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華女







その日は朝からおかしな空気だと思っていた。



明日は感謝祭本番だと聞かされていたのは昨日のこと。その前から街の中はそわそわがやがやした空気に溢れていたけれど、その空気がその日の朝は屋敷の中にそっくりそのまま漂っていた。





「明日は貴方はお休みよ。だけど屋敷からは出ないでね。」



侍女長がそう言ったのも昨日の夜のこと。
























「え、あの、セシル様、これは…」

「さぁさ、リーナ様、殿方には殿方の準備もございますからね、はやく着替えて!着替えて!時間がありませんよ!」



侍女長がパンパン、と手を叩いてリーナを衣装部屋に追いこむ。

あの、とまだ何か言いたげなリーナを知ってか知らずか、閉じられていく扉の向こうでセシルがにこやかに手を振っているのが見えた。

そして振り返れば衣装部屋にはリリーをはじめ侍女仲間たちが各々の道具を持って待ち構えていた。





一時間後





「おぉ…」




鏡の前の自分を見てリーナは戸惑いを隠せない。

肌触りの良い薄い藍色のドレスは胸元は適度に開き、襟や裾、袖などにはキラキラとした白金色の刺繍が細かく入っている。

首に掛けられたネックレスについている宝石はドレスよりもはるかに濃い藍色をしていた。

イヤリングはもちろん、白銀に輝く髪飾りにもワンポイントとして同じ宝石があしらわれている。

髪はあまり長いとは言えないため、軽くまかれて片側に流す程度だが、うなじが強調され装飾品がよく映えた。



化粧は薄すぎず濃すぎず。

目じりのアイラインはしっかり入れられているがシャドウや頬紅は優しい桃色。口紅も内側は紅く、外側は淡くとグラデーションになっていて自分で言うのもなんだが、可愛らしい。

仕上げ!とばかりにパフをもったリリー登場し、ぽふぽふと丁寧におしろいを施す。その姿が得意満面でリーナは笑ってしまうのをこらえるのが大変だった。





「で、これは一体?」




ひと段落し満足気な仲間たちに話しかける。




「感謝祭の舞踏会にセシル様のパートナーとして行っていただきます。」


侍女長はしてやったり顔で言う。

他の侍女たちもうんうん、と頷きリリーはリーナの足元でくるりとダンスを踊るようにまわって見せた。


「感謝…祭…確かに今日は感謝祭だと聞きましたが、そ、そんなの聞いてません!…けど、いや…ドレスの時点で気がつくべきですよね…何かしらのパーティだって…」

「そうそう。まぁ貴方は今年が初めての感謝祭だもの、仕方ないわ。サプライズだったし!」

「セシル様、毎年舞踏会は断って警備の仕事ばかりしてたのに今年は突然行くだなんて言い出したのよ。」

「そのドレスもみんなセシル様が選んだりあつらえたりなさったのよ?」



きゃっきゃとはしゃぐ仲間たちはみんなにやにや。

いや、ちょ、うん…セシルが私にって嬉しいけど!!


頬紅などいらなかったかなぐらい照れるリーナはその後も散々からかわれていた。









________________












「行こうか。」

「は、はい…」



差し出された手に手を重ねる。

たったそれだけの瞬間も緊張してしまう。

今夜のセシルは何故かいつもの何倍も輝いて見えてしまう。軍関係者なだけ正装もそれに見合ったものなのだろう、輝かしい勲章がいくつもその胸に並んでいて、改めてセシルはすごい人物なのだと実感した。色合いは紺地に白の差し色が入ったシックなものでリーナのドレスはそれに合わせるために作られたのではと思うほどだった。

髪は後ろに流し、ただでさえイケメンなのにさらに大人の色気が漂っている。

そんなセシルが頬を軽く染め、頬笑みながら手を差し出すのだ。それに赤面しない女が果たしているのだろうか。



「今夜は挨拶や面倒なこともない感謝祭の舞踏会だから、楽しもうね。」



馬車に乗り込んだセシルが言う。手はエスコートの時から離してはくれていない。

手袋をしているとはいえ、緊張しまくっているのがバレそうだしそもそもパーティ以前にこの状況に緊張するからはやく手を離してほしいのだが、今の彼には言えそうもない雰囲気があった。


(笑顔で「なんで?」で終わりそう…)


今のセシルは散歩に行くと言ってしまった後の犬のようだった。ご機嫌よくもうそれしか目に入っていない。立派な装いなのに尻尾と耳が見えてきそうだ。


(ああぁああ可愛い…って思う私も重傷なんだろうな…)



知らずに手をぎゅっと握り返してしまいセシルが嬉しそうに見つめてくる。

白状してしまえば、今、私は浮かれている。






「あ、そうそう。さっきから気になっていたんだけれど、今日は敬語はなしだよ?仕事じゃないんだからね?」



そう言ったセシルはこともなげに握っている私の手の甲にキスを落とした。



「わ、わかった、!わかったから!もう…心臓に悪い…!」



私はきっと今真っ赤になっているだろう。

いや、これはもうセシルが悪い!心臓に悪いイケメンめ!



「ふふ、あとこれ。」



彼が差し出して来たのは綺麗な装飾が施された目元を覆い隠すような仮面が二つ。

薄い紫色に金縁のそれはお揃いのようだ。



「感謝祭の舞踏会は無礼講だからね。みんな仮面をつけるんだってさ。私も出るのは初めてだからどんな雰囲気かまではわからないけどね。」

「お揃い…」

「人が多いから目印になるでしょ?まぁ、今夜は離れるつもりはないけど」



からかうように顔を覗き込んでくる。

近い、近いっ!!

慌ててセシルを押し返そうとしたが片手は取られているし、反対の手は間に合わず、どうなったかと言えば…






ちゅ




「〜!!!」

「離れちゃダメですよ…?」



どうやら今夜の彼の色気はノンストップらしい。



「……敬語…」

「あ、そうだった。」



にっこりとしたり顔で微笑むセシルに私はそう答えるのが精一杯だった。






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