エピローグ
〈――美浜市において、昨日未明に発生した地下市街におけるテロ事件についてです。警察の発表では死者、行方不明者はあわせて三百人以上にのぼる見通しで――〉
〈この事件についての声明は未だ発表されておらず、警察ではいずれかの宗教過激派による事件ではないかとみて捜査を――〉
〈続報です。地下街テロにおける生存者が新たに二名、保護されたと――〉
* * *
早朝、高校への通学路の途上に人影が一つ。
浩太である。だらしなく制服を着崩し、両手をポケットに突っ込んだまま不機嫌そうに歩いている。
「あ、おはようございまっず」
同級生と思しき男子生徒が一人、浩太に近づく。なぜか敬語だ。
「いや、マジ大変でしたね。俺ニュースで見ましたよ。武中さんが出てきたときすげえビビりましたもん」
「ああ」
熱心に話しかけてくる男子の言葉を、浩太は気だるそうに受け流す。
「それに、あの綾城さんも一緒だったって、すげーですよね。下じゃ沢山死んだらしいっていうのに、生き残ったなんて。半端ないっす」
「ああ」
浩太が眉根を寄せ、苦虫を噛みつぶしたかのように顔をゆがめた。だが、相手の男子はそれに気付いていない様子で。
「あと、もう一人いたって聞いたんですけど。それって多分あいつですよね。ま、あんな軟弱なやつ死んで当然だよな、ってみんなで――」
そこまで聞いて、浩太が男子の胸ぐらを掴んだ。強引に引きずり寄せ、片手で相手の体を持ち上げる。
「黙れ、あいつのことを口に出すな。分かったか?」
凄まれ、絶句した様子で地面に放り出される男子。それに背を向け、浩太は再び歩き出す。
「――あいつがそう簡単に死ぬようなタマかよ」
ギリギリ、と音が聞こえそうなほど歯を噛みしめていた。
* * *
高校の校門で、唯は一人立ち尽くしていた。
憔悴しきった顔で、茫洋とした表情を顔に浮かべながら、目の前の人の流れをただ眺めている。
そこへ。
「綾城さん! 大丈夫だった!?」
クラスメイトの女子たちが一斉に駆け寄ってきた。唯も現実にいきなり引き戻された体で、顔に驚きと苦しげな笑みを浮かべた。
人垣に囲まれ、あわあわと対応に追われる唯。「怪我とかしてない?」とか、「本当に良かった……無事で」と涙ぐむ者もいた。唯はその一人一人に「大丈夫だよ」、「心配してくれてありがとう」と話しかけてゆく。
「綾城唯さんですか?」
そこへ、多数の人間がさらに詰めかける。自律型のカメラ搭載無人機を伴った集団だ。マスコミ関係者であろう女性の一人が、サングラス型のモニター兼指向性マイクを調整し、唯に問いかける。
「今回の事件では多くの方が亡くなられましたが、それについてコメントをいただけますか?」
ややぶしつけに質問され、戸惑った様子を見せながらも、唯が口を開く。
「……ええと、沢山の方が亡くなられたのはとても残念に思います」
「同時に保護されたのはあなたとクラスメイトの方、二名だけとうかがっています。奇跡的に生還されたことについて、どう思われていますか?」
「二名」という言葉に、唯の体がぴくん、と反応した。
「どうされました?」
「い、いえ、別に何でも……」
そう言いつつも、唯の目頭にみるみるうちに涙が盛り上がる。少女の明らかな変調に、周囲の人間も戸惑いを隠せない様子だ。唯は涙をこらえきれない様子で、口元に手を当てて顔を伏せた。
そこへ、取材スタッフと思しき男の一人が近づいてきた。
「おい! 市立病院に移動するぞ!」
「ええ? どうして?」
肩を掴まれ、さきほどまで唯にインタビューしていた女性が訝しげに聞き返す。
「もう一人生存者が見つかったんだよ。ここの男子生徒で、状態がひどいから公表が控えられてたらしいんだが、ついさっき容態が安定したって情報が入ったんだ。ほら、早くしろ!」
その言葉が伝わるなり、周囲のマスコミ関係者の間にざわめきが広がった。
「待ってください」
唯がニュースを伝えに来た男に追いすがる。
「本当なんですか? 生きてたって?」
「あ、ああ。ついさっき入ったばかりの情報だけどね。そういえば、一緒に救助されたんだよね。それなら知り合いかな? もし良ければコメントを――」
だが、そこから先は続かなかった。唯の口から、大きな嗚咽が漏れる。
「良かった……ホントに良かった……生きてて」
唯は地面にへたり込み、両手で顔を覆い隠した。指の隙間から水滴がこぼれ、地面に吸い込まれてゆく。
背を丸めて泣く唯にどうしたら良いか分からないといった風で、周囲の人間は右往左往していた。クラスメイトの女子の何人かが、唯を気遣ってその背中に手をかける。
その後ろで、浩太は校門のそばに立っていた。得意げに口の端を曲げながら、低い声で笑っている。隣の男子が「どうしたんすか?」とたずねる。
「言っただろ? あいつがそう簡単に死ぬようなタマかよ」
誰にともなく、浩太は空を見上げてつぶやく。
雲一つない、どこまでも続く青い空に、少女の嗚咽が吸い込まれてゆく。
(完)
いかがだったでしょうか、ほんの少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
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