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お題『俺の誕生日がいつかって? …嗚呼、そういえば、今日だな。』or『まだ、聞いてないよ 』【ヘタレ】

 高校生活で一番賑やかな時間といえば、やはり昼休みだろうか。特に学食は大勢の生徒が押し寄せてくるため、校内で一番騒がしい。

 米食、パン食、麺食、様々な注文が飛び交う。購買には多くの生徒が詰め掛けて、大規模な争奪戦が起きている。

 こんな場所だ。静かなところなど、ほとんどない。もし、強いて挙げるならば、窓際の隅、学食の端の端である。

 少年は、一年の頃から定位置としているその場所で、蕎麦をすすっていた。

 耳にはイヤホン。最近お気に入りのゲーム音楽を聴きながら、学食の騒動などどこ吹く風と言わんばかりに、自分の世界に没頭していた。

 昨日はうどんだった。一昨日はとんかつ定食だった。今日は蕎麦で、さて、明日は何を食べようか。

 つい先日、もう三年生になった少年からすると、もはや頭から喧騒を追いやるなど簡単なものである。

 向かいの席にも隣の席にも、誰もいない。少年の邪魔をする者はなく、蕎麦もそろそろ食べ終わる。

 休み時間の残りは昼寝でもして過ごそうか。

 ぼんやりとそんな考えを浮かべていると、

「あ、先輩だ!」

 少年の食事を邪魔できる、唯一の存在がやってきた。

 おかしい。今日は学食には現れないはず。相手のスケジュールは把握している。今日は屋上で友達と弁当を食べている日、だったと思う。

 邪魔者は、少年を見つけるとすぐに向かいの席に座った。どんぶりから立ち上る湯気。ラーメンの匂いが鼻をつく。

「先輩はお蕎麦ですかー! えへへ、同じ麺類ですね!」

 だからどうした、と言いたくなる。言うと邪魔者たる後輩、二年下の少女はさらにうるさくなるので、何も言わないが。

 というか、大きめに音量を調節したイヤホンを貫いてくる大声は、なんとかならないものか。せっかく自分の世界に浸っていたというのに。

 少年の蕎麦を見ると、少女は急いでラーメンを食べ始めた。こちらの蕎麦は、残り少し。素早く食べて、少年に追いつこうとしているのだろう。

 だが、それを待ってやる少年ではない。残った蕎麦をかきこむ。とっとと離れるが吉である。

 席を立つ。予定外の遭遇を無かったことにするべく、逃げるつもりだった。

「ふは!? まっへくらはいよー、せんふぁい! ……ぶはっ!?」

 麺が気管支にでも入ったらしい。激しく咳き込む姿は、女の子としていかがなものか。

 ゲホゲホと言いながらもラーメンを食べる少女。見ていると、なんとなく可哀そうになってくる。

 少年は、がっくりと肩を落としてから、席に戻った。少女がこちらを見て嬉しそうに微笑むが、ラーメンをほおばった顔は、さながらハムスター的な小動物だった。愛嬌だけはある。

 いくらか食べるスピードを落として、それでもこちらをほとんど待たせずに、後輩はラーメンを食べ切った。急いで食べたせいか少し苦しそうに見えるが、指摘してやる義理もない。

