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推理少女オチャコの恋と事件の物語

恋も事件もオチャコの推理で!

作者: 水色十色

 今日から二学期。使命(ミション)は、親友の恋を実らせてあげること。

 だ・か・ら、張り切って教室に一番乗りしちゃったよ!


 友だち思いで早起きもして感心な(アドミラブル)、あたしの名前は浅井茶子。

 ここ私立北琵琶学園の中等部二年生。仲のいい友だちからは、オチャコって呼ばれているの。そんでもって、好きな科目は英語で、いつもフルパワー全開モード。


 あとそれから、緋色の糸がもつれたような、そんな恋愛感情の謎を推理でほどくことだって得意なの。

 し・か・も、制服がよく似合っていてキュート!


「――というか、この学園って校則けっこう厳しいし、デフォルトでどう着こなすか。あんたもそこんとこ、よ~く考えて勝負しないとねっ!」

「ちょっとオチャコ、誰と話してるの?」

「おおっと、びっくり! なんだぁ、あんたきてたのか~」

「そうよ。そしたら他には誰もいないのに、オチャコが窓に向かってしゃべってるから」

「ああ今のはねえ、まあなんというのか、今日からのあんたに向けての声援、つまり恋愛成就エールってとこかな」

「はあ?」

「だ・か・ら、これからはあんたも、ちゃ~んとオシャレとかしないとね。オーライ! あたしがしっかりサポートしてあげる」

「……意味、わかんないし」


 ええっと、二番手で教室に入ってきた、このおかっぱ頭(バブド・ヘア)の子はクラスメイトの前田利代ちゃん。

 優しくおっとりとした性格で、あだ名はトシヨン。あたしとは去年から同じクラスで、今では一番の親友だよ。


「――そんでもって、ここだけの話だけど、トシヨンは大福君のことが好きなの。たぶん、いやきっとそう。あたしの推理ばっちりなんだから!」

「ちょ、ちょっとオチャコ!」

「ん? なに??」

「そんなのじゃないの! わ、わたし、別に真田君のこと好きだとか、そこまで特別には思ってないんだからぁ!!」

「でもトシヨンの顔、すんごく赤くなってるけど?」


 まるで熟した南天の実ね、トシヨンの真ん丸ほっぺ。


「けっ、こ、こっこ、これは……」

「にわとりのモノマネ?」

「ちち、違うってば! こ、これは今朝起きたら、わたしちょっと熱あるみたいで、だからそれで顔が火照って……」

「あーそっかぁ、あんた大福君の夢見たんでしょ?」

「えっえええーっ! ななな、なんでわかっちゃうのぉ!?」


 ふふふ、やっぱり図星だったか。


「トシヨンってば、すぐ顔に出ますからねえ」

「えっうそぉ!? わたしって、そんなにわかりやすい?」

「うんうん、人の表情をよく観察して、その人の心の内を見極めることが大切。そうしてそこから事件の真相へとたどり着くの。これって推理の鉄則よ。というか、あんたの場合は推理しなくてもわかるよ」

「うぐぐぅ~」

「ねえトシヨン、それよりどんな夢? まさか大福君と手を握りあったとか?」

「ちちちち、違うってば!! ちょちょ、ちょっとだけ真田君の手に、わたしの指がぁ、ほんとに少し触れただけなのよぉ!」


 ううっわぁー、なにそれ、それなに、なんなのよっ!?

 初等部の二年生じゃないんだよ、あたしたち。もうとっくに中等部よ! そんでもって、もうすぐ立派な大人なんだから!!


「あ、そうだ。トシヨンも、大福君って呼べばいいのに?」

「えっ、だ、だい……やぁーん、わたし恥ずかしいよぉ~」

「あんた、そこまで全力で照れなくても……」


 トシヨンは今年になってやっと大福君と同じクラスになれた。でもまだ一緒に楽しく話したりはできていない。

 その大福君というのは女子に人気があって、一学期だけでも三回は告白されたらしい。そしてすべて断ったの。


 あたしが思うには、積極的にアタックしてくる女子よりも静かでおっとりとしている子が、むしろ大福君の好みなのよ。そういう点で理想的なのがトシヨン!

 でもあまり大人しいのも、存在感がなくて目を向けてもらえない。だからあたしはあんたの背中を押して、あんたのよさを大福君に知らせたいの。


「ねえトシヨン、あんたは今のままが一番だとは思うよ。かわいいし優しいし、奥ゆかしくて女の子らしいわ。だけどねえ、男子に対する態度についてはどうかと思うの。このままじゃいつまで経っても、大福君と親しくなれないよ?」

「うぐぐぅ~」

「思い切って、大福君って呼んじゃえば?」

「でも、わたし……」

「トシヨン、ファイト!」

「う……うん。じゃあ今日からは、そうしてみるよ、わたしも」


 その意気よトシヨン、少しくらい積極的にならないとね。

 そう思っていると、やっぱりお約束、噂の彼氏(・・)よ。こちらに走ってくるわ。


「よう浅井、前田、早いな?」

「大福君、おっはよ~。ほうらトシヨンも」

「うん! だ、だ、だだだ……」

「機関銃のモノマネ?」

「ち、違うの。あ、あのう……」

「だからなんだよ?」


 頑張れトシヨン、あと一歩!


