悪女
夢は、いつかは終わる。
いくら足掻こうと夜は朝になるように。
パーティも終盤。
踊り疲れたリーナとセシルは休憩のために備えられたスペースで休んでいた。
隣はバーカウンターなために今日二杯目となる飲み物をセシルが取りに行った。
注文を済ませ、カウンターに持たれながら待つそのふとした瞬間にセシルは垣間見た。
三階の個室バルコニーからリーナに視線を送る男の姿。
仮面をしているのに何故そう感じたのか。
その男は視線を外さなかった。
今、休憩所にいるのはリーナだけ。
バーカウンターの椅子にもちらほらと客が見える程度なためわかったのかも知れない。
気にしすぎか、と思うのに嫌な予感がしてならなかった。リーナを見ると踊る人々を見ているらしい。セシルの視線に気がついて目が合う。
安心するかのようにセシルに微笑みかけるリーナが、次の瞬間に表情が一変した。
「…?」
何かあるのかと振り向くと壁際に女が侍女を一人従え立っていた。
仮面はしているもののその服は明らかに周りの者と作りが違う。
腹を締め付けないようにデザインされた柔らかな生地のドレス。
妊婦だと一目でわかった。
侍女は仮面をつけない。
会場の給仕たちは皆揃いの仮面をつける決まりがある。しかしその侍女はなにもつけずに身重の女と同じようにじっとこちらを見据えている。
妊婦の女は微笑むでも不快げにするでもなく視線を逸らし立ち去って行った。
壁際奥にある階段にその姿は消える。
リーナの様子や、こちらを見ていた妊婦、もしかしなくともそうだろう。セシルは直感的に思った。
リーナに視線を戻せば今は人のいなくなった階段をじっと見つめている。
(やはり…)
セシルは先ほどのバルコニーに視線を戻した。あの男はいない。
けれども検討はつく。
同じ仮面だった。
それが偶然とはとてもではないが考えられない。ならば行き着くのは簡単なこと。
(あれがリーナの…)
無意識のうちに拳を握りしめる。
離婚は済んでいるとはいえなんとも言えない気持ちがせり上がってくる。
一先ず注がれたばかりのカクテルを持ちリーナの元へ戻った。
「誰かいたのかい?」
まだ階段の辺りに目をやっているリーナに言った。自分でも白々しいとは思う。
遠回しに聞くことになんの意味もない。
机に置いたカクテルを彼女の前に差し出した。
「シャーリー様が…」
うわ言のようにリーナが言った。
やっとこちらへ視線を向け、ハッとしたようにカクテルの礼を言うがまだ混乱している様子だった。
「あれがシャーリー殿なんだね。」
「あ、そうか。セシルは直接会ってないものね…といっても私もまともに会ったのはこの前の一度きりだけど…たぶんシャーリー様だわ。」
「ルイス殿だっけ?その方も見た?」
「いいえ、見てないわ。ロリーが手紙を書いてくれたけれどそれに頼んだ日時は来週より後の予定だから他はよくわからないけれど…きっと、来てるわね。」
「話し合いをする前に君が拐われてしまわないかが心配なんだ。」
セシルがそっとリーナの手に自分の手を重ねる。リーナは可笑しそうに笑った。
「ふふ、こんなに人がいるんですもの、大丈夫よ!」
「シャーリー殿には戻るなと言われ、ルイス殿には探され…どうしろと言うんだろうね…」
「そうね…でも、もう言うことは決めているから、不思議と前ほど怖くないの。」
「その内容…聞かせてはもらえないよね?」
セシルは少し不安げにリーナを見つめた。
仮面の奥の目が優しく微笑む。
「そうね。全てが終わったら聞いてもらうかも知れないけれど…今はダメ、かな…。」
「ちゃんと待ってる…」
「…うん。」
しばし見つめ合い、リーナは立ち上がった。
「そろそろ帰りましょうか。」
「そうだね。」
くいっとカクテルを飲み干しいたずらっ子のようにリーナはにやりと笑った。
セシルの腕をとりぎゅっと掴んでぴたりと寄り添う。
「あ、近っ、いやいい、嬉しいけど…!」
今まで大人な対応だったセシルだが、咄嗟のアタックにたじたじになるのだった。
(ごめんね、セシル)
リーナは心の中で謝った。
(反対されそうだから今は言えないなんて、)
リーナはちらりと三階を見やる。
(そんなの言えないや)
そしてまたセシルに微笑みかけた。




