魔王のその日
久しぶりにアルフレッドが姿を見せた。
「やあ 魔王様久しぶりです」
「貴様ぁ・・・良く俺の前にノコノコと姿を見せれたものだな」とアルフレッドに襲いかかるが目の前に一冊の本を突き付けてきた。
「魔王様が好みそうな本を見つけたので持ってきました」
本のタイトルは『午後の貴婦人』・・・こいつ完全に俺の事を馬鹿にしていると思いながらも本への興味は隠しきれない。
「チラチラと本を見て随分と興味津々ですね」
「うるせぇ・・・」
「まぁ・・・この本をゆっくり読んで楽しんでください また好きそうな本があればお持ちしますね」
と言いながらアルフレッドがスタスタと歩いていき立ち止まる。
まじまじと本の表紙を見ていた俺がハッとした時にはもう遅かった。
「それではムッツリ魔王様御機嫌よう」
「コロスッ!!」と言って襲いかかった時にはもうアルフレッドは居なかった。
そして今度は3週間俺の前に姿を現さなかった。
今思うと生意気で憎たらしくてもアルフレッドの存在は俺にとって物凄く大きなものだった。
俺が魔王になってから15年間誰一人と近寄ろうとせず、ずっと孤独だった俺に出来た話相手は心の闇を照らす光のように思えた。
アルフレッドが来てからの日々は1日が短く感じるようになってあっという間だった。
そして俺が魔王になって30年目 少年の姿から青年の姿になったアルフレッドが人間の世界から調達してきてくれた『大陸の歴史(人間版)』を読んでいる。
魔族の寿命は平均200年でアルフレッドも30歳だが少年から青年に変わるくらいの見た目だった。
最近になってわかった事が一つあった。
空間転移の魔術は一度見たことある場所にしか転移できないとされていたが、見たことがあると思い込むことで転移できる事にアルフレッドが気づいたのだ。
もちろんそんなに簡単にできる事じゃない。
熱い火に触れれば どんなに思い込んだところで反射的に熱いと手を引いてしまうのと同じことだ。
自らの精神すらも完全にコントロールするアルフレッドには改めて驚かされたものだ。
そしてそんな馬鹿馬鹿しいと思えるような方法でアルフレッドは魔族を閉じ込めていた灼熱の砂漠をあっさりと越えて行ってしまった。
アルフレッドによると相変わらず人間達は同族同士戦争してるらしく特に東部のリヴァ地方とエルレ地方の境目は激戦区になっているようだ。
現在西部のタイタス地方とエルレ地方はリュートパレス王国と言う大きな国が支配しており東部のリヴァ地方はラドラクト帝国と言う国が支配しているが思想の違いから暇があれば戦争してるような感じだと言う。
約58年ぶりに魔族達に入ってきた人間達の情報だが昔も今も大して進歩してないのか学習してないのか。
しかし60年前は小国の集まりだったから侵略がスムーズに進んだのかもしれないが大きな国になった今侵略戦争は簡単ではないなと俺は思った。
魔王になった当初は絶対に侵略してやると意気込んでいたが30年の平穏な年月を過ごし考え方も大人になって角が丸くなったのか正直侵略とかどうでもよくなっていた。
この退屈で平穏な生活が俺はすごく好きになってしまったのだ。
こんな平穏な日々がいつまでも続けばいいのにと恥ずかしいが本気で思っていた。
そしてその日俺の退屈で平穏な日々は硝子のように砕けて崩れていった。