お題『私の血肉も全てアナタの物にして』or『平和のための犠牲 』【俊足】
多かれ少なかれ、世の小学生男子というのは、女子からの告白を喜ぶものだろうと思う。
いや、中学生でも高校生でも大人になっても異性からの告白は嬉しいはずだ。可愛くて、性格が良くて、体形にメリハリがあれば、文句も出ないはずだ。即座にOKを出して、うなずくはずだ。
しかし、
「私の血も肉も、全てアナタに捧げます!」
という言葉で告白されたら、世間一般の男子はどう思うだろうか。
え? と、まず疑問に思う。
は? と、何を言われたのか考える。
う? と、言葉に詰まって返事を言う。
「嫌だ」
と、なんとか言えれば、まだ常識ある人間だと思ってもらえるだろうか。
「えぇぇぇぇっ!?」
少女が、オーバーなリアクションで半歩引く。いや、ドン引きしているのは、自分の方だ。なんでまた愛の告白に血肉などという穏やかならぬ言葉が出てくるのか。
重い。あまりにも、重すぎる。
素直に、アナタが好きですとは言えないのか。ああ、言えないからあんなセリフが出てきたのか。
認める部分はある。
顔立ちは良い。みつあみにした髪型も良く似合っている。ちょっと垂れ目で、メガネをしているのも、嫌いではない。プロポーションも、小学生女子としては発育している方だろう。
「ふ、普通、こう言われたらすぐにOKするでしょ!?」
「いや、しないと思うよ?」
ただし、発想が、ズレにズレまくっている。
あまりにも予想を飛び越えた言葉で、逆に冷静になれた。
体育館の裏という、一昔前の王道場所で、少年と少女は二人きり。幸か不幸か観客はいない。なので、今の告白と、少女の抗議を聞く奴もいない。
呼び出されたときのウキウキが、さあっと消えていく。代わりに浮かんできたのは、こいつヤバいぞ、という警戒感。今すぐ、逃げ出したい。
少女はえぐえぐと泣き出した。どうやら先ほどの言葉、少女の中では会心の一発だったようだ。
「一か月も考えたのに……」
それはご苦労なことで。
「マンガ、たくさん読んだのになあ。小説も……」
読んだマンガと小説が間違っていたのだろう。
「こう言えば、どんな男の子でも喜ぶって思ったのに……」
相手を考えてもらいたい。今どきの小学生には、あまりにもエグい言葉ばかりだったぞ。
今になって思い出したが、少女は、隣のクラスで噂になっていた子だった。
勉強も運動も得意。クラスでは少女を慕う男子は多く、それでいて他の女子から嫌われているというわけでもない。人気の的、というと大げさだが、ちょっとばかりヒロインっぽい。
自分のクラスにも、少女を可愛いという奴は多かった。休み時間や、合同体育の時など、ちらちらと彼女を目で追う奴がいるほどだ。
そんな少女から好かれているというのは、ある意味、光栄なのかもしれない。少女とは違い、こちらは噂にもならない、ただの男子だ。体を動かすのは好きだけれど、勉強は苦手。こんな男子はどこにでもいる。
見た目だって、特別なわけではない。いつも鏡で見る顔は、眉も目元も鼻も口も、普通。誰にも褒められたり、羨ましがられたりしたことはない。
自分のどこに惹かれたのか聞いてみたいところなのだが、一瞬で評価がどん底にまで落ちた少女に、話しかけるのはためらわれる。
しかも、泣かれてしまった。置き去りにして、逃げるわけにはいかない。そんなことをしたら、自分は明日から学校で一番の悪者になってしまう。
「え、えっと……。ごめんね?」
選んだのは、無難な一言。やんわりと断りの意志を伝える。
なんとか泣き止んで欲しい。小学校の授業では、泣いている女の子へどう対応したら良いかは学んでいない。自分にできるのは、トゲのない言葉でなぐさめるのみである。
少女が泣き止むまで、たっぷり十分はかかっただろうか。
メガネを取り、赤くなってしまった目元をハンカチで拭きながら、少女はまだ自分の方を見ている。
やや上目遣いの表情は可愛い。この表情だけ見るなら、告白も受け入れられたはずだ。
「私のこと、嫌い?」
答えづらい問いかけだ。なんとか頭をフル回転させて、返事は選び抜かなければ。
「えっと」
「うん……」
