南の魔女3
「いらないんだ、その人の前に立ちゃどんなプライドも、意地も見栄も。過度な人格は損するよ。ねえ君今どんな気持ちで聞いてるんだい?」
魔女はそう言いはなって高らかに笑う。
なんて言い草!なんて態度!
だけども許されるのは、彼女が魔女だから!
「南の魔女 コックス!彼女は、彼女は?」
酷い動揺、目が痛かった、胸が締まる。
「あいつはどこにいるんだよお」
ミキサヘンラ セイラ
まるで呪文のような名前の幼馴染み。
どこにいるの、どこを探せばいい?
今日、本当なら、一緒に都を回っているはずなのに。
「ーーーあの、強盗に襲われちまった子?」
魔女はニタリと笑った。
昨晩どんなに馬を走らせたってなにひとつ見つかりはしなかった。
襲われた辻馬車には、震える子供と死んだ先導と大きな彼女の荷物だけ。
証言もとれなかった、今晩着くはずだったのに。
服の端さえ見つからなかった、とっておきの店を取っておいたのに。
闇の中を方々走り回った時の風はもう冷たい。
馬の蹄の音しかしない夜の中、悲壮感と損失感が渦をまくから。
「どこにいるって、側にいたじゃん」
「あれは、そう、いたのに、どこにいるんだ」
「ねえ君わかってるんじゃないの?ねえ聞きたい事は僕にもあるよ」
ソファーに腰を下ろし、落ちた毛布を拾って魔女は膝にかけた。
反して彼は立ち上がり、所在なさげに窓を見やったりドアを見返したりしていた。
「僕は知ってるよ?君さあ、彼女と恋仲でしょ?ちゅうもにゃんにゃんもしたんでしょう」
「にゃ。。。!してな、。。。いや、した、しました」
「にゃんにゃーんて言ってよ、言ったんだろ?」
「言ってない!これは本当に!、お前本当に、」
人を食った物言いをする魔女に頭にきていた。
ただでさえ、幼馴染みのこともあり混乱しているのである。
しかし、幼馴染みの事に関して言えば、助け船はこの目の前に立つ女なのだ。
しかしそれにしたってあんまりなのでレイアの口の端から溢れる言葉は乱暴になったって仕方がない。
「お前?そんなこと言っていいの?」
相手が悪かった。
「に、にゃあん。。。」
レイアは自分に助けを求めていると知っての言葉である。
相手が悪い、その一言である。なんて意地の悪い女なのだろう。
「ふふん、ああそうそう、でもこれ自業自得よね。あの時あの夏あの夜。頷いとけば良かったんだよ、自業自得の自惚れ野郎」
一言で言い切った。言い切りおった。
「それで、なあ、魔女様、あいつは?」
「うるさいやつだね、うぜえ」
ふん、と鼻を鳴らして。
「ーーー生きてると思ってるの?」
だって、側にいたじゃないか。
レイアの声は声とならず、魔女の顔を見上げたまま力を失って崩れ落ちて膝をついた。
今ならだれがこの男を騎士と、副隊長と思おうか。
じわりと涙が込み上げる、泣くことが痛かった、本当に目が痛いのだ。
こみあげるしゃくりを押し止められぬまま見上げる魔女の顔は、哀れみに満ちていた。
時間を勝手にできたらいいのに
頷けばそれで終わったでしょう
(本当、その通りすぎて、どうしようもない)
だから、でもどうしたらいいの、
納得するしかない現実を認められない
(だって側にいたじゃないか)
打ちひがれる自分を魔女は見下ろす。
こんなときの彼女は、本当、魔女たらしい魔女だ
今の君みたいだったよ、
魔女が言う。
見つけた女は這いつくばって泣いていた、と。
訳を話してごらんと言えば、私最後の最後まで、危ない目にあってる最中も思い出すのは男のことでした。
私はその男を愛して、結婚まですがりました。
男は軽くあしらいました、わかっていないのです、女の身で結婚を請ばることは崖下のちいさな枕の上に飛び降りようかと言うほどに身を削るものだと知りやしません。
なのにあの男は大抵の男がするようにうるさい口を愛撫で塞いで何もなかった事とするのです。
私の悶々とした気持ちはさておいて、正面から答えを出さない事は飼い殺しのようなものです。
酷い男に聞こえるでしょう?本当にあの瞬間、あのときは愛想も尽かすような悪い男でした。
それでも愛しているのです、バカでしょう。
馬鹿だと知っています、それでもどうしようもない、決定権を委ねてしまった私にはどうしようもないのです。
それを、今まざまざと思い返して腸の煮えくり返る思いと、それでも愛しているという事に打ちひがれるのです。
「まあ話を聞いてどんなちゃらんぽらんかと思えば、ただの根性なしじゃないか」
魔女は相も変わらず憂いた目で男を見下ろして、ソファーの足をカツン、と蹴り飛ばす。
「ーーー愛してんの?」
そう聞かれて、彼はボロボロと涙を流す。
見れば答えなどわかるものを。
否定の理由を考える方が、難しいのに。
愛しているかなんて今さらすぎて、でも今はその言葉に責められる。
馬鹿な所もあまりある愛想が可愛いんだ
素直すぎて直球な所が丁度いい
心配性で、ちっぽけな自分には、これ以上も以下もない
「愛、してるよ」
吐いた言葉はこの上なく、薄べったく表面を撫でるだけだろう。
「もう少し待ってくれと、言えない位」
魔女が目を細める。
「待ってなんて言えないだろう、5年も待たせてこの上といったら愛想も尽きるだろ?自信がないんだ、俺は」
あんな女の子が、俺を好きだなんて。
「結婚、したいよ」
キラキラ光るようなあの子が純白のドレスを着てはにかんで手を伸ばしたら。
ああ、きっと。
綺麗だろうよ、きっと、泣くのだろね。
「 よ く 言った ーーーー!」
瞬間。
ありえない、何かに埋もれた。埋もれた?