「だだ、大福くぅ~ん、おはよーっ! て、きゃあ~、わたし真田君の名前、ちゃんと呼べたよぉ~、初めてだよ~」

「なんだよ前田、朝からやけにテンション高いぞ」


 うんうん、ハジケまくり全開モードだよ、トシヨン。

 いつもの奥ゆかしさはどこへやら。というか、この子って過剰反応(オウヴァリアクション)体質? ここまでになるともう慢性大福アレルギーね。


「真田、先にいってるぞ!」


 今度は別のクラスの男子がきて、出入り口の所から叫んでいる。


「おう武田、オレもすぐいく!」


 大福君はあたしの隣の席にカバンを置いて教室から出ていった。グラウンドで武田君とサッカーの自主トレをやるのだと思うよ、あたしの推理では。

 そして入れ替わりでやってきたのは眼鏡男子。


「浅井さんに前田さん、おはよう」

「うん、おっはよ~」

「明智君、おはよう」

「どうしたの前田さん、顔が真っ赤になっているけれど、もしかして風邪?」

「えっ、真っ赤!? どうしよ、大福君に……」

「体調が悪いのなら保健室にいく?」

「ううん、風邪じゃないから。わたし、平気だから……」


 明智君、人に親切にすることは感心なの(アドミラブル)だけど、でもハートどきどき全開モードの、今のトシヨンのことは、そっとしておいてあげてよ。

 陰ながらそう思っていると、また別の男子が入ってきた。


「おいコラッ光男! 朝っぱらからナンパこいてんじゃねえぞ。それ、お前のキャラじゃねえだろがっ!!」

「あの、僕は別に――」

「あ? なんだコラッ!」

「いや、その……」


 あー、また始まっちゃったよ。


「おいポンカン頭、はっきり言えよ!」

「だから、ナンパなどではなくて――」

「オオボケこいてんなよ、ナンパだろがぁ! 見ろ、前田の顔が真っ赤になってるじゃねえか。お前が無理やり迫ったんだろっ!!」


 ええっと、今まさに明智君を一方的に激しく責め立てている、この言動のすんごく荒っぽい長身男子は、織田信仲君。二人とも、あたしたちと同じ二年二組のクラスメイトよ。


「――というか、大人しい明智君に、織田君の方から毎度毎度つっかかっていくのよ。そんでもって、これはあたしなりの推理なんだけど、実は明智君も織田君もあたしのことが好きで、どちらかというとあたしは明智君と話すことの方が多いから、織田君ってばそれが気に入らないみたい。つまり嫉妬(ヂェラスィ)なのよ。あーあ、モテモテのあたしって罪な女だわ~」

「おいコラッ浅井!」

「ん? なに??」

「なんで俺様がお前なんかを好きにならなきゃなんねえんだ!」

「えっ違うの? あたしってば、推理はずしちゃってる!?」

「あったりめえだ、ウヌボレこいてんじゃねえぞ!! つーかネボケこいてんだろ、お前は!」

「うん、その点は僕も織田君に同意するよ。なにしろ浅井さんのことは、同級生の一人だとしか認識していないから」


 がっがあーん!!

 めっちゃ違ってるしぃ! あたしの勘違いだったぁ~。もしかして、こんなあたしって自意識過剰(セルフコンシャス)体質?


「ところで織田君、君は僕のことをナンパだとか言うけれど、でも僕はそんなつもりなんて一切なかったのだから」

「黙れポンカン! お前が寝てるとこ狙って、納本寺燃やすぞ!」


 明智君のお家はお寺よ。お父さんがお坊さんなの。髪の毛ふさふさだけど。


「織田君いけないよ。それは刑法第百八条に定められた、現住建造物等放火という罪に該当するから、そんなことをしでかすと君は犯罪者だ。そうしたら君のご両親も、きっと悲しむから」

「あっあ~、超うっざいわあ~。放火だと? そんな馬鹿なこと、俺様がマジでやる訳ねえだろがっ! お前やっぱジョーク通じなさすぎ~」


 まあそれはそうよ。ほんとにお寺を燃やしたら大変なことになるし。犯罪者になるだけでなく、仏様のバチまであたっちゃうよ。

 というか、そんな過激なジョーク、検事を目指しているマジメな明智君に言ったりする織田君の方が一方的に悪いわね。



 そうこうしているうちに、教室には他の生徒たちも集まりつつあって、離れた場所からあたしたち四人の様子を心配そうに見ていたりもする。

 そのうちの一人が近づいてきた。


「やあ諸君、朝一番、なにをそんなに騒いでいるんだ?」

「おっ共康じゃねえか。珍しいなあ、いつも遅刻のお前が」


 そうそう、この男子は遅刻常習犯の松平君。

 し・か・も、遅刻だけにとどまらず、宿題忘れ常習犯でもあるのよねえ~。

 あ、でもでも、そんな松平君が遅刻しなかった時にかぎって奇妙な事件が起きたりするの。きっと今日もなにかあると思うよ、あたしの推理では。


「実は、今朝の新聞と一緒にこんなものがポストに入っていたんだ」


 松平君がズボンのポケットから取り出したのは、鮮やかな水色の封筒。

 その中央に白い桔梗の絵があるだけで、住所も名前も書いていない。うん、事件の匂いがするわ。


「なにそれ?」

「脅迫状だぜ」


 ほうら、やっぱり事件発生。あたしの推理力、復活だよ(リヴァイヴァル)!!


