本来は剣を持って行うはずである。
(武官って名乗ったって事は、官僚寄りの軍人て事か。つまりヴァノスを含めたこの地方での軍事面での権限を持つ役人のトップか。若いのに、女性なのに、凄いな。となると、家柄は公爵か王族かも知れない)
「私は聖母教大司教の内の一人、エミアス・バラクマギナスと申します」
エミアスは直立不動のまま名乗った。
「ご活躍、聞き及んでおります。たしか、八英雄になり損ねたエルフ……でしたか?」
「これはお恥ずかしい。左様にございます。武功の無い、小娘の武官殿」
「老公様、武功が無いのは平和な世が続いた故に御座います」
「ろっ老……」
「上に立つ者が無能であると、下の者たちが不憫でなりません」
「……」
(女同士、怖いよ……。怖いよ……)
「んんんッ」
イリーナはわざとらしく咳払いをしてみせた。
「失礼致しました。聖女イリーナ様」
ヴィシャヌは座ったままのイリーナに対し、騎士の様に片膝を降り、深々とお辞儀をした。
(どういう事だ? 聖母教が嫌いな訳ではないのか。てか、私はどうすれば……。そうだ、黙っておこう)
戸惑っていた私と違い、エミアスは遠慮せずに言う。
「それで武官殿、有事にて多忙のことと存じているが、国王ヴァーラス・フリード陛下よりの、新書を賜っている」
「はっ。拝見させていただきます」
「と、その前にだ。一つ、その方に尋ねたい事がある」
「はっ。どのような?」
「この軍港に聖母教の母艦が停泊しているようだが、何故なのか存知しておるか?」
「なるほど、エミアス様は存知していらっしゃらないのですね」
「ああ、三週間近く前から総本山との連絡が途絶えたからな。どうしたのだ? やはり何か問題があって停泊しているのか?」
「あの艦船には、祟りが……」
「えっ!?」
(しまった。声が出てしまった。黙っているつもりだったのに)
イリーナが考え深げな顔をしていた。
「聖なる母船に祟り、ですか……」
私はイリーナの目に力を感じる。
「それで、乗っていた者達は?」
エミアスがいったん話を戻す。
「はい。聖母教の司祭様が数十名と修道女が百名あまり。総本山より逃げ延びた者たちです」
「ああ、なんという事だ……」
「数日前に我々の戦艦が近くの海を漂っている所を発見し、一昨日この港へ着艦させた次第です」
「それで、司祭や修道女は? 生きておるのか?」
「あれを生きていると呼べるのかは分かりませぬが……。祟られているのです」
「祟りと申しますか」
「百名以上の者達が全て朦朧状態あるいは意識不明でして、呪いの様な物を受けています。中には精神的な異常を……」
「案内、して下さい」
イリーナは立ち上がり、力強く言った。
エミアスはイリーナの言葉に、強く頷く。
Hパートへ つづく




