2分間の邂逅
「暑い……」
首に巻いたタオルは、汗をぬぐう為のものだが、すでに吸収飽和を起こしており、汗をぬぐっているのか、汗を押し付けいるのかわからない。
今日も気温は三十五度を越えている。亜熱帯化していると聞くことがあるが、そうだろうと学のない俺でも理解させれた。
ガテン系の現場作業員な俺は、頭ではなく、文字通りの身体で今も学習中だった。
「よっこらしょ」
おっさん臭い。いや、おっさんか俺は。
午前の作業は一応の形になった。後は12時を待って正式な休憩時間を迎えるだけだ。手近にあって廃棄資材に腰を下ろして、腕時計の二本の針が円盤の真上で揃うのをじっと見詰めて待つ。
後、呼吸を五十回も繰り返せば時間だろう。
「さすがにか」
腕時計越しに、道路に張り付く虫がいることを不意に認識した。
死骸だ。
大きさは、並ぶように見える俺の親指より随分と大きい。潰される事無く、そのままの形だった。油を塗ったような独特の光沢がある背は、今動きだしてもおかしくないように見えた。
生命力には定評があるこいつでも、死を跳ね除けることは出来なかったようだ。
「こうは――」
なんとなく突いた言葉は続かなかった。
急にこう思ったからだ。
――今のオレと、今のコレは何が違うんだ――
俺は人間。これはゴキブリ。
俺は生きている。これは死んでいる。
俺は服を着て、文化の中にいる。これは、服も無く、知能もない。
出てくるのは、自分が格上の存在であることばかりだ。一つも劣るところは出てこない。
それなのに、この惨めな死骸と、今の自分の違いがわからない。
じっと見詰める。
じっと見詰めすぎた性か、この死骸が動きだして俺の口の中に、喉に、入り込んでくる妄想を覚えた。
不快だ。
襲われた妄想にではない。
俺がコレと同じか、それよりも劣る存在なのかもしれないと、考えたことがだ。
ありえない。あってはいけない。
この惨めな、無残な、下等なコレより、俺が劣るなんて事が。
不快ではなく、嫌悪。拒絶。
その感情とは別に、俺の理性は今も納得できる違いを見つけられていない。
「休憩だ」
10メートルもない現場内の、遠く彼方から声があがった。
時計の秒針は、揃った二本の針の下を抜けていくところだ。
何も考えず、立ち上がって屋根の下を目指す。
俺は、ソレを踏む潰すことも、ゴミとして片すこともなく、そのままにして昼飯に向った。
結局、そのゴミと俺との確かな違いを見つけることは、出来なかった。