          *


 松平君が持ってきた封筒には紙切れが一枚入っていた。

 印刷した文字で短く三行。ほんとに脅迫状だね。


   オチャコに伝えろ。

   これからは真田としゃべるなって。

   さもないとランマルを誘拐する。


 この爛丸(ランマル)というのはトシヨンが飼っている猫よ。

 それであたしは人差し指を唇にあてながらトシヨンの方に顔を向けた。これはもちろん「黙っていてね」という合図。


「捜査はもう始まってるのよ。どこに犯人が潜んでるかわからないし、情報もらさないようにしなきゃね。だから小声で話すよ。皆もう少し近づいて」


 すると、背後に人の気配がして、耳の後ろがゾワリとなった。

 ふり返るまでもなく空気でわかる、八年連続クラスメイトの羽柴十吉。こいつは極端なまでに(イクストリームリ)口軽だから事件のことは知られたくない。


「オチャコ、ラブレターもらったのか?」

「いきなり耳元で話さないでよ!」

「いいなあラブレター、おれっちも、ほしいよ~ん」

「ちょっとあんた、顔近いからっ!」

「でもオチャコが近づけって言ったじゃん? おれっち、オチャコの足軽だから、命令に従っただけだよ~ん」


 あんたに近づけとは言ってない! しかも汗臭いしぃ!

 あたしはこいつを足軽にした覚えはないけど、従うと言うなら命令しよう。


「それじゃ、今すぐ消えてよ?」

「えええーっ、そんな殺生な! おれっちは、おれっち自身を消すことなんて、できっこないよ~ん。おれっちに不可能な命令は、勘弁してくれろ~」

「だ・か・ら、あっちにいけって言ってるの!」


 究極の馬鹿(アルティメト・フール)

 というか、あたしのことをオチャコと呼ぶ男子はこいつだけだし。それも今すぐやめてほしい。


「おい浅井、小声で話すんじゃねえのか? 情報もれてるぞ」


 しまった! 織田君の言う通りだ。教室のあちこちからの視線があたしたちに集中している。

 このままではクラス中に広まってしまうわ。なんとかしなきゃ!


「十吉にもできる命令よ。なんでもないってことを、皆に伝えて」

「おっしゃあ! お~い二年二組の皆々様、聞いてくれろ~、おれっちたち、なんでもないよ~ん、なんでもないったら、なんでもな~い」


 グッジョブ! クラスの皆は、いつものように十吉が馬鹿騒ぎしているだけだと思ってくれたはず。

 こいつが混ざったのは想定外だけど、このまま続行しよう。


「見ての通り、これはあたしに対する脅迫よ。爛丸というのは、トシヨンが一週間くらい前に飼い始めたペットなの。あ、でもトシヨン、安心していいよ。爛丸は誘拐させないんだから!」

「うん……」


 トシヨンは不安そうにそわそわとした様子を見せている。

 心配なのは無理もないね。爛丸はトシヨンが名づけたのよ。ロシアンブルーの子猫で、爛々と緑色に輝く瞳が真ん丸。すんごくキュート!


「それと、このことは誰にも話しちゃダメ。十吉、特にあんたよ。皆が知って騒ぎが大きくなったら、それこそ犯人の思うツボ。だって、松平君を使って教室まで持ってこさせたのは、クラス中の大騒動にする狙いがあるはずだもの。ねえ松平君、これ読んだ人、あんた以外にもいるの?」

「母さんだよ。それで朝から怒られた。あなたの友だちの悪戯でしょ、あまり変な子とつきあってはダメよ、だってさ」

「松平君も災難だったね? そしてこれは犯罪だ。刑法第二百二十二条、脅迫。すぐ警察に届け出るべきだと――」

「ポンカンは黙っていやがれ!」


 ナイス・フォロー織田君、たまには役に立つね。


「ええっと明智君、この事件はあたしの推理で解決してみせるよ。だから三日だけ猶予をちょうだい。それでいいでしょ?」

「しかし実害が出てからでは――」

「ポンカン、黙れと言っただろ!」

「わかったよ。……でも捜査には僕も参加する。なぜなら、桔梗は明智家の紋所だからね。それを使ったこんな悪質な犯行を断じて見逃す訳にはいかない!」


 明智君の眼鏡がキラリと光ったように見えた。

 なかなかに格好よかったかも、今のセリフ。


「いいよ明智君、協力よろしくね。他に参加したい人は?」

「ちょっと怖いけど、爛丸のこともあるし、わたしもいい?」

「オーライ!」

「俺はパスだぜ」

「おれっちもパスだよ~ん」


 松平君はこれ以上かかわりあいたくないみたい。

 お祭り好きの十吉は参加するかと思ったけど、意外に冷めてる(クール)ね。


「わかったわ。松平君、これ届けてくれてありがと」

「別に。おい羽柴、ゲームの話でもしようぜ?」

「おっしゃあ!」


 ここで松平君と十吉が離脱して残りは一人。


「織田君はどうするの?」

「俺様は推理も猫も興味ねえけど、乗りかかった船だ、協力してやる」


 ん? あたしは聞き逃さなかったわよ。さっそく容疑者浮上!


