【短編】 桜の咲く、あの日に。
桜を見るたび 私は思う。
「ずっと散らなきゃいいのになぁ」
だってその方が 綺麗でしょ?
けれどそれは 叶わぬ願いで
散ってく姿も 綺麗だよって
君が私に 教えてくれた。
咲いては散り、咲いては散る。
毎年それの 繰り返し。
なんで桜は 毎年咲くの?
私は君に 問うてみた。
咲きたいからかな、なんて言って
私の問いに 笑う君。
咲いては散り、咲いては散る。
ただただそれの 繰り返し。
その行いに 意味はある?
私は君に 問うてみた。
あるんじゃないかな、なんて言って、
私の問いに 笑う君。
そして今年も 桜が咲く。
どうして桜は 綺麗なの?
私は君に問うてみた。
だけど答は 返ってこなくて
笑い声さえ 聞こえなくて
そうだった かつて昔の隣の君は
私の隣に 居ないのだ。
桜を見るたび 私は思う。
「ずっと散らなきゃいいのになぁ」
だって桜は君と私の 思い出だから。
桜を前に 私は叫ぶ。
遥か遠くの 会えない君へ。
さよなら、君。
さよなら、私。
さよなら…。
そして今年も 桜が散る。
* * *
「ずっと散らなきゃいいのになぁ」
私は、目の前に佇む綺麗な桃色を見ながら、呟いた。
本当に、もっとずっと咲いていてほしい。
こんなに綺麗なのに、春が終わったら寂しい枝に戻ってしまうなんて。
「でも、ずっと咲いてたら、春って感じなくなっちゃうよ」
隣から聞こえる、透き通った綺麗な声。
隣に居るのは、サキ。
彼女の、緩く結んだ2つ結びが、ふわっと揺れた。
サキと私の視線の先には、公園らしからぬ立派な桜の木がある。
なんでこんな所にこんな桜があるのかよく分からないけれど、綺麗だから私も結構気に入っていて。毎年サキとお花見だ。
ここは、かなり田舎。
少し行けばスーパーはあるのに、まるで世界が違うようにここは田圃しかない。別にここで生まれ育った私にしたら、これが当たり前だしなんとも思わないけど。
あ、でも、田圃? の上に置いてあるあの白い袋、あれが毎日鳥に見えてしょうがないんだ。ホラっ、あそこに鳥が…なんて、何度思ったことか。
田舎といったら訛りが強いように思えてしまうけれど、私は訛らない。母さんも父さんも都会の出身だから訛らないし、おばあちゃんはまぁ、訛るけどそんなに強いわけではないから、
もちろん、喋ろうと思えば方言も喋れるし伝わるけど。
見てごらんなせぃ、サキともちゃんと。
「黎ちゃんはさ」
サキが私を呼んだ。
風が吹いて、薄ピンクの花びらがヒラヒラ舞う。
「黎ちゃんは、桜が散るの…好きじゃない?」
不安気な言い方で、私に聞く。
・・・え”。
その質問、去年もしなかったっけ…なんて思うけど、この子にそんなこと言っても無駄だね。
私より断然頭は良いのに、忘れっぽくて。
忘れっぽい…なら、出会った時のことも、忘れちゃったのかな?なんて思うとちょっと寂しい、なんて。私は、覚えてるのにね。
昨日のことみたいに、覚えているのに。
「うん…嫌いじゃないけど、咲いてる方が好き、かな?」
「…そっかぁ」
「サキは?」
そう問いながら、答は知ってる。
だって去年も聞いたもん。
ほら、いつになく明るい声で、
「うん!私は散ってく桜、好きだよ!」
って…やっぱ去年と変わってない!!
「そうだねぇ。じゃあ、来年からは枯れたときに見に来ようか?」
枯れた桜のお花見なんてしないだろ普通。
これだって、半笑いに言っただけだよ?
