石女
三年は、長いようで短かった。
「エリー、気を…悪くしないで聞いてくれ…」
漆黒の髪の美丈夫は、顔を歪め、その顔色は悪く、額には汗が滲んでいた。
男はソファに腰掛ける女の前に跪いている。
「第二夫人を迎えることになりました、ということでしたら聞いております。…私が不甲斐ないばかりにルイス様にご迷惑をおかけし申し訳ございません。」
「お前に非などない、ないんだ…」
女は伏せていた顔をあげにこりと微笑んだ。
ウェーブがかった赤茶色の髪がふわりと揺れる。
「大丈夫ですわ、同じ妻として仲良く致します。ご心配には及びません。」
「…エリー、エリー…俺が貴族なんかじゃなければ…」
感極まった男、この館の主人であるルイスは妻であるエリーを掻き抱くように抱きしめた。またエリーもそれに動揺することなく抱きしめてくる男の背を撫でた。
「私が愛しているのは君なんだよ…」
苦しげに呟かれたそれを合図に、ルイスはエリーの服を剥ぎ、首筋に噛み付くようなキスを落としいつもと変わらぬ営みが始まった。
結婚して三年、エリーは子供に恵まれることはなかった。
週に何度も行う営みはあるのにそれでもエリーに妊娠の兆しはなかった。
最初こそ幸せだった。愛し、愛された日々。
羊飼いの娘として育ったエリーだが、生みの両親と育ての両親は違う人物だったという。脱走した子羊が迷い込んだのがルイスの当時住んでいた屋敷の庭で、庭で一人遊んでいた子供がルイスであった。一目惚れで始まった恋、幼い頃からの想いが実っての結婚だった。
平民であるエリーと貴族の中でもトップクラスの位置に存在していたルイスとの結婚。
エリーの数少ない友人は喜び、その他の数多くの女が妬んだ。
夫であるルイスも反対する者は親戚の中にも多く、届かぬ妊娠の報せにそれみたことかと陰口を叩く者も少なくなかった。
エリーは翌日、窓の外に見慣れぬ馬車があることに気がついた。
ついに来たのか、とカーテンの陰にそっと寄り添う。
豪華な装飾のされた馬車から降りてきたのはまだ幼さの残るミルクティー色の髪をした少女だった。
「…可愛らしい…」
ぽそり、つぶやくエリーの心にはぽっかりと穴が空いたような気持ちだった。
なにもできなかった。
愛をくれたあの人に、なにも返すことができなかった。身分違いなのは重々承知。まさか求婚されるとは思ってもみなかった。
コンコン、とノックの音が部屋に響き渡る。
「奥様、朝食でございます。」
入ってきた侍女がテーブルに朝食の準備をしていく。
いつものことなのにエリーは返事ひとつ返すことができなかった。
「新しい奥様ですか…?」
ふいに尋ねられ、エリーは振り返る。
侍女は手を休ませることなく話を続けた。
「シャーリー様です。幼く見えますがあれでも貴方様より二つばかりしか変わりません。」
「…よく、知ってるのね。」
エリーは知らずのうちにきゅっとカーテンを握る。
侍女は尚も続けた。
「元々、旦那様の婚約者として名乗りを上げるのはシャーリー様でした。奥様と出会われる前からのお知り合いです。もっとも、奥様と出会われてからは学院で会う程度だったそうですが、昔から実の妹のように可愛がっておられました。…はい、朝食の準備が整いましたよ。」
スッと引かれた椅子にエリーは誘われるように座った。
目の前のテーブルには目玉焼きとパンケーキ、それからベーコンとブロッコリーが乗っている。飲み物には紅茶とミルクが置かれ、侍女は「それでは」というと下がっていった。
「なんだ…ぽっと出の女は私の方だったのね。」
誰もいなくなった部屋にエリーの声だけが静かに響いた。