「あんた怪しいわよ」

「なんだと?」

「ねえトシヨン、織田君に爛丸のこと話した?」

「ううん、まだ」

「そうよね。あたしさっき、爛丸はトシヨンのペットだって言ったけど、猫とは言わなかったよ。なのに、なんであんたが知ってんの?」

「そ、それは……」


 どう? 情報もらさないように気をつけたのはこういうこと。あたしの推理、ますます好調だわ。ふふふふ。

 さあ、早くも事件解決かな? 三日どころか、たったの三分だね。


「これで決まり、犯人は織田君よ! トシヨンの爛丸をダシにして脅迫すれば、友だち思いで心根の優しいあたしのことだから、大福君としゃべるなという要求にも応じるって考えたんでしょ。あんた、やっぱりあたしのことが好きなのよ。あたしが大福君と話すのが気に入らないのよ」

「おいコラッ、黙って聞いてたらいい気になりやがって。俺様がお前なんかを好きになる訳ねえって、さっきも言っただろがっ! 爛丸のこと知ってたのはなあ、十吉から聞いてたからだ」

「えっ違うの? あたしってば、推理はずしちゃってる!?」

「あったりめえだ、どんだけウヌボレこいたら気がすむんだ、お前は!」

「うん、僕も織田君に同意するよ。浅井さんの推理は短絡的すぎる。捜査は始めたばかりなのだから、少し落ち着いて考えようよ」


 がっがあーん!!

 めっちゃ違ってるしぃ! あたしの早とちりだったぁ~。もしかして、こんなあたしってせっかち(インペイシェント)体質?


「……あ、でもでも、どうして十吉のやつが爛丸のこと知ってたの?」

「弟から聞いたってよ。あいつの弟、前田の弟とダチなんだ」

「そうだったのか~。ごめん織田君」

「これからは気をつけろよ、ボケナスのヘボ探偵」

「くぅ……」


 あー、不覚だった。織田君が爛丸のことを知っているはずないって思いこんでいたのよ。

 推理や捜査にとって思いこみが厳禁なのは鉄則。それをこのあたしが忘れちゃうだなんて、今日は雨がふるかも。


「おい前田、爛丸のこと誰に話した?」

「オチャコの他は、マサミちゃんとテルモっち」


 去年あたしたちと同じクラスだった子たちだね。そこから別の誰かに伝わっているかどうか、追跡調査が必要だ。


「その二人に、昨日までに誰に話したか聞いてきて」

「うん、わかった」


 トシヨンはさっそく教室から出ていった。


「織田君が十吉から爛丸のこと聞いた時、一緒にいた人は?」

「共康と、一組の荒木と四組の滝川だ」

「じゃああんたが、その人たちから誰に話したか聴取して」

「おいコラッ、俺様に命令するな!」

「なんでよ、協力するって言ったでしょ?」

「ああそう言った。けどそれはなあ、俺様が捜査チームのリーダーとして仕切ってやるという意味だ。文句言うなら、事件のこと皆に言いふらすぞ」


 おおっと、その手でくるか、この出しゃばり男め!

 でも逆らって捜査を邪魔されたら困るし、ここはおべっか(フラタリング)作戦よ。


「そうね、あんたはリーダーにふさわしい器だわ」

「おお、そうだろ、俺様こそリーダーだろ?」

「そうよ、あんたが大将! あ、でも松平君と十吉、あと荒木君たちも皆あんたの子分みたいなものでしょ。だったらあたしが聞くよりあんたの方が、恐れ入ってスパリと答えてくれるんじゃない?」

「おう、あったりめえだ! この俺様に任せとけ!!」


 織田君はムチを打たれた馬のようになって駆け出した。

 ふふふ、単純な男。真のリーダーはあたしなのよ。


「織田君の扱いがうまいね? ちょうど二人になれてよかったよ。浅井さんだけに話したいことがあるんだ」


 えっ、なになに!? ……もしかして、鬼のいないうちに抜け駆けであたしに告白するつもりかしら? ちょっとハートどきどきモードかも。


「前田さんの様子、どう思った?」

「えっ、トシヨン?」

「犯罪、刑法、脅迫、警察、という言葉を僕が言った時、前田さんはビクリと体を震わせていたんだ」


 明智君、そんな所まで観察していたの!?


「そ、それはつまり、物騒な言葉だから怖かったのよ」

「そうだろうか? 最も身近で意外な人物が、ということも――」


 なにそれ!? ……うそ! まさかトシヨンを疑っているの??

 いやいや、そんなはずないから、絶対に!!


「怒るわよ! トシヨンはあたしの一番の親友なの! 明智君がどう考えようと、たとえクラス中を敵にまわしても、あたしはあの子を信じて、味方のままでいるんだからっ!!」

「うん、それを聞いて安心したよ。君の前田さんに対する、その厚い友情を信用しよう。でもいいなあ、浅井さんは」

「へ?」

「君は、その辺の男子たちよりもずっとサバサバしているし、純粋な心を持っていて羨ましいよ。とても凛々しい女子だ」


 ええっ!? なになに? ……うそ! まさかそれって。

 そうか、そうよ、やっぱりよ! あたしの推理ばっちり!!


「明智君、さりげなく遠回しに告白してるでしょ? あんた、やっぱりあたしのことが好きだったんだ。あ、あたしも今はちょっとだけ――」

「浅井さん待って、それは違う。さっきも言ったことだけれど、僕にとって君は同級生の一人だよ。その認識自体は変わっていないから」


 がっがあーん!!

 またまた違ってるしぃ! やっぱり、あたしって自意識過剰(セルフコンシャス)体質!


