逃女
部屋は静かで、それでいてまだ降り止まぬ雨の音だけが遠くに響いている。
(セシル、)
徐々に覚醒していく思考。私の手を握っている彼の手が、酷く冷たいことを気づかせる。
ぼんやりと見つめた先の彼の髪からポタリと雫が落ちた。
(セシル…髪が濡れてる…)
雨に当たったのだろうか、風邪を引いてしまう、と心配になる。
握られた手もそうだが、成り行きの恩人だからといって、こんなに優しくされていいのだろうか。
ほんの数秒でいろんなことが駆け巡る。
私が意識を取り戻したことに気がついたセシルがハッとして思わずベッド脇の椅子から立ち上がった。
「リーナ!!」
彼は少し青ざめたような、酷く心配そうな顔で私の顔を覗き込む。
優しい彼にこんな顔をさせてしまったことに改めて悪いことをしたと思った。
(ああ…これはきっと「心配をかけないで下さい!」とか「どれだけ心配したと思って!」とか怒られちゃうわね。)
言われる前に、と思い「心配しないで」と言おうとした瞬間。先に口を開いたのはセシルだった。
「何故…!!もっと、頼ってくれないのですか…!」
「え…?」
予想に反した彼の言葉。
今回は泣きそう、というわけではないがとても悔しそうな表情をしている。未だ握られた右手にもその瞬間力がこもった気がした。
「店に行っても貴方は居ないし、店主に聞けば男が貴方を訪ねに来たと聞かされ…帰って来れば貴方が倒れたと聞かされて…」
ふいに手の力が弱まる。
しかし解かれることのないまま彼はまた力なくベッド脇の椅子に座った。
「本気で、心配したんです…」
視線はじっとこちらを見ている。
セシルは泣いてるわけではない、うん。泣きそうというわけでもないのに、でも…私には泣いているように見えた。
「貴方が、どこかに、消えてしまうんじゃないかと…!」
顔色悪く徐々に俯いていくセシルに、何か言わなければ、と思うのに上手く言葉が出てこない。
「大丈夫、私はここにいるわ」、と言おうとしたけれど心の何かが引っかかる。
(あれ…)
(私は…なんでここにいるんだっけ…)
突然の自身の問いかけに自分でも驚くほど呆然とした。
だけど、何も言えないけれど、目の前の心配そうに見てくる彼に何かを伝えたい。私は上半身を起き上がらせ、俯く彼の頭をそっと撫でるしか出来なかった。