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お題『王に対して民衆が願うのは己が安泰のみだ』or『身代わりになれるなら本望だ 』【天才】

 女社長と言うと格好いいかもしれないが、少女という年齢で仕事をさせられるのならば、話は変わってくる。

 つい先日、両親の死去によって社長という座に置かれてしまった少女は、頭を抱えながら目の前のパソコンをにらんでいた。

 観葉植物、何冊もある専門書、重厚な机の上には散乱した書類と最新型のノートパソコン。そして、座り心地の悪い椅子。

 広い空間は何とも気に食わないが、社長室となると、ある程度の体裁が必要である。少女は理解しつつも、納得はしていないが。

 そんな場所で、提出されたデータを恨めし気に、少女は見ていなければならなかった。

 目と頭に入れているのは、会社の業績表。数年前までは右肩上がりだったものが、ここ最近はずっと横ばいだった。

 端的に言えば、少女の会社は上中下でいう上にあたる。いくつもある取引先との関係は良好。海外にも進出し、ある程度の成果を収めている。

 ネガティブな話題はなく、株主の反応は上々であるし、消費者からの信頼も厚いブランドとなっている。

 しかし、色とりどりの項目に分けられ、線グラフと棒グラフで描かれた表は、なんとも面白くない。

 上にも下にも動かぬグラフは、まるで「もう満足した、楽をしたい」とでも言っているかのようだ。いや、言っているに違いない。

 三日ほど前におこなった役員会議では、現状を変えようという話が全く出てこなかった。

 どいつもこいつも新社長に愛想笑いを浮かべるばかりで、前向きな意見などどこからも出てこなかった。

 年若い王、新しい長に望むのは、己の安泰のみであるということか。

 幼いころから親に知識を授けられてきた。神童とすら呼ばれたが、そんな自分が今となっては恨めしい。

 知識など持ってしまったがために、現状を理解できてしまう。本当に名ばかりの社長ならば、愚鈍な人間だったならば、役員どもの手のひらで踊るだけで済んだだろうに。

 加えて、少女のプライドが手のひらダンスの邪魔をする。

 両親の死を悼む暇もない。押し付けられた、ではなく託されたという思いが、少女を前へ前へと進ませようとする。

 パソコンを閉じて、真っ白な天井を仰ぐ。あー、と、力のないため息を吐いた。

 そこへ、硬い音が耳に届いた。がっくりと肩を落としながら、音の出た場所、扉へと目をやる。

「どうぞー」

 もはや間抜けとも自覚できる声で、入室を促す。

 失礼します、という柔らかな声と共に入ってきたのは、自分とそう歳の変わらぬ少女だった。

 少女の専属の侍女だ。手にはカップとティーサーバーを持っている。もしかして、と腕時計に目をやると、いつものティータイムの時間だった。

 この侍女だけは、少女の立場が変わっても、以前の通りに接してくる。

 机の上をさっと整理し、何も言わなくても、書類を束ねて邪魔にならぬところへ置く。

 てきぱきとした動作は小気味よく、すさんだ心を癒してくれる。

 紅茶の注ぎ方も完璧。用意された紅茶は、味も香りも満点だ。

 凝り固まった肩が、一気に楽になった気がする。そんな安堵を察したか、侍女は困ったように微笑んだ。

「お疲れ様です、お嬢様」

「うん」

 少女は、両親とこの侍女にだけは、本音を言う。今や、世界で唯一、心を許せる相手だ。

 こちらのくたびれた顔を見ても、何も言ってこない。助けを求めれば助けてくれるが、放っておいて欲しい時は何も言わず、ただ隣にいてくれるだけ。

 その気遣いに、どれだけ癒されたものか。もうこの侍女なくしては生きてゆけまい。

「めんどくさい」

 言いたいことの諸々を省略して、愚痴を吐く。何が何をと頭で考えるのも億劫だった。

「代わって差し上げられるならば、すぐにでも代わるのですが。凡庸なわたくしでは、お嬢様のようには振舞えませんもので……」

 困り顔ながらに、侍女の言葉は本心であろう。少女は少女で、

「代わって欲しいけど、貴女を身代わりになんてできないわ。こんなこと、犬にでもやらせておけばいいのよ」

苦笑しながら侍女は、

「ヒーロを連れてきましょうか?」

「ダメ。犬は犬でも、ヒーロは私の愛犬だもの」

 冗談を言い合えるのも、この仲だからこそ。うっくつとした気分が、楽になっていく。

「お茶が終わったら、ここら辺を適当に片付けて帰るわ。今日の夕食は、お肉を多めにお願い」

「はい。かしこまりました」

 しばしの憩いの時間を楽しむ。

 本気を出せば、書類仕事など大して時間もかからない。今後の方針やらなんやら、面倒なことは、食事と睡眠で吹き飛ばしてしまおう。

 お腹いっぱい食べて、存分に眠れば、良い考えでも浮かんでくるだろう。

 温かい紅茶を楽しんでから、名残惜しくも、侍女を下がらせた。

 書類仕事は心底やりたくはないが、やっておかねば役員たちに示しがつかない。何もできない小娘だと思われるのは許せない。やれるだけやって、こっちが役員どもの性根を叩き直すのだ。

 胸の中の温かさが消えてしまう前に、終らせてしまおう。

 少女は整えられた書類をひっつかむ。しわくちゃになっても気にしない。

 文字を素早く目で追って、署名と印鑑を済ませていく。納得できない案件は、不許可と書類の全面に書き込んでやる。

 日暮れを待つまでもなく、仕事を片付けた。出来上がったら、秘書を呼び出して素早く持って行かせた。

 美味しい食事と、優しく柔らかな笑みが待っている。それを楽しみにしながら、少女社長は椅子を蹴って、部屋から駆け出して行った。

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