          *


 トシヨンと織田君による追跡調査は、どの人も爛丸のことを誰にも話していないという結果だった。でもトシヨンの弟たちから話が広まっていることもあるので、トシヨンと十吉には家で確認を取って明日報告してもらうことにする。

 それから捜査の方針について話を続けていた。でも少ししてチャイムが鳴り、時間切れになった。


 大福君も戻っていて、あたしの右隣に座っている。額から汗を流しちゃって顔が輝いている。すんごく爽やか! 汗は汗でも、十吉のような臭み(スメル)をまったく感じさせないのよ。

 脅迫状のことは大福君には話さない。なかなかに正義感のある人だから、知ればすぐにも立ち上がって「誰がやったんだ! オレと浅井は別になんでもないんだからな!」なんて叫びかねないもの。


 それにしても犯人は男子だよね? それとも大福君を好きな女子なのかなあ?

 でも女子がこんな馬鹿げたことをするなんて、ちょっとありえないよ。だって一番きらわれる方法だから。


 いろいろと考えていたら、担任の足利先生が入ってきた。かろうじてイケメンと言っていいレベルの二十六歳。

 し・か・も、見慣れない女子を連れて。この子は転入生だ!


「ええっ!?」


 その姿を見て、思わず声が出ちゃった。すんごいオーラなのよ。

 ほぼ左右対称の整った顔だわ。少しカールしている睫毛、切れ長の目、小高くて形のいい鼻先。さらには、くすみやニキビ跡の一切ない肌。真珠(パール)で覆われているような、透き通った白さよ。そんでもって、唇のすぐ左下にチャーミングなホクロが一つある。これが唯一の非対称パーツで、まさに愛嬌ボクロ。

 肩下二十センチくらいで切り揃えた黒髪は、校則に従い黒のゴムで一つにまとめられている。素朴なヘア・スタイルだけど、清楚な顔立ちとのコンビネーションが絶妙なのよ。黒を引き立たせているのよ!


 そして制服の着こなし。半袖の白いブラウスに紺の紐タイ、グレーのジムスリップという、いわゆるジャンパースカート。これらの組みあわせはあたしたちが着ているのと同じ、ここの女子の夏服。なのに、なにかが違っているわ。

 うーん……あ、そうか、わかった! そうよ、この先の成長をまったく考えていないのよ。つまり今の体にぴったりなサイズってこと。正確な寸法であつらえたんだ。

 今日初めて着たような浮いた感じがしないの。デフォルトでここまで着こなすとは、なかなかにできる女だわ!


「皆様こんにちは。東京の聖アガサ女学院より、本日この北琵琶学園に転入して参りました、細川玉紗です。どうぞよろしく」


 声まで透き通っているしぃ! あんたカナリアか?

 でもちょっと待ってよ。少し離れて黒服の紳士が立っている。もしかしてお父さんかしら?


「この者は、私の運転手を務めております、執事の松永秀広です。松永は剣道三段・柔道五段の腕前を持ち、私のボディガードとしても日々役立ってくれています。これまでにも、この私に失礼なふるまいを働いた、不埒な輩どもを幾人も病院送りに――」


 運転手の紹介まで始めちゃってるしぃ!


「あのう、話の途中に悪いのだが細川。そちらの方には、これでお引き取りを願いたいのだが……」

「あら、松永を教室にいさせては、いけませんか?」

「うんまあ、授業参観の日ではないので……」


 いつもはちょっと厳しい足利先生が今は弱気になっている。

 相手が転入生で美人だからだ。意外に頼りない所があったね。


「では仕方ありません。松永、お下がりなさい」

「承知しました。それではお嬢様、後ほどお迎えに上がります」

「ええ、よろしく」


 見事なお嬢様ぶりだ。こんな人を身近で観察できるなんてラッキー!

 そう思いながらじっと細川さんを見つめていた。

 すると視線を感じたのか、こちらを向いてあたしを睨んできた。まじまじと見ていたから怒らせちゃったんだ。しかも近づいてくるしぃ!

 柔道五段がいなくなったのが、せめてもの救い。とにかく謝ろう。


「あの、ごめんなさい。あたし、見とれて……」

「大福様、ようやく一緒になれましたね。これも神のご加護です」


 あれれ、大福君に話しかけているよ!? 知りあいか?


「細川、あのなあ……」

「もう逃がしません。うふふ」


 なにこの子、すんごく怖いしぃ!

 きっと大福君を追ってきたのね。大福君は初等部の四年生になった時、東京からあたしの家の近くに引っ越してきたのだけど、それまでは細川さんと同じ学校だったと思うよ、あたしの推理では。

 というか、こちらを見てまたあたしを睨んでいるしぃ!


「あなた、そこをどいて下さい」

「へ?」

「私はこの席に決めました」

「決めましたって言われても……」


 細川さんから視線をそらして足利先生の顔をうかがう。

 先生も困っているみたいだけど、なんとか言ってよ!


「細川の席は廊下側の一番後ろに用意してある。だから君はあちらに――」

「いやです」


 ええーっ!? 先生に逆らったしぃ!

 あんた、どこまで強引な(アグレスィヴ)お嬢様なのよっ!!


「あー、まあなんだ、今から始業式がある。その後のホームルームで席替えをすることにしているから、君の席のことはその時にまたな」

「そうですか。わかりました」


 ええーっ!? 先生が問題を先送りにしちゃうの?

