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第2話『遊ぶとき用』

 ガラッ。教室の扉が開く。

「あのー、すいません。ここのクラスに藤村くんっていますか?」

 教室に入ってきたのは一人の女子生徒だった。裕也は、机に伏せたままの顔を上げようとしない。

「おい藤村、呼んでんぞ」

 傍の男に肩を叩かれ、裕也は仕方なく体を起こした。

「あっ、ふ、藤村くん?」

「そうだけど。あんた誰」

 裕也は無愛想に返事を返す。

「あっ、ごめん。私野球部のマネージャーやってるの」

 野球部一年生マネージャー、川内香織。

「ふーん」

 裕也は興味無さげに頷く。その態度に香織は少し申し訳無さそうな顔をして、慌てて口を開いた。

「あのさ、藤村くんって中学の時小林先輩とシニア(中学生を対象とした野球リーグ)で一緒だったよね!?」

「ああ……、うん」

「小林さんが怒ってたよ。何で野球部に入らないんだって。それで、今日の放課後野球部に顔出せって伝える様に言われたの」

 裕也は明らかに嫌そうな顔をして、少し無言で間を挟む。

「無理にとは言わないけど、是非一度見に来てみてね! 練習は授業終わったらすぐ始まってるからさ」

 その言葉の尻に重ねる様に、予鈴が鳴り響いた。香織は手を振って慌てて教室を出る。

「あー。行けたら行くわ」

 裕也は再び顔を机に伏せ、右手をヒラヒラと振り返した。



 ***



 放課後、帰り支度を済ませた裕也は校門を出る前に一応グラウンドに立ち寄ってみた。既にグラウンドには打球音や部員の掛け声が響き渡っている。

「あ、藤村くん! 来てくれたの!?」

 野球部のグラウンドに近づくと、香織はすぐに裕也の存在に気がついた。

「ああ、まあ一応ね。小林さんは?」

 裕也は辺りを見回す。

「それが、今日ちょっと遅れるらしいんだ。クラスの用事があるらしくて」

「ええっ、なんだよ。じゃあもう帰って良いの?」

「えっ、ううん……」

 香織は困った様に口を紡いだ。

「――おっ、そいつが例の一年か?」

 その時、突然二人の後ろから声がした。

「?」

 裕也が振り返ると、そこにはバットを持った野球部員が立っていた。

「小林から聞いてるぞ。良いピッチャーが一年にいるって」

 野球部二年、林本はそう言って陽気に笑う。

(誰だよこいつ)

 裕也は少し不機嫌そうに目を逸らした。それを見て、林本は地面のボールを拾い上げる。

「ちょっと打ってみたいなあ、お前の球。投げてみてくれよ」

「!」

「ちょっと林本さん、そんな勝手に……」

「まあまあ。別に良いじゃん、少しぐらい」

 林本は笑顔で香織をなだめる。

「な、お前も良いだろ?」

 言いながら、林本は左手にはめていたグローブを外し、それを裕也に手渡した。

「………………」

 ――林本を囲う四角い白線、バッターボックス。その横にはホームベースがあり、そこから18.44m先、盛り上がったマウンドの上に裕也は立っていた。

 林本はバットを構え、笑みを浮かべている。

 裕也の左手には林本のグローブがはめてあり、裕也は二、三回、ボールを出し入れした。

「さ、こい」

(…………)

 ――大きく振り上がる両腕。そこから三拍置き、振り上げた両腕を下げるのと同時に足が上がる。

(藤村くんの球……)

 香織は真剣な目つきで一連の動作を眺めていた。

 左手にはめたグローブがバッターの方を向き、そして、裕也は右腕を振り切った。


 ――キイン!


 白球が、外野に設置された簡易フェンスを軽々と飛び越えた。心地良い打球音は暫く響き、一瞬静まり返った空気が流れる。

(…………)

 裕也は、その打球の行方を眺めていた。

「おいおい、何だよその球〜」

 林本はバットの先を裕也に向ける。

(100km/h、110km/h……。いや、そんなに出てないな。90km/h超くらい?)

