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ENCOUNTER  作者: 雑兵
1/7

プロローグ

当作品の内容は予告無しに変更・削除される場合があります。

ご了承ください。

encounter

[名詞]

一 偶然の出会い

二 危険・困難・敵などとの遭遇


 闇に閉ざされた建物の通路の中を、小銃を抱えて疾走する。

 通路の壁や窓が吹っ飛ぶように視界の端へ消えてゆく。オフィスビルの中なのだろう、所々に積み上げられた書類が風圧に負け、盛大に宙を舞う。脇に片づけられている机や椅子の類が、走るたびに振動で揺れていた。

 耳の奥で心音が反響し、どくどくと流れる血液の音が聞こえた。喉は酸素を求めて喘ぎ、肺と心臓は限界近くまで酷使され、悲鳴を上げている。

 照明の類は一切ついておらず、周囲は暗闇に閉ざされていた。自らが走る音が、淀んだ大気に響く。

 通路の角を曲がり、壁に背を預けるようにして身を屈めて息を殺す。

 自分の体を見回し、異常がないか調べる。胴体と四肢は重厚な装甲で覆われていた。戦闘用外骨格と呼ばれる装備品だ。高出力の人工筋肉と高分子材料の骨格が筋力を増幅してくれる。そのおかげで、生身の人間では立ち上がるのも不可能なほどの重装備を担ぎながら、速く、そして長く戦闘行動を続けることができる。

 手に持った小銃を点検する。二〇ミリ弾を使用する大型バトルライフルから弾倉を取り出し、装填された弾薬に異常が無いかを確認して、再び銃に叩き込む。

 最後にHUDだ。視界に重なるように表示されている照準マーカー、電子マップ、残弾数と総弾数などを一瞬で通して点検し、戦闘に支障が出るような情報がないことを確認する。

 その時だ、床のきしむ音を聴音センサが捉えたのは。距離は二十メートルほど、近づいてくる。

 どう出てくる?

 息と気配を殺して、壁越しに向こう側をうかがった。周囲は真っ暗だが、視界は鮮明だった。外骨格の暗視センサが捉えた映像が、直接脳に入力されていたからだ。視界にはセンサからの映像と、周囲の壁などがワイヤーフレームで表示されている。

 背筋に悪寒が走った、その場を反射的に飛び退く。

 一瞬遅れて重たい銃声が響いた。ほぼ同時に、さっきまで自分が背にしていた壁に爆ぜるように穴が穿たれてゆく。貫通した銃弾が床に突き刺さり、建材の粉が飛び散る。

 本能的な予測に従って、床を横に転がりまわる。その後ろを追従するように、爆ぜるように壁に穴が開いてゆく。

 位置がばれてる!

 寝転がる勢いを利用して、外骨格の人工筋肉で強引に跳ね、起き上がった。そのまま姿勢を低くして疾走する。

 相手の照準をかく乱するために、歩数と歩幅、進行方向をランダムで変える。体の周囲で鋭い風切り音が鳴り、銃弾がかすめ飛んでいるのだと告げていた。

 敵の姿ははっきりとは見えない。錯綜する背景から、敵の位置を掴むのは非常に難しい。相手はにステルス能力もあるらしく、センサ類にも反応がない。

 タックルの要領で通路のドアの一つを突き破り、頭から部屋の中に突入する。床を転がって、デスクの陰に身をひそめた。

 さっきの壁をえぐり取った破壊力といい、敵も大口径ライフルを使用しているらしい。たとえ外骨格の装甲で覆われていても、機関砲弾で撃たれれば一たまりもない。外骨格の装甲は対人用の小口径弾を防ぐことができるが、二〇ミリに対しては紙も同然だ。

 ――どうする、このままじゃジリ貧だ。

 じっとりと手に汗がにじむ。完璧に制御されているはずの人工心臓が不整脈を起こしかけていた。

 ボスっ、と何か小さなものがぶつかる音が聞こえた。何かがドアに投げつけられ、反射して部屋に飛び込んでくる。

 空中に浮かぶ小さな物体を一瞬で確認する。それはレモン状の形状をした、手に収まるほど小さい代物だった。

 破片手榴弾? 外骨格にそんなものが通用するわけが。

 考えかけて、すさまじい悪寒が背筋を駆け上る。

 手榴弾が空中で炸裂する。それはただの爆発ではなかった。猛烈なパルス電流が放たれたのだろう、大気中の水素原子が励起され、青白い電流が拡散する。視界が電光でちらつき、オフィスに並べられていた端末が次々と火を噴いて爆発した。