なのに、やっぱり。
「でも、その時期に来れるかな~」
って。
このバカ真面目さん。
サキには冗談が通じないんだ。
「ま、時期が合ったらだね」
枯れた桜のお花見・・・。
まぁ、それはそれで、楽しみかもしれない。
サキと一緒にいられれば、充分だ。
このとき、私は知らなかったんだ。
サキとの来年なんて、ないことを…。
* * *
サキと黎の出会い。
それは、ただの偶然であり、素晴らしい運命だった。
* * *
ここは公園。
周りは田圃。
そして目の前には、誇らしく花を咲かす桜の木。
「・・・ねぇ」
風に紛れて聞こえにくいけれど、声がした。
小学校中学年くらいだろうか。年の近そうな少女が2人、桜の前に立っていた。
ポニーテールの女の子が、話しかけている。
「1人?」
こくりと頷いた、緩い2つ結びの少女。
「黎も1人」
そう言って、ほほえんだ。
ポニーテールの少女の名前は、黎。
彼女の髪の毛には、1枚桜の花びらが乗っている。
「桜見に来たの?」
黎が真っすぐ見つめ、口を開いた。
彼女の問いに、サキは同じように頷く。
そして、また黎が問う。
「お名前は?」
「・・・サキ」
サキ、と名乗った少女は、黎と対照的な小さい声で答えた。
透き通った、綺麗な声。
けれど、黎からの反応はない。
車の通る音に紛れて、聞こえなかったのだろうか、首を傾けたまサキを見つめている。
「桜、綺麗だね」
サキが、続けて言った。
名前を言い直すことはなかったから、聞こえなかったことに気付いていないのかもしれない。
けれど風音も静まったり、今度はきちんと黎に届いた。
「だよね! 黎も毎年見にくるんだぁ」
「えっいーなー。サキはこの桜初めて」
ふふっと笑った。2人とも、頬を桜色に染めている。
黎はサキの名を知り、サキ、と呟いた。
自分にさえ、聞こえない声でだけれど。
「サキはこの近所?」
錆びかけのブランコへ歩みながら、黎が言った。
遠くを見て、答える。
「ううん、もっと遠く。あっちの方」
「えっ、1人で来たの?」
「お母さんと2人だよ。お母さんは今仕事だから、桜見に行っていいよって」
そういって、サキはふわっと笑った。
「サキ、何年生?」
「4年生」
「あっ黎も4年生だから、同い年だっ」
4本の指で4を示し、にぃっと目を細めた。
2人の話し声と笑い声が、少しずつ空に届いてくる。
決して大きな声ではないものの、桜の見守る場所で、適度な温度の会話が心地よい。
鐘が鳴り響いた。
見知らぬ音に、サキが肩を震わせる。
「わっ3時だ。サキ帰らなきゃなんだ」
「そうなの?」
「うん。お母さんの仕事が終わるから」
ブランコからぴょんと降りる。
公園にある無駄に大きい時計の針が、午後3時を指していた。
「ホントだ、3時。黎もかーえろう」
サキよりも元気に、黎も飛び降りた。
公園の出口へ向かう。
細すぎず広すぎずな感じの、入り口。
「またね」
声を合わせて言って笑って、手を振った。
別れだ。
お互い反対の方向に帰ろうとしたけれど、何か、重たいものが後ろ髪を引いて。
入り口から離れられない。
「ねぇサキ、」
黎が言った。
「明日も、来れる?」
「…!」
瞳の、輝く音がした。
「うん! 来る!」
サキが、今日一番の笑顔と声で言った。
ちゃんと、黎に伝わるように。
「また明日ね、サキ!!」
笑う。
風が鳴った。柔らかく、暖かい風。
「またね、黎ちゃん!」
そう言って、サキと黎は反対方向に歩いて帰って行くのだった。
「・・・友達が、できた」
2人は気付かぬうちに、独り言で、同じ言葉を発していた。
背を向けながら、歩きながら。
サキは黎の、黎はサキの、互いに最初の友達であったのだ。
* * *
「サキー!」
「あっ、黎ちゃん!」
今日も、2人はこの公園で。
時間を決めていたわけではないけれど、会うことができた。何かの運命? なんて、マンガの世界みたいな。でも、そう思えなくもないのも不思議。
「時間、決めるの忘れちゃったね」
「そだね」
「ごめんね、明日はちゃんと時間決めよね」
風は吹かない。桜も散らない。
昨日のように花びらが舞うことはないけれど、地面は、桃色の絨毯だ。