 今ここでビシッと言っとかなきゃ! たとえ相手が美人でも!


「おお、もう時間だ。皆すぐ廊下に出て並べ。体育館にいくぞー」

「大福様、一緒に参りましょう」


 細川さんが大福君に手を差し延べている。これはつまり「手を引いてエスコートしてちょうだい」という意味だわ。もしかして恋人気取り?

 というか、トシヨン! ごめん、あんたの存在を忘れていたわ。あんたの強敵が現れたのよ。どうすんの!?

 だって、いくら大福君が積極的すぎる女子は好みでないとしても、この子の美貌は驚異的だもの。男は美人に弱いという実例もある訳だし、もしかすると大福君の気持ちだって揺れるかもよ?

 そんな不安がよぎり、廊下側二列目の先頭席、そこにまだ座ったままでいるトシヨンを、あたしは見た!

 ぽかんと口を開けて、まあなんとも情けない顔、そんなのじゃダメだよ、あんた細川さんに勝てないよ!

 あ、でもでも、あたしはあんたの味方。あんたの恋、絶対に実らせてあげるんだからっ!!



 そして今は体育館で始業式の真っ最中。あたしは学園長のお話を聞かない悪い子になっている。

 そうよ、そうなの推理なの。あたしはずっと事件のことを考えていた。それで今朝からのことを思い返していて、ふとあることに気づいたの。


 やっぱり織田君は怪しい!


 爛丸のことを追及した時、織田君ってば一瞬「そ、それは……」なんて口ごもったよ。心の内にやましさがないなら、十吉の弟から聞いたってスパリと答えられるはずなのに。

 それと、いつものあんたは松平君たちと一緒にゲームの話をしたり、馬鹿らしい遊びをしたりしているのに、推理も猫も興味ないって言いながらも、この捜査に参加したこと。今朝トシヨンに話しかけていた明智君を激しく責めたこと。

 これですべての糸がほどけた。そうよ、織田君はトシヨンが好きなのよ!


          *


 始業式が終わり、教室に戻って席替えをすることになった。

 だけど、先送りになっていた問題がぶり返している。


「大福様の隣は私です。他にどなたか、彼の隣を希望する方はいますか?」


 用意されている席に一度は大人しく着いた細川さんが、また立ち上がってこんなことを言ったのだ。

 トシヨン、今こそ勝負しなきゃ! そう思いながらあたしは廊下側二列目の先頭席を見た。

 トシヨンは黙ってうつむいている。強引な細川さんに対抗するのは、あんたにはハードルが高すぎだね。仕方ないか。

 他の女子も、大福君を好きな子はいるはずなのに、中には一学期に大福君に告白して断られた人もいるのだけど、誰一人として手を挙げない。


「いませんね。決まりました」


 足利先生はまた困ったような顔をして、席決め用のクジの紙束をもてあそんでいるだけ。こんなのでいいのかなあ?


「おい細川、いい加減にしろっ! お前がいた東京のなんとか学院がどうかは知らないけど、こっちにきたならここのルールに従え。それができないなら、さっさと東京に帰れ!」


 え!? 先生の代わりに大福君がビシッと言っちゃってるしぃ!

 でもでも、そこまで厳しくしなくても。細川さん泣いちゃうよ?

 少し心配になって、廊下側の一番後ろの席を見た。

 ええーっ!? あの子、微笑んでいるしぃ! あんたモナリザか?


「わかりました。うふふ」


 あんなに強引なお嬢様が素直に聞いて座ったよ。すごい! というか、これってどういう心の内?

 うーん……あ、そうか、わかった! そうよ、自分の好きな男子が格好いいことを言ってくれたのが嬉しいのよ。

 叱られても不貞腐れたりしないで、ちゃんと笑顔で受けとめるだなんて、あの子やるわねえ。手強いわ。

 そうだ、そうよ、それこそができる女の鉄則なのよ! うんうん、すんごく勉強になったわ、細川さん。


「あとはっきり言っておく。オレと細川は別になんでもないんだからな! 小学三年まで同級生だっただけのこと。オレが好きなのは、ここにいる浅井だ!!」

「へ? 大福君……?」


 一瞬の沈黙の後、教室が、というかあたしが、どよめきの渦に包まれた。


「浅井、オレとつきあってくれ!!」

「へえ!?」


 あれれ?? あたしが告白されている? ……うそ、やだ、どうして?

 相手は大勢の女子をファンに持つサッカー少年。まさかあたしのことが好きだったなんて、まったくの想定外だよ! ……あ、ということは、あたしもトシヨンの強敵になるのか? 三角関係? ええーっ、なにそれっ!?


「ああ悪かった。いきなりで驚かせたな。すまない」

「……」

「けど返事くれ、いつでもいいから」

「わかった」


 あたしは、らしくない小声で答えた。

 大福君に顔を向けられないままだった。真っ赤だよ、絶対に。


          *


 席替えが始まった。足利先生が握っている紙のクジを順番に引く。

 一番手は明智君で、次があたし。


 外面では冷静を装ってはいるものの、あたしはまだハートどきどき全開モード。

 それにしても、男の子から告白されるのはすごいことだわ。こんなに威力があるとは。嬉しくて恥ずかしい気持ちなのはわかる。それに加えて、お腹がすいている時に似ているけど、それもまた違う、そんな変な感覚を伴っているの。

 そのせいで席替えの時間に推理を進めるという予定が狂った。ほとんどまともに考えられなくて。ほっぺも頭もお祭り状態だから。


 少し時間が経って、胸の太鼓も静まった。

 さっきあたしが引いたクジは3‐6。中央列の一番後ろの席よ。教室全体を見渡せるから、皆を観察するのに絶好のポイントだ。


 でもそれはともかく、大福君にどう返事しようか?