「ぶはあっっ!!」
「へい、もっと降らそうか?」
「降らす、う?」
「花をだよお!」
はあん?、と不細工な声を漏らして頭に絡むそれを思いきりよく掴み見るとそれは確かに花だった。
ハイビスカスだ、それも大きくて手の平大のものが足元にごろごろと落ちている。
シックだった室内が一気に色彩に溢れる。
「愛してるう、って、ぶふふふふ!ぶふ!!」
「!」
「僕そう言うの好きよ~、泣いてさあ、やあだ映画みたいじゃない!」
「う、うるさ」
「えー?」
「すみません」
足元にごろごろと花が溢れているというのに今だ頭上から花が降るので部屋が花で埋もれそうである。
ただでさえ今も視界がはばまれ、どこか息がしにくい。
あれほど流した涙さえあまりの事でとうに止まった。
「でも顔汚いのね」
「う、うる。。。ま、魔女様、」
「ん?」
花を手でおいやる。
今の魔女は機嫌がすこぶるよい。
そう、今ならどんな願いもーーー
ーーーここはちいさなアパートの窓際。
小さなベランダのついている可愛らしい部屋の一角。
「あんたの旦那かわいーじゃーん!」
「でしょでしょー?格好ばっか付けようとしちゃってさあ、おばかでしょ?おばかな子ほど放っておけないのー!」
きゃーん!と興奮する彼女の隣でーーー注目して頂きたい。
つまらない、と仏頂面をして窓しか見てないこの男。
しかししっかりと話は聞こえてしまっているせいか、物言いたげに唇を噛んでいる姿はいっそ哀れを通り越して、そう。
「かーわーいーいー!」
「うぜえ、うぜえ、うぜえ!!」
「あーはははー!」
皆様お察しは付いているだろうがこの馬鹿笑いしている女と反して面白くもないと頬を膨らませているのは件のセイラとレイアご夫婦である。
「もーさー、本当魔女ちゃんたら策士よねえ」
「ふふふ、超面白そうなネタだったじゃん?だから張り切っちゃったー!もーいつ笑っちゃうかと!」
二人で揃って笑われると、彼はなにも言わず席を立とうとしたがそれを魔女は軽く杖を振って遮った。
「俺、仕事行く!」
「男はいじられてでかくなんだよ!ほらほら座って」
「隊長が、」
「あーんなじじいより、こっちの女の子の方がいいじゃーん」
きゃいきゃいと引きとどめると男はうんざりと顔を伏せた。
「あれ何々、あーんな愛の告白しといてからに」
「あーあーあーきこえないー」
「私も聞いてて泣きそうだったんだよー、もっ出てきちゃいそうだったわあ」
そ こ は 出 て き て く れ よ
そう、ここで種明かしをしよう。
簡単な話だが皆様お分かりの通りセイラは生きている、この男が泣いていたときもこっそり扉の裏で聞き耳を立てていたのだ。
ーーーちなみに。
「そ~、馬のことで来てた騎士さんも一緒に聞いててえ」
「うわあああああああ!!!!!」
「せっかくだから集まった皆で聞いてえ」
「うそおおおおおおお?!!!!」
「皆でおいおい泣いちゃったわ~」
「俺それ今知った!知らなかった!」
どうりで皆、結婚式でおいおいと泣いてオーバーリアクションだったわけである。
「セイラどうして死んじゃったんだーって、騎士様がハンカチくわえちゃって。目の前にいるのに、いやねえ」
ちなみにその時セイラは彼の背を撫でてあげていた。
「もう、もう、仕事行けねーじゃん。。。!」
「あらそう。なら南の方に行かない~?面白いお店がさあ」
「お 前 っ は 。。。!」
ケンケン言いつつも、幸せそうな旦那と幸せまっさかりの新妻を見て魔女は一層笑んだ。
もう、盗賊に襲われて男の事で惨めに泣く女もいない。
うじうじと悩み堂々巡りをする騎士もいないのだ。
「よかったねえ」
もう女は土にまみれて地に平伏し髪を乱すこともない。
男が魔女を様付けでなくなることなどーーー、なくなるのか。
実に、惜しい。
ふと、窓のプランターを見ると紫色の穂をつけたそれが満開に花さいていた。
初めからこうしておけばいいのに。
魔女は、夫婦を見て笑った。
エンド!
お読みいただきありがとうございます!
何年ぶりかの更新ですが、私も生きてます!