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静女









こわいほど静かな日々が過ぎた。






リーナは仕事を再開した。

セシルはひどく心配そうだったが、今まで口約束程度だった送り迎えを絶対の条件に受け入れることで許しを得た。




心臓に悪いことにロリーはたまにリーナのいる酒場に来ては夕飯を食べにくるが、一言、二言話しても彼は私の近況を確認するかのように聞いてくるばかりで特になんの影響もなかった。少し変わったと言えばロリーが敬語を使うことはなくなったくらいか、この賑やかな酒場ではよそよそしさは似合わないからやめてもらった。



正直ホッとしている。

最初こそ身構えていたが、来てくれたのがロリーでよかった。

強行な連れもどしなどだったらなす術もない。私はこの国から出れないとは思うが、権力を使われたら絶対大丈夫という確証はない。

実際ロリーがここにいるのは彼が手を回した結果だ。









そしてロリーは今日も来た。

先日の大雨の日こそひどい格好だったが、国の学者ということであれからの彼は小綺麗な格好をしている。



「リーナ、私はしばらくこの国の研究室に行く。それが終われば少し休みをもらってからこの国を去ることになっている。一月後、くらいかな…君にあげられる猶予はそれまでだ。それまでにルイス様への答えを考えておいてくれ。」


「この国から、出る術が貴方たちにあるってこと…?」



情報収集をするのもお互い様。

注いだばかりのレモン水を一口飲んで彼は小さく頷いた。



「ルイス様のためだけを思えば…帰ってきて欲しい…だが、あの方はあの家を捨てられない…」


「そうね、わかってる。彼は生れながらの貴族ですもの…でも、私は、」


「リーナ!!迎えが来てっぞ!上がれ!」



私は戻らない、と言う言葉は若旦那の声に掻き消された。



「はい、すぐ行きます!」


厨房の方に大きな返事を返してまたロリーに向き直る。

先ほどの答えは聞こえただろうか、彼は眉根を寄せた顔でため息をひとつ。

行け、と言いたげに目をつむり頭をふった。


「今度来るときに聞かせてもらう。来るか、来ないか…ここに未練がなければ、出来るだけのことはする、だから坊っちゃまの隣にいて欲しい…」


わかったね、というと彼は立ち上がり金を机に置いて去っていった。

彼を見送り、私は黙って皿を片付け、お金も盆に置いて厨房に戻ってから帰宅した。











屋敷に戻るとセシルが出迎えてくれた。

これも最近の変化だ。

逆に彼の帰りが遅い時は私が出迎えに行かされる。どうやらこれが私の仕事らしい。

「セシル様が女性に慣れるための訓練ですわ」とにこにことした侍女長と執事長は言うが裏があるように思えてならない。







「セシル様、ただいま戻りました。」




疲れて帰って、笑顔で出迎えてくれるセシルの存在はホッとする。

思わず頬が緩むと彼もつられて笑みが深くなる。敬語なのは一応仕事中だからだ。




「夕食にしよう。」


「はい!」



こうして私の一日の営業は終了する。





______________








「それで、今日はどうだった?」


セシルは食後の紅茶をすすり日課となりつつある質問をしてきた。


「仕事はいつも通り。でもロリーが来たわ

。」


ロリー、という名にセシルの表情が曇る。


「一月後にまた来るから、戻ってくるかの答えを聞かせて欲しいらしいの。そこまで話して彼は帰ったわ。」


セシルを心配させないように軽い調子で言ってみたが彼の表情は晴れないままだ。どうにも上手くいかない。

私も紅茶をすする。



「リーナ…貴方は、戻りたい…?」


ぎこちなく問うセシル。

不安そうな目、望む言葉はわかるのに意地悪言いたくなってしまう。

でも駄目だ。彼は揶揄うには実直すぎる。



「私は…ここに来て後悔したことなんてないし、絶対にあの国に戻らない。それが私の答えよ。」


「でも、貴方の旦那さんは貴方のことが好きで…リーナだって…そんなの、」



さっと俯く彼の言わんとするところはわかる。


(そうね、そうなんだけど…)



「セシル、私ね。自分でも昔から聞き分けのいい子だと思ってたの。」


黙って聞いてくれる。

彼はいつもそうだ。



(それでもルイスはあの家を捨てられない)




「でもね、ダメなの。」


私は彼に言い聞かせるように話す。

おずおずと上がる彼。


「私の心、思ってたより潔癖みたい…」


「…リーナ…」


「まだまだよね、ふふ」


恋愛に疎い彼には少し遠廻しすぎたかと思ったけれどどうやら伝わったらしい。

セシルがいつの間にか顔を少し赤くしているのは、こんな恋愛トークが体に合わなかったのだろう。


「セシル…大丈夫?」


「す、すみません!なんというか…」



みるみるいつもの赤い顔になっていくセシル。


「私は、貴方がその、潔癖で良かったと、思ってしまいました…」


「へ…?」


「…正直、貴方たち夫婦はもっと違う形で結ばれるべきだったと思うのに…貴方が戻らないと言ってくれたのが私は嬉しい…こんな気持ち、いけないのに…」




な、なんだろう、なんだか胸がざわざわする。なんでこんなにドキドキするのセシルが顔を赤らめてるのなんて見慣れたはずなのに…?と戸惑いつつセシルの話を聞く。


セシルは失礼だと思っているようだが、「戻らないと言ったことが嬉しい」と言ってもらえたことが、嬉しい。

なんだこれ…ふわふわと、不安と期待が入り乱れているような変な気分。リーナはセシルの次の言葉を待った。








「私は、貴方が好きだから…」






少し間をおく。





「へ…?」





私は情けない声を出した。















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