 いや違う違う! これは悩むまでもないことよ。トシヨンの恋が優先! 事件も早期解決しなきゃ!

 大福君にはスパリと断るわ。そして脅迫状の犯人を見つける。


 そうねえ、やっぱり怪しいのは十吉だ。男子であたしのことをオチャコと呼ぶのはあいつだけだし。あ、でもでも、それを知る別の誰かが、十吉が疑われることを狙ったのかもしれない。

 とすると、松平君? あの人は心の内になにがあるのか、わからない所が多いからね。むだに計算高い男なのよ。でも容疑者とみなすには、まだ決定的な根拠が見つからないなあ。


 こんなことを考えていて、もうすぐ席替えも終わる。

 最後まで残った席はあたしの左隣。そのまた左、窓側列の一番後ろには大福君が座っている。

 これがラストだからクジを引くまでもなく、そこは細川さんの席に決まった。なんという強運! というか、これこそ神通力かしら?


「大福様、やはり神のご加護です」

「細川、あのなあ……」

「あなた、浅井さんでしたね」


 おおっと、細川さんがあたしに手を差し延べてきた。これはつまり「握手をしましょう」という意味だよね?

 恐る恐る右手を出して握った。なにこの子の手、すんごく温かいしぃ!


「あ、浅井茶子よ。仲のいい友だちからは、オチャコって呼ばれているの」

「そうですか。ではお茶子さん、今後ともよろしく。うふふ」


 やだ、お茶子さんだって。なんだかくすぐったい気持ち。


「……うん、こちらこそよろしくね、細川さん」

「玉紗でも、かまいませんよ」

「わかったわ、玉紗さん」


 そして、先生が明日以降の予定などを話して、ホームルームがなんとか終わってくれた。ああ、もう帰ってすぐ寝たいくらいに疲れた。

 隣を見ると、玉紗さんがさっそく大福君を誘っている。


「よろしければこの後、私の新居でランチはいかがです? 一流の料理人が準備しておりますから」

「オレはこれから購買でパン買って、それ食ったら部活だ。だからお前はさっさと帰れよ。オッサンきてるぞ」


 あ、気づかなかった。いつのまにか黒板側の出入り口に、あの黒服の運転手、剣道三段・柔道五段の松永さんが立っている。

 というか時間ぴったり。さすがはプロの執事だわ!


「残念です。でも近いうちに、ぜひいらして下さい」

「そんな暇ができたらな」

「うふふ。ではお先に失礼します。お茶子さんも、さようなら」

「えっ、うん、さよなら」


 玉紗さんはあっさりいってしまう。その背中から底知れない余裕を感じるわ。

 今がチャンスなので、あたしは告白の返事をすることにした。こんなことは早い方がいいだろうし。


「大福君ごめん、あんたとはつきあえない。あ、でも細川さんは関係ないよ。もしあたしがほんとに大福君とつきあいたいって思うなら、そう言うよ。いくらあの玉紗さんがお金持ちのお嬢様でも、運転手が柔道五段でも、あたしは遠慮なんてしないで、絶対にそう言う」

「わかったよ、それでこそ浅井だな。取りあえずスッキリした。これでサッカーに打ちこめる。ハハハ……」


 あたしは玉紗さんには対抗できても、でもトシヨンには負けちゃうの。


「オチャコ、どうして断ったの?」


 あトシヨン、今の話を聞いていたのね。


「これでいいの。あたしと大福君じゃ似合わないから。トシヨンみたいな優しい子が、あの男にはふさわしいのよ。ね?」

「えっ、わたし!? そ、そんなの、わたしだと、もっと似合わないよ。わたしのことなんて、気にしなくてもよかったのに」


 ああ、なんていい子なのだろうか、このトシヨンは!


「ねえトシヨン、あたしずっと、ずっとずっとあんたの親友だよっ!」

「うん、わたしもそうだよ、オチャコ!」


 手と手を取りあうあたしとトシヨン。なんだか涙も出てきちゃった。


「おいコラッ浅井! 友情ドラマは後でやれ。俺様が待ってんだ!」

「ん? なに??」

「捜査だろがっ!! このボケナスのヘボ探偵」

「くぅ……」


 そうだった。脅迫状事件を早期解決しなきゃ!

 教室には捜査チームの四人の他に、松平君と十吉もいる。


「あんたたちも参加するの?」

「僕が呼びとめたんだ」

「へ? どうして?」

「松平君が虚偽の証言をしたからだよ」

「さすがは明智、よくわかったな?」


 あれれ、松平君あっさり認めちゃってるしぃ!


「親にメッセージを送っておいたんだ。桔梗紋のついた水色の封筒が今朝ポストに入っていたかどうか、松平君のお母さんに確認してほしい、とね。そしてその返信がさっきあった。そんな封筒は見ていないそうだよ」

「じゃあ犯人は松平君ってこと? あんたもあたしのことが好きなのね!」

「違う。断じて違う」


 またまた違ってるしぃ! 確実に自意識過剰(セルフコンシャス)体質だ、あたし!