「えーっと」
「……うん」
少女の相槌が、徐々に自分を追い詰めていく。
「き、嫌いじゃないよ?」
「ホント!?」
目をそらして、頬を掻きながら、なんとか言葉を絞り出した。
見えてはいないが、少女はその答えに気をよくしたようで、明るい声を出した。
「だ、だったら、ねえ、もう一度考えてくれないかな!」
申し訳ないことに、考えは変わっていない。
「いや、あの、俺って、別にカッコ良かったりするわけじゃないからさ。俺じゃなくて、別の奴のほうが、いいんじゃないかなーって思うんだけど……」
誰でもいい。自分の平和な学校ライフのために、犠牲になって欲しい。
「ほら、俺のクラスなら、斎藤って奴がモテるみたいだし、そっちのクラスにも、女子に人気のやつ、いるじゃん?」
「えっ? 南田君のこと?」
「そ、そんな名前だったような気がする」
そこら辺の相手で、満足してもらえないだろうか。
必死に願ってみるも、少女の答えははっきりとしており、
「ヤダ」
と、斎藤君と南田君は、すっぱり切り捨てられてしまった。
「私は、君がいいの!」
「な、なんで?」
「一目惚れ!」
殺し文句だった。
嬉しさ半分、悲しさ半分である。好きになってくれたのは嬉しい。だというのに、素直にうなずけない状況であるのが悲しい。
「ねえ、お願い! お願いっ!」
「えっ、ちょっ……」
いつの間にやら、少女は自分のすぐ目の前にいた。目と鼻の先に、必死な顔が見える。
近い。マズい。
あまりにも近すぎる距離に、一歩下がる。すると、少女も合わせて、一歩進んでくる。こんなに近くては、振り向いて逃げることもできない。
嫌な予感が湧いてくる。今、自分は大きな決断を迫られているのかもしれない。
限界まで反った背中が悲鳴を上げている。下がろうにも、バランスが崩れてしまい、足が動かないまでになっていた。
少女は、じっと、こちらを見つめている。自分から、なんとしても良い返事を貰おうとして。
鼻が触れ合いそうな距離。遠ざかろうしても、背中が限界だった。
完全にバランスを失って、後ろに倒れる。
「あっ、待っ……」
それを助けようとする少女が肩を掴み支えようとして、一緒に倒れ込んだ。
背中から思い切り倒れ、さらに少女の重みが胸にきて、息が詰まる。一瞬、意識がトんだ。
下が土で助かった。コンクリートだったら、後頭部直撃で完全に意識を持っていかれたに違いない。
咳き込んだ。肺が空気を欲しがって、懸命に酸素を吸い込んでいく。
鈍い痛みにこらえながら、少女を見た。自分の上に倒れ込んだので、特にケガは無いようだ。むしろ、こちらを見て、
「大丈夫? ねえ、ケガとかしてない?」
と心配してくれるほどだ。
「だ、大丈夫」
まだ呼吸は整わなかったけれど、平気だと伝えた。
「良かった……」
胸にすがりつくようにしながら、少女は安心したらしい。ほっ、とため息を吐いている。
少女を抱いて、倒れ込んでいる自分。うっ、と呻いて、自分の体勢を恥じる。これではまるで、ヒロインを助けたヒーローではないか。
これを誰かに見られたら、間違いなく噂が広がる。平穏な小学校ライフが、無くなってしまう。
すぐさま離れるべきだ。
少女を引っぺがそうとして、肩に手をかけた、その時である。
右から、ものすごい衝撃が来た。弾かれ、意識が刈り取られる。少女の悲鳴と同時に、軽いものが落ちる音がした。
「いけないっ、だいじょ……」
大丈夫、と言ってもらう前に、視界が暗くなって、意識が無くなった。
数十分後、保健室で目覚めた自分を、少女は泣きながら抱きしめてきた。
先生がいる。ボールを持った下級生がいる。明らかに言い訳できない雰囲気がある。
もう、どうしようもなかった。
観念して、保健室のベッドに倒れる。
明日から、どうやって過ごしたものか。
考えることを放棄して、今度は自分の意志で、目を閉じた。
そして翌朝、
「おはようございますっ!」
満面の笑顔で迎えに来た少女を見て、穏やかな日常はもう来ないのだと、確信しなければならなかった。
完結設定にはしますが、練習はまだまだ続きます。
次のお題からは、短編として登録し直します。




