元妻
(ロリーの手紙…一体どうしたんだろう…)
私はうすぼんやりと光る天井の明かりを見ながらそんなことを思った。
セシルと別れて駆け足で三階のバルコニーに向かっていた私は同じく三階の、しかしバルコニーからは手前の部屋で口元を塞がれ部屋へと連れ込まれた。
だれ、なんて考えるまでもない。
「こんばんは。」
「美しいドレスだ、似合っているよ。俺の贈った物じゃないというのが心底気にくわないけれどね。」
連れ込まれるやベッドに放り出され覆い被さられる。しかし色気のある雰囲気が些かもない。
控えめの小ぶりなシャンデリアがうっすらと明かりを灯している。
装飾品の感じからして客間か、しかしその広さ的には侍女の控え室といったところだろうか。
「驚かないんだな。こんな状況だというのに…」
「貴方の顔は見慣れておりますから。」
内心はそんな余裕などない。しかしあの三年間、いやもっとそれ以上に見つめ続けた顔がそこにあるだけのこと。
「何故いなくなった…」
ふいにルイスが言った。
私はルイスを見る。
なんとも言えない表情だ。
苦しいような、悔しいような、それでいて怨むような気持ちが不思議と感じられなかった。
「今更そんなことを聞きたいの?手紙読んでないの?…なら言ってあげる。最初は納得したつもり…でもダメだった。嫌だったの…屋敷を飛び出すぐらいにはね。それだけのことよ?」
「嫌」という言葉にルイスの顔がさらに歪む。何がとは言わない。
整った顔だちが歪むのは心苦しいが私は言わねばならないことがたくさんある。
「でも、仕方ないことだったってちゃんとわかってたの。貴方は当主として正しい選択を出来たのよ。」
「やめてくれ…」
「私と結婚したこと自体おかしなことだったから当然だわ。使用人たちの態度も貴方の目を覚まさせるために必死だったのよね。きっと、私でもそうするわ。」
「そんなことを…そんなことを聞きたいんじゃないッ!!」
ベッドに縫い付けられた腕に力が篭る。
私は落ち着き払った声で言う。
「旦那様に子供が出来たと聞きました。」
体勢的には優位に立っているはずのルイスは弾かれたように目を見開きそして逸らした。
「おめでとうございます。」
彼の表情を見る。ああ、どうやら彼を怒らせたらしい。部屋に入ってから今まで、私はずっと微笑んでいた。今もにこりと微笑んでいるのに彼は笑ってくれない。
するりと腕の拘束が解かれる。
「やめてくれ…俺が悪かったんだ…あんな手紙嘘なんだろう?君を守れもせず、当主としての務めを投げ出すこともできなかった…」
「否定はしません。でも旦那様にとってあの領地や国がなにより大切なことはわかっています。だから貴方は間違っていない。子供の出来ない女を守っていい立場ではないんです。」
「…私は…本当に君のことを!!」
パンッと乾いた音が部屋に響く。
それはそうだ、私がルイスを叩いたのだもの。
「貴方の夢はあの領地を正しい領主として守ること…そして貴方だけの家族を作ること。シャーリー様のお腹の中には貴方の子供がいて、シャーリー様は貴方を心の底から愛している。」
私はルイスの胸を押してどかせる、抵抗はない。
体を起こしベッドから立ち上がる。
「シャーリー様のお腹の子は次期当主となるでしょう。そんな大事な”貴方の家族”が妾腹の子呼ばわりされないうちに、さっさとシャーリー様を正妻にするのが!!貴方がするべきことでしょう!?」
冷たい涙が頬を伝う。
いつの間にか泣いていたらしい。
ぐっと腹に力をいれ、乱暴に袖で涙をぬぐった。
「シャーリー様をつれてきたからには最初からこうなることはわかっていたはずです…私にいろいろ目をかけて下さったこと生涯忘れはしません…」
私はドアの前に立つ。もしもの時に退路を断たれないようにと用心したつもりだ。
「今、この国に来れて私は幸せです。」
もう少し、もう少しで終わる。
「でも、未だに私を追ってくるなんて貴方は本当に愚か者です。」
ルイスのこれからに私がこれ以上影を落とすわけにはいかない。
「貴方を裏切ってたのが私だって知らないの?」
私はくすりと笑った。