「おいコラッ浅井、真田にコクられたからっていい気になってんなよ。あいつは頭がどうかしてるに決まってんだ」

「ちょっとあんた、今の発言は大福君にもあたしにも失礼よ! 刑法に書いてあるかは知らないけど、罪になるんだから」

「刑法第二百三十条、名誉棄損。公然と事実を――」

「ポンカン、いちいち解説はさむな!」


 明智君って、刑法全部覚えているのかしら?

 いつも教室で、『ポケット版六法』だとかいう本を開いているし、今覚えている最中なのだろうね。


「それで犯人のことだけれど、まだ松平君だと決まった訳ではない。羽柴君、そうだよね?」


 すると今度は十吉が自白を始めた。


「ごめんよオチャコ、おれっちが考えたジョークだったんだ」

「やっぱりあんたかっ!」

「オチャコに推理を楽しんでほしかったんだよ。それで共康に協力してもらって、犯行に及んだんだよ~ん」

「俺もちょっと明智の実力を試してみたかったんだ」

「あんたたちグルだったか! あ松平君、でもどうして虚偽の証言を?」

「いつも寝坊の俺が朝刊取りにいく訳ないだろ。つまり第一発見者が他に必要ってこと。なのに俺以外に誰も読んでないって言えば怪しまれる。しかし明智もやるなあ、親の情報網を使って確かめるとは」

「証言の裏を取るのは捜査の鉄則だよ」


 明智君、言えてる!

 そして松平君は「策士策におぼれる」というやつね?


「でもそれも俺の計算だった。お前らにヒントを与えたんだ。手紙は昨日俺が見つけたことにしても、よかったんだからな」


 そうかあ、事件解決の糸口をわざと残すだなんて、松平君もやるじゃない。


「羽柴君に松平君、こんな悪戯はもう二度としてはいけないよ。ジョークのつもりでも、こういうことがエスカレートして、いつかは本当の事件になるんだ」

「そうだ、その点は俺様も光男に同意する」

「あれれ、織田君珍しいわねえ?」

「あったりめえだ、この俺様が真っ先に犯人扱いされたんだぞ! つーか浅井、お前が悪い!」

「やだあんた、そんな昔のこと、まだ根に持ってんの?」

「昔じゃねえだろがっ! まだ三時間しか経ってねえぞ!」


 ああ、また織田君を怒らせちゃった。

 ここはできる女の鉄則、笑顔で受けとめなきゃね。


「そうでした。うふふ」

「笑ってごまかすな! つーか気色悪い笑い方やめろ!」

「オチャコ変顔だよ~ん」

「あははは!」


 とにかく最後は皆で笑って、というか笑われて捜査終了。


「ああ腹へった~。おい共康、十吉、とっとと帰るぞ」

「そうだな」

「おっしゃあ!」


 三人が出ていったので教室は静かになった。

 あたしもトシヨンと一緒に帰ろうとしたら、明智君がカバンからきれいな紙袋を出してあたしに手渡してくれた。中にはペーパーバックの本が入っていた。


   A Study in Scarlet


「シャーロック・ホームズのシリーズ、『緋色の研究』だ!」

「もしかして、もう読んだ?」

「英語のはまだよ。貸してくれるの?」

「よかったらあげるよ」

「ええっ!?」


 なんだかラッキー! でもでも、新品の本の匂いがするよ。


「これ、買ったばかりじゃない?」

「そうだけれど、浅井さんが読んでくれるのなら、もらってよ」

「うん、ありがと明智君、大好き」

「え?」


 あ、あたし、なんだか口走っちゃってるしぃ!


「ええっと、そのあの、今のは、なんというのか、そうそう勢いで。だからその、あたしってば、ほら友だちとして。うんうん、だからあの――」

「少し落ち着いてよ、浅井さん」

「あっ、うんそうだね、落ち着こう!」


 やだやだ、あたしってば、キョドリまくり全開モードだよ!


「浅井さん、僕はまだ君に告白なんてしないよ。好きという言葉は大切にしたいからね。でもその時がきたら、そうはっきり伝えるよ」


 あれれ? いつも冷静な明智君のほっぺが少し赤くなっている。

 でも、なんだか逆にあたしの方が恥ずかしい。


          *


 明智君には「うんうん、オーライ!」とだけ答えて、トシヨンと逃げるようにして教室を出た。今はバス停までの道を並んで歩いている。

 まだまだ残暑の続く秋の初め。でも暑さになんて負けない!


「ねえオチャコ、午後から予定ある?」

「ないよ」

「それじゃあ、わたしの家にこない? あのねえ、わたしオチャコに、ケーキ作ってあげるの。ほら明日は?」

「九月二日、あたしの誕生日だ!」


 そうかあ、十四歳オチャコの心が明日生まれるのね。

 まだ彼氏と呼べる人はいないけど、でもその候補はばっちりできている。あたしも明智君のように「好き」を大切にしたいな。

 あと英語も推理も、もっと磨かなきゃね。それとトシヨンの恋の応援も。


「トシヨン見て見て、空と湖。なんだか、いつもより青いよ!」

「わあ、ほんとだぁ~。どうしてかなあ?」


 それはねえトシヨン、あたしたちの心の内が、青を引き立たせているからだと思うよ、あたしの推理では。

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