ビバティ総合病院
メーデンはシーラと別れると、真っ先に中央の病院へ向かった。
(昨日の雰囲気からして、あそこが病院の総元締めだ。かなりの権力が集まっている。)
ビバティという都市は、人類の技術の集大成がつめられていると言われていた。そのため、最も平均寿命の高い都市であり、ビバティの人間は滅多なことでは死なない。
(それだけ、病院が優秀ってことだよな。)
メーデンはなるべく人目を避けるようにして、中央の病院へ向かった。
中央の病院「ビバティ総合病院」には、まだ受付が始まっていないにも関わらず、入り口前にかなりの行列が出来ていた。メーデンもとりあえずその列に並ぶ。しばらくして受付開始時刻となり、入り口が開く。行列の人達は、皆病人や怪我人とは思えない勢いで、病院に雪崩れ込む。メーデンもその流れに乗って病院の受付と思われる広いロビーに通される。皆ロビーに置いてあるソファーへ、椅子取りゲームのように座っていく。
(これじゃあ、病気も怪我も悪化しそうだ。)
メーデンも一つの席を確保する。ソファーに座れなかった人達は、再び入り口前に列を作っていた。
(帰るわけじゃないのか。わざわざ外に並ばせなくても、中で立って待っていればいいのに。)
メーデンは横目に、その奇妙な行列を見ていた。突然ロビーにアナウンスが流れる。
「それでは、本日午前のオークションを始めさせて頂きたいと思います。」
(オークション?病院で?)
メーデンが混乱していると、アナウンスは滑らかな口調で流れるようにオークションの商品を紹介する。
「それでは、本日の最初の商品は、畑先生の診察権利です。それでは2万ビバティから始めさせて頂きます。」
メーデンは静かに、周囲のざわめきに耳を立てる。
「畑先生はまだ若いからな。」
「でも、同期のクグロフ先生よりは…」
「この際何でもいい…」
メーデンは隣に聞こえないように、ため息をつく。オークションは順調に進み、畑先生の"診察権利"は15万ビバティの値がついた。次々に"診察権利"に値がついていき、権利を獲得した患者はロビーから診察室のある方へと去って行く。当初ロビーにいた人達の半分ほどがいなくなったが、それでも患者は多かった。
「それでは、午前の部最後の商品になります。外科部長サーモス先生の診察権利です。それでは50万ビバティからどうぞ。」
(来たか。)
長かったオークションに退屈していたメーデンは、しばらく値がつりあがっていくのを傍観する。挙げている手の数は徐々に消えていき、とうとう最後の一人となる。木槌が鳴らされるその瞬間、メーデンはゆっくりと手を挙げた。
「2000万ビバティ」
それまでの値段の2倍の額だった。最後の一人だった青年は、メーデンを悔しそうに睨みながら手をおろした。
「それでは、午前のオークションは終了させていただきます。」
メーデンは司会者の声を聞きながら、診察権利を受け取り、診察室まで案内してもらう。さすがに外科部長ともなると、他の診察室と同系列に並ぶわけではなさそうで、他の患者とは違う場所に案内される。昇降機に乗り、病院の最上階まで来ると、床一面に足の長い赤い絨毯が敷き詰められた部屋に通される。
(趣味悪。さっさと用事済ませるか。)
メーデンはふかふかの絨毯を踏み潰しながら、その階の一番奥にある部屋のドアを開ける。中は診察室と思えないほどだだっ広い空間が広がり、壁の一面は全面ガラス張りで大変眺めがいい。部屋の真ん中に置かれた診察室にある一式が、ものすごく浮いている。そしてその椅子に座る医者はもっと浮いていた。医者として判断できるのは、白衣を着て、聴診器を首から下げているからであり、その奇抜なピンクのツインテールや頬に描かれたドクロのマーク、ニタニタと笑う紫の瞳に、シーラより少し年上の少女という成り立ちで、医者かどうかは分からなくなる。
「ナンバー!来てくれたんだ。でも、残念ながら、魔法使いは対象外でね。今回は帰ってくれ。」
「サーモス。俺が何でここに来たかは、さすがのお前でも察しがつくだろ?」
サーモスと呼ばれた少女の瞳の奥が、キラリと輝いた。
「まあまあ、落ち着けよ。私は何も、人間に被害を加えてもいないのに、消されるのかい?」
「よく言うよ。この街の異常さに、俺が気がつかないと本気で思っているのか?」
「ああ、そうだった。お前は昔から許容とい言葉を知らなかったな。」
サーモスはくすくすと笑うと、後しろのガラスに向かって手を伸ばす。手をかざした付近からガラスが溶け出す。サーモスは溶かしたガラスの穴から逃げようとするが、何か目に見えない壁にぶつかり、出られない。
「くそ!ナンバー、お前何をした。」
メーデンを睨みつけ、距離をとる。
「そんなに死に急ぐな。俺はお前に聞きたいことがある。」
「聞いたら殺すんだろ。」
メーデンは肩を竦める。次の瞬間、メーデンはサーモスの首に手をかけていた。
「残念ながら、ナイフを持っていなくてな。楽には消えてもらえない。だが、協力してくれるなら、ナイフで一つきで、すぐに楽にしてやるよ。」
「どんな取引だ。だが、いいことを聞いた。」
サーモスは後ろに回していた手で、メーデンが空気中の水蒸気を集めて作った氷の壁を溶かした。
「それなら、こっちも互角に戦えるというものだ。」
サーモスは、メーデンごと最上階から飛び降りる。落ちながら、メーデンはサーモスが用意していた上昇気流を消し去る。
「おい、私と一緒に死にたいのか?」
メーデンは返事を返すことなく、サーモスから手を離す。サーモスはメーデンにしがみついてこようとするが、メーデンは指を鳴らす。すると、サーモスの体だけが一気に加速して落ちていく。メーデンの体は逆に徐々に速さが落ちていく。大きな音を立てて、サーモスは地面に叩きつけられた。ゆっくりと着地をしたメーデンは、サーモスだったものを回収する。
魔法使いは人間と違い、体が生命活動を維持出来なかったとしても、死ぬことはない。代わりに、小さな紫の球体となる。そして、完全に力が回復すると、その紫の球体は元の人型をとる。
(とりあえず、これでサーモスはしばらく動けない。なるべく深くに埋めておこう。)
メーデンは病院の庭に魔法で深い穴を開けると、紫の球体を落とし入れ穴を塞いだ。
(まあ、これでしばらくはサーモスになり切れるはずだ。)
去って行くメーデンの後ろ姿は、サーモスその者だった。