もう、終わりに近いのかもしれない。
寂しいけど、物事の全てはいつか必ず終わりが来るって、ママが言ってたから。
2人は喋る。
今日もまた、色の禿げたブランコに座って。
椅子の代わりだけど、さすがにこの冷たいきぃきぃ音が耳につく。
昨日よりも、ちょっとうるさくなった? 気のせいかな。
話す。
昨日みたいに、他愛ない話を。
「あ…あのねっ」
「ん?」
風になびく自分の髪に触れながら、サキの方に顔を向けた。
真剣そうな瞳で、黎を見ている。
「サキ、明日帰るんだ」
「・・・・・・え?」
「お母さんの仕事が終わるから、明日ホントの家に帰らなきゃ。次来れるのはきっと、」
——来年の春。
サキは俯いて、伝えた。
黎は、口を開かない。
目をまんまるくし、驚いた表情を隠せずにいる。
「ごめんね、黎ちゃん。せっかく、お友達になってくれたのに・・・」
目から水分が、今にも零れ落ちそうだ。とぎれとぎれの言葉を、紡ぐ。
「……ううん、それはしょうがないよ」
黎も、ゆっくり言葉にする。
怒ってなんか、いない。
寂しそうではあるけれど、きちんとほほえんでいる。
「サキは悪くないよ、家の事情だもんね」
「黎ちゃん・・・」
「今日はいるんだよね?なら、いっぱい話そ!」
最初のときのように、黎はにこっと笑った。
「・・・うん!」
語らう、語らう。
風が吹かない今日は、2人の声をどこにも持っていかず、ずっとそこに見えない空気の塊として残っていた。
言葉が、トーンが、そのときの気持ちが、耳と体に染みついて消えないように。
どうでもいいことを話すけど、どうでも時間なんかじゃない。
学校の授業みたいに、ためになることを話してなんかない。
けど、なにかきっと大切なんだ。
思ったことを素直に言って、笑う。
「友達」の会話ってものは、こんなに、楽しんだと噛み締めながら。
時間はあっという間に過ぎる。時なんてものは残酷で、流れるように過ぎ去って、楽しいお話の時間から、2人を現実に引っ張り戻していた。
4時を知らせる鐘が、なった。
昨日と変わらない音なのに、今日はなぜか、シンセサイザ風に聞こえた。
「4時だ。4時までには帰って来なさいって、お母さんに言われてるんだ」
「あー、黎も」
昨日も見た、ここの時計。
またお世話になった。
そして、また私たちを切り裂いた。
ああ、まただ。お前は私とサキの時間を奪うんだ。…なんて、時計は悪くないんだけど、思っちゃうんだよ。
こんなんだから、ダメなんだよ。
ふぅ、と一息ついて息を吸って。
「また来年、来てくれるんだよね?」
「もちろん!きっと…ううん、絶対来るよ」
2人は公園の出口で、ほほえみながら、手を取って。
「じゃあ、またね、来年、この公園で!」
「うんっ絶対ね!」
そんな声をかけて。
なんだか泣きたい気持ちを押さえ込んで、2人は大きく手を振った。笑って、笑って。
出会って2日目。それでも2人は、学校の友達なんかよりも深くお互いを知っていた。
自分のこと、家族のこと、学校のこと何もかも、今の間に話していた。
それについては「最初の友達だから」としか、思っていなかったかもしれない。
でもきっと何か、目には見えない繋がりがあるんだろう。
2人が出会ったのはただの偶然ではない。
素晴らしい運命だったのだ。
* * *
私は、小さい頃から人と話すのが苦手だった。
名前を聞かれても答えられなくて、全部お母さんに任せきりだった。
お父さんはそんな私を見て、情けないとか惨めだとか、思ったのかもしれない。
議員を仕事とするお父さんからしたら、確かに私の存在は、見ていて変だった。
お父さんに、自分の子供だと認識してもらえていないと感じることも、幼い頃の感覚だけど何度もあった。
名前でなんて、「サキ」なんて呼んでもらえない。
お父さんは私に冷たくあたって、そのことがきっかけで、お母さんと別れてしまったのかもしれない。
そうだ、いつか聞いたお母さんとお父さんの口喧嘩。
いや、口だけじゃなかった、お父さんはお母さんに怪我をさせたこともあったと思う。
そんなにお父さんは私が嫌いだったの?
