リリーの大冒険
その日のリリーはいつにも増して早起きだった。
リリーは夜眠るのが早い。
だから朝起きるのも早い。
ちなみに言えば、ご飯を食べるのは遅く、着替えなどの身支度は速い。
ごそごそ
シャキーン!
服を着替え、鏡の前に座り、小さなちいさな手で器用にぴっしりとしたお団子頭をこさえる。
朝ごはんの時間にだってまだまだ早い。
何をしようか、花瓶のお水を変えようかな?
それともお庭の水やり?
でも大人たちはまだ寝ている。
料理番のおじちゃんたちを除いて。
がちゃがちゃやって起こしたくない、と小さな頭で一生懸命考えていたそんな時。
かちゃり
んん?
リリーは静かすぎる屋敷に小さく響く玄関扉の開く音に反応した。
誰かしら?
あれれ?
あの後ろ姿は…。
リーナさま…?
こっそり出て行くリーナを見て静かにテンションが上がるリリー。
リリーはとてとてと、お散歩がてら追いかけることにした。
ついたのは近所の広場。
遊具のある公園もあれば、ちょっとした湖やグラウンドもある憩いの場。
リリーも休日には家族で遊びに来ることだってある。
(こんな朝はやくにリーナさまは何をしているのかしら…?)
リリーは草のかげに隠れながらこそこそとついていった。
そしてそこで見たのは、リーナとおじいさんが真剣そうな空気でおしゃべりをしている場面だった。
うーん、聞こえそうで聞こえない…悩むがこれ以上近づくと見つかりそうでリリーは様子を見るにとどまっていた。
しばらくして、おじいさんがぺこりと丁寧にお辞儀をしたかと思えばリーナが屋敷の方へと戻っていった。
リーナはリリー気がつくことなく通り過ぎていく。リーナが去ったのを確認し、リリーは再びおじいさんに目を向けた。
おじいさんは動かず、じっとリーナを見送っていた。
しかし、いよいよリーナの姿が見えなくなると、おじいさんは背を向けて反対側の道を歩き出そうとしたそんな時だった。
「ロリー様!!」
どこから来たのか、出て来たのはメイドの格好をしたおばさんだった。
リリーは顔見知りのリーナがいないのをいい事に大胆にささっと草場をうつりごそごそと近づいて行く。
(なんだか探偵ごっこみたい!)
わくわくとする気持ちをおさえて辺りをうかがう。
おじいさんは見えないけれど、声が聞こえるほどの位置にこれたリリーは二人の会話に耳をすませた。
「リーナ様がお忘れになったのですが、こちらをロリー様に召し上がっていただくようにと…」
ん?と思い、こっそり見上げた先にあるのはピクニックでよくつかう手提げカゴだった。
「軽食ではありますが、よろしければどうぞ、ともおっしゃっておられました。かごはよろしければそのままお使いください。それでは、失礼致します。」
「そうでしたか、いやお腹が空いていたのでありがたい。どうぞよろしくお伝え下さい。」
おじいさんはにこやかにこたえた。
リリーはカゴから目を移しメイドを見る。
草で見えにくいけれど…
(あのおばさんだあれ?)
全然知らないおばさんだった。
声も知らないしそもそも服だってなんだか違う感じだった。
リーナが言付けたメイドをリリーが知らないなどおかしい。
んん?と考えているとその間にそのメイドは消えていた。
おじいさんがはカゴを見てからきょろきょろと見回す。歩き出したと思ったらどうやらベンチを探していたらしい。
よいせ、と座り込むとおじいさんはカゴに乗せられたハンカチを避け、サンドイッチを取り出した。
(え、あの人うちのお屋敷の人じゃないのに?あのおばさん嘘ついてる!え、でもおじいさんはあれを食べちゃ、え、え…)
あまりにも急な展開に嫌な予感が胸いっぱいにひろがり、気がつけばリリーは草むらから飛び出し、走っていた。
ペーンッ!
リリーはおじいさんの手を叩いた。
突然の奇襲に老人は反応出来ず、持っていたサンドイッチは地に落ちた。具材がばらばらと飛び散り悲惨な姿となっている。
ハッと我に返ったリリーが驚いたように老人ことロリーを見つめる。ロリーも驚いたようにリリーを見つめた。
沈黙する二人の間に小鳥たちがぴぃぴぃと歌いながら降り立ち、落ちたサンドイッチを啄ばんでいた。
「ご、ごめんなさい…ででで、でで、でも知らない人から貰ったものは、食べちゃダメ…」
出てきた時の威勢はどこにいったのか、しゅんしゅんとみるみる小さくなっていくリリー。
驚きながらもロリーはリリーとサンドイッチを交互に見る。
「お嬢ちゃんは、どこの家の子だい?」
ロリーはつとめて優しく聞いてきた。
「わ、私はリーナ様と同じお屋敷でお世話になっている侍女でございます。」
リリーは先ほどの突進娘はどこへやら、サッと姿勢を正し、スカートの裾を摘みぺこりと礼儀正しくお辞儀をした。
「リーナ、様と同じ…?」
「はい。でも…先ほどのサンドイッチを届けた方は私の知らない方でした。あのお屋敷で私が知らない人などおりません。だから、えーっと、」
リリーは丁寧話そうとしたが途中からなんと言っていいか悩み、言いよどんでしまった。
しかし、相手は勘の良いロリー。彼女の言いたいことはその拙い説明で十分だった。
「ふむ、ではこのサンドイッチはリーナ様からの物ではないということだね?」
ロリーがカゴへと目を向ける。
リリーはブンブン頷いた。
「そう!そうなのです!そもそも今食堂は朝ごはんの準備をしていてサンドイッチを作ってる様子なんてなかったんです。」
「そうだったのか、不気味なこともあるもんだ。お嬢ちゃん、助かったよ、ありがとう。」
ロリーが頭を撫でてやるとリリーは嬉しそうに笑った。
「へへ、じゃあ私はそろそろお屋敷に帰らなくちゃ!お仕事があるもの!ふふ、おじいさん、またね!」
照れてるのかぴょんぴょんと跳ねながら颯爽と帰っていく姿をロリーは微笑ましく思い、手を振り見送った。
リリーが見えなくなった頃、ロリーは険しい表情でベンチから立ち上がりサンドイッチの辺りに屈み込んだ。
「あの子が帰ってからで良かった…しかし痙攣を起こしてしまっているな。こりゃ助からん。吐かせてやれれば良かったんだが…いや、小鳥には可哀想なことしてしまった…」
ピクピクとしていた小さな鳥たちはすぐに動かなくなってしまった。
「いよいよ私もルイス様の屋敷には帰れんな。」
つくづくロリーは勘がいい男だった。
サンドイッチも怪しく思い食べるか悩んでいた所だったのだ。
ロリーは散らばったサンドイッチをかき集めカゴへと入れた。
ため息をつきながらも小さな命の恩師に心の中で感謝した。




