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侍女








そうしてエリーはリーナとしてこの大国で新たな人生を歩んでいた。





「リーナ!もう上がっていいぞ!」


酒場の主人が手を振る。

オレンジの髪に黒のバンダナがトレンドマークの若旦那。ここを代々切り盛りしている家系らしいが、髭面で熊のような大旦那様の実子とは思えない。三十路半ばだというのに若旦那はここらのお嬢さんたちにも人気の男前だった。


「はい!お疲れ様でした!」


エプロンを、さっと脱ぎ一礼して店を後にする。外に出るとそこには最近では当たり前の様になったお迎えがあった。



「ご主人様、お迎えありがとうございます。」

「お疲れ様、リーナ殿」


さ、と馬車に乗り込めばそこにはあの日助けた青年セシルが居た。


「自分で屋敷に帰れますのに…」

「私がしたくてしているのです。気になさらず。」


青年は相変わらず身なりのいい服装に身を包み、リーナに微笑みかける。

今リーナはセシルの屋敷で世話になっていた。とは言っても最初連れて来られた時は恩人として迎え入れられたため、セシルの敬語は取れることはない。


セシルはバーム国の騎士の副団長様だった。

隣国の遠征先から帰る時に道に迷い、方向音痴が酷い彼はどうやったのか全く関係のないエリーたちの国でずっと彷徨っていたらしい。

食料もなく、水にも行き当たらず、そんな時やっと水の音が聞こえ、川を求めて彷徨っていた所後光の差した女神がパンと水を与えてくれたのだ、と言いふらすものだからリーナはこの国の騎士の間では立派に女神として知れ渡っていた。



懐いてくるセシルを邪険にも出来ず、セシルの屋敷を出るタイミングを伺っていたが、そのことがセシルにバレ、泣きながら引き止められた。

そして彼に“あの話”をしたのは、確かこの国に着いて僅か二日目のことだった。















「あの、言いにくいんですが、私、その、大きな声では申せませんが訳ありの身分でこちらに来ているので、働かないと生きていけませんし、ここを出なければ…」


この人が泣くのを見るのは二度目だ、と思いながらエリーはセシルに言い聞かせるように語りかけた。

それでもセシルは首を振りダメの一点張り。



「わ、私が力を貸します!…貴方様の助けになるよう最大限努力するとお約束します。お願いです…」


なんでもしますから!と言わんばかりにエリーの手を握り、縋るように懇願するセシルにエリーは自分の姿を重ねた。


(私も旦那様にいつかこんな風に縋る日が来てたのかしら…)

状況は全く違うけれど、行かないで、と縋るセシルはまるで自分だ、とエリーは知らず知らずのうちに自分の身にあった話をぽつぽつと語り始めた。








話終わる頃、セシルは先ほどとはまた違う涙を浮かべていた。

気がつけばエリーの隣に座り、手は握ったままだった。



「お辛かったことでしょう。」


セシルはそう言って俯いた。


「貴方様をお連れしたい所がございます!」


ぐいっと乱暴に袖で目元を拭い、彼は立ち上がった。

どこへ、と聞くことも出来ずにエリーは馬車に放り込まれた。







ついたのは病院だった。

前いた国とは比べ物にならないほど大きく立派な病院。

総合病院であるらしいのだが、少子化問題のバーム国は産婦人科に強く、エリーのように不妊と言われた者でも子を産める手立てがないかを調べるためであった。

この国の技術ならばエリーだって子を産めるかもしれない。セシルはなんとなくそう思った。

病院に着き、若干暗い顔をする諦め顔なエリーを連れて、最初の基本検査が行われる。

そこからまた詳しく検査を重ねるのだ。

検査は外で待っていたセシルも、次第に怯えるエリーを見かねて結果は二人で聞きに行った。





「不妊のため、新規治療を調べたいとのことでしたが…」




医師はやけに険しい顔でカルテを見つめ、ズレた眼鏡をくいっとあげた。





「貴方の身体には“なんの異常”も見られません。」






なにを、と呟いたのはセシルだったかエリーだったのか。

彼らは医師の言葉に耳を疑った。


「エリーさんでしたかな、貴方は普通に妊娠が望めますよ。良かったですね。」


ほっとしたように初めて笑みを見せる医師と裏腹に、エリーの顔は驚くほど青い。

妊娠する体ならば、何故今まで妊娠しなかったのか。それは次の医師の言葉で明らかとなった。


「これは血液検査でわかったんですが、ずっとお薬を飲まれていたのでは?生理が早く来たり避妊で使われるもののようですが、もう使わない方が良いですよ。」


それでは、と退出を促され外に出る。

エリーの頭は真っ白だった。

隣で支えるセシルも無言のままだった。

妊娠の可能性があるのならエリーはルイスの所に戻れるのでは、とも考えての受診だった。

愛し合っているのなら子供さえいれば第二夫人など必要ない。

しかし、そうじゃなかった。




「薬を、知らなかった…」




エリーは帰りの馬車で力なく呟いた。

ルイスがやっていたとは考えにくかった。

ルイスは誰よりもエリーの子供を望んでいたのだから。

だったら誰が、というのは薄々気づいていた。




「私、侍女たちに好かれていないのはわかっていたの…彼女たちがシャーリーを好きだったことも知ってたの…そっか、そうよね…そりゃ子供だって出来ないはずよね…」



窓の外を見ながら彼女は初めて涙を流した。

何に対してなのかはセシルは聞けなかった。

旦那さんが恋しくて?もしかしていたかも知れない子供に対して?セシルはただ黙って手を握っていた。










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