遠女
近くて、遠い、お坊っちゃま
悪く言えば変わってしまった。
良く言えば大人になった。
私とルイスの関係が変わってしまったのもいつからだったか、よくよく考えても思い出せない。ある日を境に、ルイスはパタリと来なくなった。
お母さんたちの噂では学校を寮生活に切り替えたらしい。
(なにそれ聞いてない)
ぼんやりと、羊の散歩をしながらエリーの心は複雑だった。
遠くに感じていたルイスが本当に遠いのだと思うと、淋しさと同時に妙に納得がいった。
ルイスは貴族、私は一牧場の中の羊飼い…身分が違うなんてわかっていたことだ。ルイスはふだんそんなこと気にした様子を見せなかったし、むしろ見せれば怒るようなことだってあった。
(ルイスが、貴族になってくんだなー)
そっか、と足元で戯れてくる牧羊犬のポチを撫でくり回しながら、まるで親戚のおばちゃんのような心境で、これからはルイスと親しく接するようなことすらも半ば諦めていた。
それにキスをされたことなどもはや遠い記憶の彼方。花火大会の時だってキスをする前と変わらぬ彼がそこにいて私はどうしていいのかわからなかった。今ではキスすらも夢かなにかだったのでは、と思うほどエリーとルイスはなにもなかった。
そうしてしばらく、といっても全くルイスを見なくなってから一年ほどではあるが、ようやくルイスがまた屋敷に帰ってきたらしい。
“らしい”というのは私自身が会ったわけではなく、母から軽く世間話として伝わってきたからにすぎなかった。
「エリー、貴女も良い年なんだからいつまでもルイス様の周りをうろちょろしちゃダメよ?」
会いに行く気もさらさらなかった私はそんな母の釘さしに多少面食らいながらも「わかってるよ」と答えておいた。
私だってもう子供とは言えない、それどころか立派な働き手だ。領民とその地をおさめる貴族が肩を並べて、ましてや男女でいつまでもつるんでるなんてあっちゃいけないなんてわかってる。
ルイスのことは好きだけど、今や家族愛や憧れにも似たそれを押し付ける気も、ましてや叶えたいなどと思うことはなかった。
教養はなくとも礼儀はわきまえてる。
成長していくルイスを思えば仕事もなにもかも頑張れた。彼がいずれ引っ張っていくこの地を豊かにするために働こうと思えた。
あんな彼に会うまでは、
「え?お母さん、今なんて…?」
「だから!ルイス様が来てるのよ!早くいらっしゃい!!」
モシャモシャと羊たちのご飯タイムに乗っかっていつものベンチに腰掛けお昼を食べようとしていたら牛小屋にいるはずの母が焦ったように飛んできた。
ポチが何事かと耳を立て見守る中私は羊たちの輪から離れた。
連れて行かれ、目にしたのは、同じ人とは思えないくらい冷たい目をしたルイスだった。
こんなに背は高かっただろうか…?それに今までパーティなどでしか見たことのないようなパリッとした服に身を包み、髪はセットされ、靴だってピカピカに磨かれている。毎日のように来ていた頃だって質の良い服ではあったがこんなものではなかった。
母と私が入ってきたことに気がついた彼は、スッと目を細め微笑んだ。
(この人は…ルイス、なの…?)
まるで似た紳士を見せられているようだ。
「久しぶりだね、エリー。」
一歩、二歩とにこやかに近づいてくるルイス。話し方まで変わってしまった彼に違和感でいっぱいになる。私の知っているルイスはもっと…少なくともこんな甘く私の名前を呼ぶような人ではなかったはずなのに…。
「ようやく、君を迎えに来れたよ」
(貴方はだれ…?)