私を大事にしてくれるお母さんも嫌いだったの?
私が嫌いなら、私を殴ればいいじゃんか。
なんでお母さんなの?
ねぇ、私には分からないよ…。
あのとき、私は泣いているお母さんに代わって、お父さんに何か言いたかったけれど、私にはそんな勇気はなくって。
お母さんは、私のせいで起きるお父さんの暴力が嫌で別れた。
私の頭の中でできた、証言は含まれない不確かな物語だけど、これしか私には思いつかなくて。
というか、これ以外ないと思うから、ほぼ確信だよ。
私のせいでお母さんは今もあんなに苦労しているし、私のせいでお父さんを不快にさせてしまった。
だから私は、変わらなきゃ、って、思った。
変わらなきゃ、変わらなきゃ・・・。
そんなとき、お母さんの仕事の関係上で、ここに連れてこられた。
小4の春、桜の季節。
都会あたりに生まれ育った私にしたらあまりにも田舎なので、ちょっとわくわくした。
可笑しい…かな?
公園に遊びに行ったら、誰もいない。
すごく静かな公園。
私が住んでいるところとは全然違くて、ちょっとびっくりしたなぁ。
風と、遠くを走る車の音しかしない。
あっあと、鳥の鳴き声も聞こえたかな。
けど突然、足音がして。
最初は、恐怖。
誰か来る、誰か来る・・・。
なんて思っていると、風に紛れて、声がした。
女の子の、どっちかというと低めな声。
私に、かな?
緊張したけど、思い切って振り返ってみた。
そして、そこに立ってたのが、黎れいちゃん。
苗字なんて知らないけれど、私の最初で最後の友達だと思われる女の子。
この子の前でなら、私はちゃんと喋れるんだ。
なんでかな? なんでもいいや。
もっと喋りたいなぁって。
早く来年の春にならないかなぁ…。
* * *
私には、友達がいない。
小学校の頃からずっと、いない。
まぁこんな田舎なところだから、もともと子供の人数は多くはないけど、まずきちんと笑って話せるような人もいないんだ。
浮かべられても、上面だけの愛想笑い程度で。
感情を表に出さないわけじゃない。
ただ、表に出すような感情を作らないっていうか。
そもそも、名前すら覚えてもらえてない気が…。
「黎れい」なんて呼ばれたこと、数える程しかないって。
なんだか、私に人が近寄りにくいのか、私が嫌われているからか、分からないけど本当に友達がいないんだ。
別に虐いじめられているわけでもないから、特に苦痛ではないと思ってもいる。
学校でボッチなのは、もうホント慣れっこだし。
それに、家族がいる。父さんと母さんは、俺を気にかけてくれる優しい人だし、ばあちゃんも若干ぼけてて面白い。
4人で囲う食卓はすごく楽しくて、学校の話題なんてなくたって話はいくらでも続くから。
「将来都会に行ったら、お友達いっぱい出来るよ」って。
都会出身の両親は言う。
私も、昔は友達を多く作ろって頑張ったけど、今はその言葉を信じて諦めた。
だっていつかはきっと、ここを出ていくから。
そんなとき、なんとなく公園に行ってみようと思った。
本当にただ、思い立っただけ。
そしたら、知らない女の子が1人、桜の前に立っていた。
歳が近そうで、話しかけなきゃって、なんだか思った。
だから、ちょっと緊張したけど声をかけてみたんだ。
そう、その子が最初の友達のサキ。
緩い2つ結びの女の子。
私は、サキに出会って思ってしまった。