「先輩のいじわるー」

 恨めし気な視線もなんのその。もうすでに慣れたものだ。

 仕方なしにイヤホンを外し、それでも顔はそむけたまま、少年はため息をついた。

 学食の騒音が戻ってくる。そんな中でも後輩の声はよく通り、

「最初から待っててくれれば、大丈夫だったのにー!」

「何が?」

「先輩のせいでむせました」

「知らん。お前が勝手にやったんだろうが」

 ブーブーと赤ん坊のようなブーイングを飛ばされても、少年に罪悪感などない。むしろ、理不尽な後輩こそ反省するべきではなかろうか。

「先輩って、友達いないんですか?」

「なんでだよ」

「だって、学食にいるときは、絶対一人ですもん。今日も、私が見つけなかったらぼっちメシですよ、ぼっちメシ」

「いいんだよ。てか、誰がぼっちだ」

「先輩は私に感謝するべきです。こんなに可愛い美少女ちゃんと一緒に、ランチができたんですから」

「できてねえよ。お前が勝手にこっち寄ってきてラーメン食ってただけじゃねえか」

「えー、先輩、嬉しくないんですかー? これでも私、人気あるんですよ」

「女子にだろうが。しかも人気っつっても、ペット的な扱いされてたじゃねえか」

「ふーんだ。ラブレター貰ったこともありますー」

「……今どき、そんなもんよこす奴がいんのかよ」

「……さすがにあれは、私もひきました」

 ラブレターと聞いて、その古風な手段はともかく、少しばかり少年の心は揺らいだ。

 一つ息を吐いて、

「んで、告白されたのか?」

「お? なになに? 私に興味持ちました? てか、惚れました?」

「誰が惚れるか、お前みたいな間抜けに」

「ふっふっふー。聞きたいですか? 聞きたい?」

「聞く気が失せた」

「またまたー」

 先ほどとは打って変わって上機嫌になっている。この後輩は、表情と機嫌がコロコロと変わる。付き合うには、やはり疲れる。

「そう、あれは小学四年生の頃……」

「前じゃねえか! かなり前!」

「い、いいじゃないですか! 貰ったのはホントですー!」

「もういい。もう何も話すな」

 追い払うように手を動かし、少年は今度こそ席を立った。

 慌てて、後輩が付いてくる。食器を返却カウンターに置いても、後輩は隣を歩いて、

「いやー、でも、まさか誕生日にラブレター貰うとは思いませんでした。調べてたんですかね? 気味悪いー」

「お前の誕生日なんかどうでもいいわ……」

「先輩、なんでそんなに私に冷たいんですかー? これでも私、見た目と性格の良さには自信あるんですけど」

 確かに、認めるのはしゃくだが、この後輩は女子としての点数が高めだ。黙ってさえいれば。

 ショートの髪をさらりと流し、制服はきっちり着こなし、素の顔立ちも良い。手入れである化粧も本人曰く最低限。体つきは平均的ながら、特定部位に貧しさは感じられない。

「むっふっふー。今、私のこと考えました? 考えました?」

 見透かすような笑みを向けられて、少年はとにかく顔をそむけた。

「先輩、かっわいいー」

「うるせえな」

「もー、安心してくださいよ。先輩の誕生日には、ちゃーんとしたプレゼントあげますから。って、そういえば先輩の誕生日、いつです?」

「俺の誕生日? ……ああ、そういえば今日だったな」

「うそっ、聞いてませんよ!」

「嘘だよ」

 後輩は、また頬を膨らませた。こういう仕草には、確かに愛嬌がある。

「ねー、せんぱいー。私、先輩のこと幸せにしますから、ちゃんとこっち見て話してくださいよー」

「俺は今、不幸のどん底だよ」

「じゃあ、じゃあ、私がそこから助けますからー」

「うっせ」

 まだまだ話は続きそうだった。放っておけば、何時間でもしゃべり続けそうだ。

 どう反応してやれば解放されるのか考えていた所で、予冷が鳴った。なんともいいタイミングで助け船が来てくれた。

「ちぇー。まだ話したかったのに。それじゃ、先輩、また放課後に!」

「おい、待て、なんだ放課後って!」

「ちゃんと迎え来てくださいねー!」

 こちらの答えを待たずに、後輩は走り去っていった。思わず手を伸ばしそうになり、

「……チクショウ」

 伸ばしかけた手を、慌てて引っ込める。

 なんであの後輩は、自分に付きまとうのか。考え、何度となく行きついた答えを反芻する。

 間違えるまでもなく、後輩は自分を好いている。少年のどこに魅力があるのかは知らないが、あれだけ好意を向けられて気付かないほど少年は鈍感ではなかった。

 そしてまた、自分も、あのおしゃべりで可愛らしさにあふれた少女を、

「違う、違う……」

 我ながらヘタレていると自覚している。

 高校生活三年目にして訪れた、突然の青春だ。何もなかった、これからも何も起きないはずだったイベントに、自分はひたすら戸惑っている。

 先に進むのは簡単だが、進むと何が起きるのか不安でたまらない。

 入学式の日に、教室の場所を聞かれただけなのに。

 他愛のないことから始まった関係は、たったの一か月で想像を絶する甘酸っぱさになってしまった。

「あー……、クソッ」

 本当に、自分が情けない。

 自分にいら立ちつつ、教室に戻る。やはり、明確な答えは出したくないが、

「今日、ゲームの発売日だっての……」

 放課後の予定は、組み直すしかあるまい。

 行きつけのゲーム屋に、今日は寄られない旨を連絡しなければ。

 後輩に付き合ったとしても、どこかのジャンクフード屋で、ひたすら話を聞かされるだけだろう。

 そんな放課後を、迷惑さ八割・嬉しさ二割で思いながら、少年は自席で頭を抱えるのだった。

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