育女
私がそれなりに女らしい体つきになってきたそんなある日。
お坊っちゃまはとてつもなく不機嫌だった。
「あ、の、ルイス?」
おずおずと聞いても恨めしそうな顔でジトリと見てくるお坊っちゃまこと、ルイス。
彼のことをお坊っちゃまと呼ばなくなったのはいつだったか。
お忍びで連れてってもらったパーティ以来か、はたまたルイスが貴族の子の学校に通いだしてからだったか。
思い出せないけれど、最近じゃお坊っちゃまと呼ぶのはからかう時とか喧嘩の時くらいで、普通の時に呼ぶと有無を言わさずチョップが飛んでくる。
いやそれよりも今は沈黙が痛い。
昼からくるというからそれまでに今日の用事を終わらせお母さんにルイスとでかける許可をもらってきたのに…!
どうしたものかと、うつむけば、ようやっとルイスが口を開いた。
「エリー、お前、さっきあいつと何話してた?」
「え、?あいつ?アイツって?」
「俺が知るかよ!さっきの!リアカーを運んでた男!」
おおう、とぷんぷん怒ってるルイスの気迫にビビるエリー。さっきというと、羊の買い付けに来たお使いの青年のことだろうか。というかそれしかさっきの人が浮かばないが、それがなんだというのか。
「羊の予約に来たダニエルさんがどうかした?毎週来てるよ?」
「お前、花火大会誘われてたろう…」
「ん?うん。あ、でも断ったよ!」
「あたりまえだバカ!」
(え、あれ、断ったのにまだ怒られるの?てっきり花火大会の誘いで誤解して怒ってるのかと思ったのに…)
これで解決ね、と思った予想が外れ、困惑するエリーをよそにルイスのぷんぷんはおさまらない。
そんなエリーにルイスは力一杯叫んだ。
「誘われてんじゃねー!!!」
(ぇぇえええええええーーー!!!)
理不尽!と叫びたいのを、ぐっとこらえた。
昔はお互いしか友達がおらず、悪友となった今、わたしへの執着心が強いのはわかっていたがもはやここまでとは…ルイスは学校の友達とかもいるだろうに…。
ただ、私は少なからずルイスのことが好きだからこういう時はなんだか邪な感じの嬉しさが混じってどうにもこの理不尽に打ち勝つことができないでいる。
ルイスは友達として大切にしてくれる(乱暴だけど)のになんだか申し訳ない。
「断るのなんかあたりまえだ!おれが今日何しに来たと思ってる!」
「ん?花火大会誘いに来てくれたの?」
「あたりまえだろ!お前しか誘うやついねーよ。」
わしゃわしゃと私の髪の毛を乱暴に搔き回す。ただでさえもじゃもじゃな髪の毛がさらに酷いことになった。
「うわーん!なにすんのよー!」
「なにが『うわーん』だ!男に媚び売ってんじゃねー!どこで覚えてきた!」
「いーじゃん!近所の女の子たちみんなこうだもん!私だって男の人に花火大会誘われたら嬉しいし!それに断ったしいーじゃん!」
「はぁ?よくねーわ!バカ!」
「もう!なんでダメなの?」
納得いかなーい!とばかりに、抗議。
だって最近こういうのが増えた。ましてやルイスは学校に行って中々会えない。
孤独な日々の中で誰かから求められるのは悪い気分ではない。
毎日ルイスにもっと親しい友達ができたらとか、女の子と仲良くしてたらヤダな、という不安にかられている私のことなんて知りもしないでルイスは全く勝手な奴である。
抗議のために真剣な感じで精一杯ルイスはの目を見つめる。
一瞬たじろいだルイスも引くことなく両手で私の顔をパチン、と挟み、今度はほっぺたをひっぱった。
「お前は!おれのなの!」
そう言ったルイスがひっぱっていた頬をぎゅむと逆に挟む。
挟まれてブサイクになったタコみたいな私の唇にルイスの唇が触れた。
「わかったか!」と言い捨てて、私の手を取り歩き出す。
ロマンチックのかけらもない。
不器用に、無愛想に、愛の告白とはとても言い難いそんなファーストキス。
ずんずん先行くルイスの耳がほんのり赤いことに気づいた。
キスをされたことを思い出しながら、私は友達としてのエリーでいられなくなっていくのを感じた。
(ああ、ルイス…好きでごめんね…)