 香織は意外だという様な顔で裕也を見ていた。

(90km/hか……。肩慣らししてないのと、帰宅部で暫く投げてないだろうから本当はもうちょっと速いんだろうけど、やっぱり110km/hちょっと。高校一年生としては普通?)

「手抜いたのか?」

 林本が裕也に尋ねる。

「いえ。全力出させて頂きましたけど」

 裕也は飄々と答えた。

「…………、そうか。悪かったな、わざわざ投げさせて」

 そう言うと、林本はバットをその場に投げ捨てバックネット裏へと歩いていった。

「………………」



 ***



「藤村くん、野球部に入るつもりはないの?」

「無いけど」

 即答。香織の顔が一瞬凍る。

 林本との一球勝負を終えた後、裕也と香織はグラウンドの隅の方で喋っていた。

「あっ、あはは。そっか、ごめん」

 香織は凍った空気を笑い飛ばし、右手で頭をさすった。

「うーん、残念だなあ」

「?」

「小林さんがね、言ってたの。『藤村は良いピッチャーだー』って」

「…………。何言ってんだよ。見ただろ、さっきの」

「ううん、小林さんが言うんだもの。きっと、藤村くんは凄い素質を秘めてるのよ!」

 裕也は軽く笑った。

「…………。ウチは人数も少ないし野球ではまだまだ無名校だけど、皆本当に頑張ってる」

 香織は、グラウンドで練習している部員達に目を向ける。

「そして今年は小林さんの代が三年生だし、もしかしたら――って思うんだ」

 香織は少し照れくさそうに笑う。

「もしかしたら、って……」

 裕也は、聞いてみた。


「――うん。……本気で目指してるよ、甲子園」


 心地の良い、風が吹く。

「――そっか。頑張れ、応援してる」

 そう言って裕也は振り返り、香織とは反対方向へ歩き出した。

「………………」

 その後姿を、香織は不思議そうな顔で暫く眺めていた。



「よお香織。悪いな、遅れた」

 小林が、後ろから香織の頭に手を置く。

「あっ、小林さん! もう、藤村くん来てたんですよ!」

「えっ、マジ!? もう帰った!?」

 小林はキョロキョロと辺りを見回す。

「はい。さっき帰っちゃいましたよ」

「うわ〜っ、引き止めといてくれよ〜」

「そんな事言われても。それに……」

 香織は、何か言いたげな顔で小林の顔を見る。

「ん、どうした?」

「あ、あの……正直、そこまで良いピッチャーでは無いと思うんですけど」

「?」

「スピードもそこまで無かったですし、林本さんにホームラン打たれてましたし」

 香織は何か申し訳なさそうに話す。それを聞いた小林は意外そうな顔をした。

「え、本当か? おかしいな、藤村って言えばシニアでも大分良いセンいってたサウスポーなんだが」

「え!? 左投げ(サウスポー)!?」



『おい若菜!』

 幼き頃の裕也。

『どうしたの?』

『俺、左手でも右手でも投げられるようになるぞ!』

 右投げ用と左投げ用のグローブを、それぞれ手にはめ若菜に見せびらかす。

『何それ』

『左手でも右手でも投げられるピッチャーになる!』

『? どうせ、結局試合では左手で投げるんでしょ?』

『そ、それはそうだけど……。一応、遊びで野球やる時とか用に』

『じゃあ意味ないじゃん』

『お前わかってないな〜。たとえ遊びでも、両刀投げってなんかカッコイイだろうが』

『そうなの?』

『そうだよ。誰もが憧れる最強のピッチャーだぞ』

『ほんと? ならリョウトウ投げになって!』

 若菜は目を輝かせる。

『おっしゃ、じゃあ練習しよーぜ』

『うん!』

 そして、二人は近くの公園へと駆け出していった。

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