願女
シャーリーの話はまるでおとぎ話を聞いているかのような気分になる。
報告はどうやら離婚のことだけらしい。
彼女の中では私の失踪は彼女のことを思い至った美談として成り立っていることだけを理解して終わった。
あまりの解釈の違いに唖然とはしたが、もはや放っておくことにした。
まぁ、ルイスに黙って秘密裏に離婚を成立させているあたり強かには違いない。
「それから、お願いについてです。」
彼女はようやく腹を撫でる手を止めた。
「身を引いて下さったエリー様ならわかっていただけると思うのですが、」
そんな嫌な前置きをひとつ。
やはり彼女は強かだ。
彼女の“お願い”はこの瞬間容易に想像がついた。
「決してこちらに戻ってこないでいただきたいのです。」
彼女の目は真っ直ぐだった。
その横に控えた侍女は睨みつけるように私を見ている。
「エリー様、ルイス様は今しばらく混乱しておいでなのです。ルイス様の部下が連れ戻しに行ったと報告は受けておりますが、ルイス様は父になることに戸惑っておられるのです。子供さえ産まれれば私と子供のことを愛してくださるはずなのです。そうなった時、エリー様の居場所はありません。」
押し付けがましく無さげに話すのは恐らく彼女の得意技なのだろう。まるで私のためにと言わんばかりの口ぶりだ。
先程からメイド長のエリスが膝に置いた両手をぎゅっとキツく握りしめている。なにかしら思うところがあるに違いない。
黙り込むリーナになにを勘違いをしたのか、シャーリーは続けた。
「お願いです…私はルイス様の花嫁になるために…今まで生きてきました…花嫁姿にはなれなかったけれど、あの方の妻として私は生きていきたいのです。ねぇ、エリー様…でないと…これは“お互いのため”でしょう?」
気づけば彼女は泣き出していた。
ぽろぽろと溢れる涙。
彼女の侍女がハンカチを取り出し彼女に渡す。
あぁ、彼女は泣き顔まで可愛らしい。
見知らぬ場で出会えば彼女にかけより、侍女がしたようにハンカチを差し出していたことだろうとリーナは思った。
しかし、リーナは気づいていた。
しくしくと未だ涙止まらぬ可憐な少女の恐ろしさに。
(この子は薬のことを知っている)
何故だか直感的にそう思った。
彼女の“お互いのため”のひと言に。
その瞬間ちらりとあった目が笑っていたように思えたというたったそれだけのことで。
知らぬ間にリーナは答えていた。
「もちろんです。」
リーナが呆然とそう告げた瞬間。
隣に座っていたエリスがガタンと乱暴に立ち上がり「お帰り下さい!!」と叫んだ。その声や態度にはシャーリーの言動や振る舞いが我慢ならないと言わんばかりだった。
しくしくと泣くシャーリーはもうおらず。
ピタリと止まった涙をハンカチで拭う仕草を繰り返していた。
口を開いたのはシャーリーの侍女。
「そうですわね。用件は済みました。“母体”に響くといけませんのでお暇致します。」
すっと立ち上がりシャーリーを支えてやりながら退室する。エリスは見送ることなく座り直し、シャーリーたちの見送りや案内は外に控えていた別の侍女が行っていた。
ぐったりとする。
空気がこんなに重いなんて初めてのことだった。エリスも同じ心境なのか苛立ったように息を吐いた。
「なにも気にしなくて大丈夫です。」
彼女は語気を強めながらそう言い放ち「紅茶を入れ直してまいります」と部屋を後にしていった。
携帯変えたりなんやかんやで久々に書いたので話折れ曲がってたらすいません。脳内で、修正していただくか妄想で補っていただければ幸いです。
そしてストック切れなのでまた間があくと思います。