 やばい。

 電流が体を走り、外骨格の機能が一瞬麻痺する。自己診断プログラムが走り、制御システムが再び立ち上がるまでに数秒。致命的な隙が生まれる

 続いて敵が部屋に突入してくる。床を蹴って飛びあがったのだろう、人影が宙を舞い、銃の発砲炎がまばゆく輝く。

 銃弾が脇をかすめる。まともに受ければ即死だ。

 いちかばちか。

 意を決して前に踏み込み、敵の銃弾を避ける。また撃たれる、今度は上体を右に倒し、火線から逃れる。銃弾が装甲に触れ、火花が散った。

 相手の攻撃を回避してはいるが、銃弾の軌道が見えているわけでも、銃弾そのものが見えているわけでもなかった。弾を捉えるなんて人間の動体視力では不可能だ。それを可能とするのは、経験と勘に裏打ちされた先読みだ。相手の攻撃パターン、呼吸、タイミングを予測して銃弾を紙一重で避けるのだ。勘と経験とソフトウェアによる機動制御が融合した末の神業。限定的な未来予知に等しい精度で敵の攻撃を回避し続ける。敵の驚愕が大気を通して伝わってきた。

 そこだ。

 相手の発砲炎から位置に当たりを着けて照準、銃のトリガーを引く。

 重たい発砲音が連続して響き、腕に伝わる。反動で銃口があさっての方角を向きそうになるのを、反射的に銃を下に引くことで相殺する。能動的な反動制御、リコイルコントロールと呼ばれている技術だ。

 体に染みついた経験と勘で、銃の反動を完璧に殺す。銃の特性を完全に理解し、反動の発生タイミングと方向を完全に予測することで、銃は見かけ上反動が無いかのように振る舞う。

 銃弾が弧を描いて飛び、釘を打つ精度で火線が一点に収束する。何発かが闇の中で火花を散らして弾けた。遅れてドサリと重たいものが落ちる音、敵の死体が床に転がる。

 壁に寄りかかり、残弾数が少なくなった弾倉を銃から取り出して捨て、予備弾倉を叩き込む。ひとまずの危機を乗り切ったことで、全身の筋肉が弛緩してゆく。

 そこでふと、違和感に気付く。

 ドア向こうから見える通路の床には、窓から差し込んだ月光が影を描いている。そこまではいい。

 問題なのは、ドアの脇から巨大な影が床に伸びていたことだ。

 耳をつんざくような轟音がほとばしった。続いて衝撃、圧力によって弾き飛ばされ、視界が天井と床の間でぐるぐる回る。

 何――が?

 頭を起こすと、ドアがあった場所が吹き飛ばされて大穴が開いていた。周囲にはほこりが立ち込め、パラパラと建材の破片が床に落ちる。

 壁に開いた大穴の向こうで閃光が走った。

 右に向かって体を投げ出す。遅れて砲弾が壁から部屋に飛び込み、空中で炸裂した。衝撃波と爆風で部屋のインテリアが滅茶苦茶に引きちぎられ、飛び散る。体が宙を舞い、後ろの壁に叩きつけられた。衝撃で息ができない。

 体を起こそうとしたところで――再び衝撃。

 大口径弾による攻撃が、体を貫いていた。無慈悲に叩き込まれる砲弾が、容赦なく胸や腹をえぐる。

 体の力が抜け、床に倒れ伏す。

 暗くなってゆく視界の中で、こちらに何かが近づいてくるのが見えた。

 三メートルはあろうかという背丈。分厚い灰色の装甲と人工筋肉に覆われた巨人だ。その両腕には、大口径の重機関銃が装着されていた。その巨人が、床をミシリと軋ませながら立ち止まる。

 重外骨格ヘビーエグゾスケルトン、と声にならない言葉でつぶやく。

 相手の表情は無機質な装甲と外骨格に遮られ、うかがい知ることはできない。しかしその面頬の隙間からは、鋭く冷たい眼光が見え隠れしていた。

 やがて視界から光が消え、真っ暗になる。

 その暗闇に次の文字が浮かび上がった。

 「YOUR TEAM WAS WIPED OUT(あなたのチームは全滅しました)」と。


  *   *   *


「くそっ!」

 視界が真っ暗なまま、椅子の背もたれに体を預けて、机に拳を叩き付ける。

 思わず歯ぎしりしてしまう、顔も相当熱くなっていた。鏡で見たら頭から湯気が立ち上っているかもしれない。

 真っ暗だった視界に光が戻り、周囲の景色が浮かび上がる。

 薄暗い部屋だった。広さは十畳ほど、壁際に本棚が所狭しと並んでいるが、棚に詰まっているのは書籍ではなく、大量の薄いプラスチックのケースだった。一部棚からはみ出たケースもあり、透明プラスチックということもあって中が透けて見えている。中におさめられているのは長方形や正方形の黒いチップ、高密度記録素子だ。

