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ロストフィール病院

全ての検査が終わったシーラは、待合室のソファに座っていた。結果はその場で告げられ、異常は特に無し。まさに健康そのもので、検査を担当した医者には、久しぶりにこんなに綺麗なデータを見たと感謝されたほどだった。

(メーデンも、聞いたら喜んでくれるかしら?)

シーラはいち早くメーデンに検査の結果を告げたく思い、先ほどから落ち着かない。検査用の服から既に元の服に着替えているため、メーデンさえ来れば、この街を出て再び旅を続けることが出来る。

(だけど、メーデンはこの街の魔法使いに会うって言ってたわね。私が今まで接してきた魔法使いは、皆拠点からあまり動きたがらなかったわ。だけど、メーデンはむしろ一つの場所に留まるのが嫌みたい。本当に変わってるわ。)

ビバティに入る前の夜をシーラは思い出す。

(メーデンは、特殊な魔法使い。でも、何でメーデンは特殊なのかしら。)

色々と考えていると、気がつかないうちに朝の看護師が近寄ってきていた。

「シーラちゃん。お兄さん、お迎えに来ないね。」

「…知人に会うと、言ってましたから。」

「うーん、それにしても遅くない?もし、今日お兄さん迎えに来ないんだったら、私の家に泊まっていかない?ここからすぐ近くのアパートなの。」

シーラに再び、メーデンに置いていかれる恐怖が襲いかかる。そこへ、白いヒゲを蓄えた仙人のような老人が現れる。

「あ、シーラちゃん。お兄さんからメールが来たよ。今日は迎えに行けないそうだよ。」

老人は白い眉をハの字に下げて、シーラへの同情を表す。

「だから、今日は特別にここに泊まっていくといいよ。ベッドの空きはいくらでもあるからね。」

「医院長、実は今私の部屋に泊まってもらおうかと思っていたんです。」

「おやおや、そうだったのか。じゃあ、シーラちゃんが好きな方でいいよ。」

優しく微笑む医院長の瞳が、光の当たり方で、時節メーデンによく似た光を発する。

「…看護師さんの部屋に、厄介になります。」

シーラにはその瞳の色は、幼い頃から"危険信号"として刷り込まれてきたものだった。

(早くメーデンに魔法使いがここにもいるって、伝えないと。)

シーラは腰に巻いたナイフを、後ろで確認し老人から距離を置いた。医院長はシーラの不信感には気がつく様子を見せずに、再び回診に行ってしまった。

「それじゃあ、仕事もう少しで終わるから待っててね。」

看護師はパタパタと、医院長の後を追いかける。後に残されたシーラは、再び待合室のソファに座り、メーデンに思いを馳せた。


看護師の仕事が終わり、二人で看護師の部屋に向かう途中、ふとシーラはこの看護師の名前を聞いていなかったことに気がついた。

「そうだったね、私の名前言ってなかったか。私はフォース・モルファン。ファンでいいよ。」

快活に微笑むファンだが、今日の朝から夜遅くまで、ずっと動いていた。シーラが厄介になったロストフィール病院は、二階建てのそれほど大きくもない病院で、周囲に何もない街の外れに作られている。シーラが最初に歌っていた公園から、割と近く、周りは背の低い木がポツンポツンと生えているだけであった。その景色がそのまま、院内の様子を表しているかのように、院内の患者の数も少なければ、医者や看護師の数も少なく、どこか隙間風を感じさせられる病院だった。しかし、病院職員は院長を始め、ファンのように穏やかで優しい人ばかりが揃い、入院患者もとても穏やかな老人ばかりだった。


ファンの寮は、病院から歩いて5分もかからない場所に建てられた小さな小屋だった。

「ここが、寮?」

「そう、私しか必要じゃあないから、院長が私だけのために小屋を建ててくれたの。中は普通だから、とにかく上がって。」

ファンに急かされ、シーラは恐る恐る玄関の戸を開ける。

まず、目に飛び込んできたのは、大きなテレビだった。

「びっくりした?外見に似合わず、近代的でしょ?」

ファンはいたずらが成功した子供のように笑い、シーラを部屋に案内すると座布団をシーラに渡す。シーラはちゃぶ台を挟んで、テレビの前に座ると、部屋をよく観察した。

(部屋はここだけみたい。思っていたより散らかっているように感じるけど、これって物が多いからかしら?)

ファンは玄関のすぐ隣にある調理スペースで、お茶を入れるとシーラの前に置いた。

「安いのしかないけど、とりあえずどうぞ。」

ファンはそう言って、自分はモゾモゾと部屋着に着替え、シーラの横に腰を降ろす。

「あの、さっきの話なんですが…」

「この家のこと?私、この街出身じゃないの。だから、院長が家を建ててくれたわけ。」

「この街の外から?どこに住んでいたんですか?」

「うーん、街じゃないところ?」

「街じゃないところって…そんな、危険すぎますよ。外は何があるか、分からないんですよ。」

シーラの慌てかたに、ファンは快活に笑う。そして、その話はそのまま流されてしまった。

「じゃあ、ご飯にしよっか。」

ファンは再び台所に立つと、テキパキとチャーハンを作り始めた。シーラはファンご自慢のテレビで、適当なチャンネルを回していた。すると、夕方のニュースにチャンネルを変える指が止まる。

「続いてのニュースです。ビバティ総合病院の医師サーモス・タット氏が、画期的なクローン臓器製造工場を立ち上げました。」

シーラは目を丸くした。

(この人、髪がピンクだし、顔に落書きしてるし、何より目が紫。この街にはどの位魔法使いがいるのかしら。)

シーラは恐ろしくなって、チャンネルを変えた。ふいに、窓辺から何かをノックする音がして、そちらを見る。そこには、まさに先ほどテレビに出ていたサーモス自身がいた。

「キャ!」

短く悲鳴を発し、シーラは台所のファンに駆け寄る。ファンはシーラが足にまとわりついたところで異変に気付き、窓辺にサーモスに気がついた。ファンは何も言わずに、シーラをそこにいるように手で制し、窓を開ける。

「何しに来たの?」

「警告だ。厄介な魔法使いが来た。恐らく死の魔法使いだ。注意しろよ。」

「…分かった。」

それだけ言うと、サーモスは消えた。ファンは静かに窓を閉じると、いつもの笑顔で振り返る。

「さあ、ご飯にしようか。」

シーラは聞きたいことや不安を胸にしまい込みうなづく。


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