惑女
そう。撫でた。
撫でたのだ。
そしたら怒られた。
パッと撫でた手を取り、「子供扱いしないでください!」と抗議の声があがる。
それがまたなんだか子供っぽく見えて笑ってしまいそうになったけれど、そこはなんとか耐えた。
手を解き、ベッドから降りてセシルの横をすり抜ける。
「髪、濡れてるからタオル取ってきますね」
部屋のすぐ隣の洗面台の棚からタオルを取り出した。
私が急に動いたものだからセシルは「まだ駄目です!」と慌てている。
駆け寄ってきたセシルの頭をすかさず捉え、「うわぁ!」と、喚くのも構わずわしゃわしゃと拭いてあげると慌てていたはずのセシルの耳が徐々に赤くなる。
「ほら風邪、引きますよ?」
とうとう抵抗しなくなったセシル。
しかし、耳の赤さはかわらない。
倒れた私が言うのもなんだけれど、セシルは当主なのだからもう少し気をつけて欲しい。
こちらの考えがセシルに伝わったのか、彼は弱々しく述べた。
「私は軍人ですから…こんな程度平気です…」
ああ、うん、そうですね、平気じゃないのは女性に触れられているという、事実の方でしょうね、とは口には出せない。
私だって、自分よりいくつも背の高い彼の頭を拭くのは変な感じだ。
「セシル、心配してくださったんでしょう?ありがとうございます。」
「…私は何も出来ませんでした…」
「そんなことありません。不安な時に目が覚めて…誰かが心配そうに手を握っててくれる安心感は、私には充分すぎるほどの救いです…」
「リーナ…」
「本当にありがとうございます。」
タオルを退ける。
先ほどとはまた違う表情の彼と目が合った。
私はにこりと微笑む。
「リーナ、今度からはもっと私を頼ってくださいね…。」
「約束はしませんけどね!」
相談はします!と茶化せば彼もつられて笑ってくれた。私たちは遅がけの夕飯を食べるために食堂へと向かっていった。
使用人のみんなからえらく心配されたのはまた別のお話。