 他には背の低いテーブル、ベッドなど。背の低いテーブルの上には、空のインスタント麺のカップやら、菓子の空き箱やらが放置されている。さらにベッドの上には服が脱ぎ捨てられており、雑然としていた。

「……掃除しないと」

 うんざりするような部屋の内情を見渡して、視線を目の前、学習机の上に戻す。

 その時、視界の端に光るボタンが現れる。ボタンだけではない、いくつものアイコンやウィンドウが空中に浮かびあがった。

 仮想的に表示された、立体的に重なるアイコンやウィンドウの群れをかき分け、一つの画面を目の前に呼び出して拡大する。

 ウィンドウやアイコンの選択を行う方法は「考えるだけ」だ。思考と電子情報との連結が直接なされているので、全くストレスなしかつ高速でネットサーフィンができる。

 そのウィンドウには「DEEP ENCOUNTER」とタイトルがロゴでかたどられ、超リアルなCGで描かれた、銃を持って戦う兵士たちのイラストが掲載されていた。他にも「全感覚没入型戦闘シミュレーター」とか、「本物の戦争を体感せよ!」などといった威勢のいい売り文句がでかでかと書かれている。

 「LOGIN」と表示されたボタンを選択すると、目の前にIDとパスワードを要求するウィンドウが開く。自動で認証情報を入力し、サーバーに入った。

 これまた大量のメニューがウィンドウに出るが、その中からゲーム成績を閲覧するものを選び、表示させた。

 そこには先ほどのゲームの成績が表示されていた。仮想空間戦闘における戦闘記録だ。ゲーム参加者は三十九人で、二十人対十九人の二チームで行われ、総戦闘時間は――などといった情報が続く。

 その情報の海の中から目的のモノを見つけ出す。誰が誰を何の武器で倒したかの情報、キルログだ。上から下に、経過時間順にログがズラッと並んでいた。

 そして、自分をナイフで倒した相手の名前は。

NOISEノイズ MAKERメイカー」となっていた。

 ノイズメイカー?

 聞き覚えのある名前を見て、頭をひねる。どこで見た名前だったかすぐに思い出せない。

 そう考えた瞬間に視界の頭上に小さいウィンドウが現れ、「ノイズメイカー」に関する情報をネットワークの海から自動検索していた。

 検索結果を表示して展開させると、ニュースのページが幾つも表示される。ページには「サイバーテロリスト」とか「政府施設のサーバーにハッキング被害、個人情報流出か」などといったタイトルが並んでいた。

 ため息をついて検索ウィンドウを閉じる。有名人や強プレイヤー、稀に犯罪者の名前を自分のプレイヤーネームに付けたがる人間はよくいる。こいつはそういう手合いの一人だ。

 深い脱力感とともに時計を確認する。視界の隅の仮想ウィンドウに「二〇五二年 六月三〇日 八時一〇分」と表示されていた。そろそろ学校に行かないと遅刻しそうだ。

 ――学校へ行かないといけないけど、行きたくない。

 腹の底にもたれるような違和感があり、胸がムカムカした。あそこに行くということを考えただけでも吐き気がするが、行かないわけにもいかない。

 椅子から体を引きはがすようにして立ち上がる。気だるい体をおして洗面台に行き、蛇口をひねって顔を洗った。

 タオルで顔を拭って、鏡を見る。鏡面には若い男の顔が写りこんでいた。子供っぽさを残した顔立ちで、あごは細い。瞳はやや大きく、光彩の色は黒。鼻は小ぶりだ。髪の毛はお世辞にも整えられているとは言い難く、多少見苦しい。全体的に元気が無いというか、弱弱しい印象を受ける。

 いつもながらに覇気の乏しい自分の顔を見て、その自信の無さそうな表情に我ながらあきれた。

 洗面台を離れ、ハンガーに掛けられているワイシャツと制服を手早く着こなす。時間が無いから手早く、最低限に。身だしなみを整えるのもかなり省略した。持ち物の点検もできるだけすばやく、財布や文房具が鞄に入っているか確認してゆく。

 そういえば、生徒手帳忘れてた。

 机の上に手帳を放りっぱなしだったのを思い出し、慌てて寝室に駆け戻る。生徒手帳を背の低いテーブルから取り、中を開いて見ると、そこには自分の顔写真と「一年 二組 藤宮 直樹」という文字が印刷されていた。手帳を胸ポケットに押し込んで学生かばんをひっつかみ、玄関まで駆ける。

 靴を急いではき、ドアノブに手をかけて扉を開ける。ドアから外に半身を乗り出したところで、再び薄暗い部屋の中に目を向けた。

「行ってきます」

 しかし返事はない、それも当然だ。ここは一人暮らし用のアパートの部屋で、自分のほかには誰も住んでいない。

 ドアを閉めて鍵をかけ、鞄を抱えて走り出した。

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