サキと毎年会うたび、何かを話すたび——友達ってこんな良いものなんだ、って。
思ってしまった。
サキと話すのは変に力が入らない。
学校の人とは全然話せないんだけどな…。
なんでかな? なんでもいいや。
もっと喋りたいなぁって。
あぁ、早く来年の春にならないかなぁ…。
* * *
最後にサキに会ったのは、中1。
その年を最後に、サキはここに現れなくなってしまった。
桜が咲いても、枯れても、なんでも。
ここにはもう、来てくれなかった。
* * *
今日、私はずっとサキを待っている。
公園に置かれた椅子に座って、何時間も、何時間も。
ふだん私がここに来ようと思うのは、サキの気配みたいなものが感じるからだ。
行けば、会える。
そのくらい、私とサキは見えない絆で繋がっていたはずなのに、ここ数年、めっきり気配がしない。
何年だろう。今私は高3だから…、5年?
絶対おかしいって。
なにか、あったのかな……。
でも、私がここにいればサキが来るんじゃないかって。
根拠もない考えで、とぼとぼやってきた。
「そういえば、この椅子、最初の頃はなかったよねぇ」
子供じみた黄色いプラスチックの長いすに座って、私は呟いた。
何か言えば、サキがそこに現れて、「そうだね」とかなんとか、言ってくれるかもしれないって思ったから。
だって、いつもそうだったじゃん。
いつか昔は、「何で桜って毎年ちゃんと咲くんだろ」って言ったら、「咲きたいからかな?」なんて悪戯に、返事くれたじゃないか。
いつか昔は、「咲いて散って、面倒臭くないのかな」って言ったら、「それがないと桜じゃない気がする」なんて、なんだか真面目に返事くれたじゃないか。
———いくら待っても、サキの声は聴こえなかった。
燃え尽きそうな夕日が見える。
もう、帰らないとだ。
今日も私はサキに、唯一の友達に、
———会えなかった。
春休みの間はずっと待った。
あの子を。
サキを。
でも、現れないんだ。
桜が散っても、来てくれないよ。
もう今年が最後なのに。
大学は他の県に行くから、今年が最後なのに・・・。
会えたら、連絡先を交換しようと思った。一緒に写真を撮りたいと思った。
最後に会ったときは、携帯なんて持ってなかったから。この間スマホ買ってもらったから、さ。
そうすれば、ずっとメールで喋ってられるし。会いたいときに会えるし、電話もできるし。
「・・・枯れたときに、来るっていったじゃん、この前、」
ねぇ、何で来ないの、サキ。
毎年来るって、また来年って・・・。
「・・・・・・桜って、どうしてあんなに綺麗なんだろうねぇ」
笑ってよ、笑い声。
真面目な返事でも構わないから。
私の問いに、答えてよ。
風の音がする。車の音がする。鳥の鳴き声も聞こえる。でも。君の声は聞こえない。それは、なぜだろう。理由、もしかして、キミはもう―。
「桜、ずっと散らなきゃいいのになぁ!」
この公園に、私の声が妙に響いた。
次の瞬間、私の声を、風がどこか遠くに運んで行った。
花びらが私の手に乗る。桜が散る。
「サヨナラ」
私の思い出はこの花びらと一緒に、どこかに飛んで行ってしまうんだ——
* * *
名札には、柳下黎と書かれている。
植物関係の、仕事。
「柳下さん」と、隣から声がする。
透き通った綺麗な声。
「よろしくお願いします」
その方の名札には、萩原紗希という名前が書いてあった。